第百六話 天然温泉って最高ですよね
ダサラ大森林は大陸の北限に位置しており、年間を通じて気温は低い。
人の住まぬ未開の土地である故、大自然のパノラマは壮観ではあるけれど同じ景色は三日で飽きるもの。
似たような景色が延々と続く大森林には多種多様な魔物以外特段見るべきものも無いのだが――――大森林を囲むようにそびえ立っている険しい山岳地帯には天然の温泉が存在していたりする。
もっとも、その山岳地帯にはグリフォンやドラゴンなど強力かつ危険な魔物が生息しており普通なら温泉どころか接近することすら自殺行為なのだが――――
――――勇者一行と克生たちにとってはその程度の脅威が問題になることはない。
実を撃ち尽くし『世界喰い』も現在活動を休止しており、周辺の魔物も総出で駆除し終えた今、骨休めで温泉に行こうとなるのは極めて自然な流れであったといえよう。
なんと言っても壮大な大森林を眺めながら入る天然露天温泉は完全貸し切り状態、まさに贅沢の極みであるのだから。
「なあ克生、久しぶりに親子水入らず一緒に温泉と洒落こもうか?」
冬人はゲートを使えるが、状況が悪化し始めてから一年近く温泉に来ることが出来なかったのだ。久し振りにゆっくり羽を伸ばせると上機嫌で息子を誘う。
「駄目です!! 克生は私たちと一緒に入るんですから!!」
しかし――――母親であるエリカが一緒に入ると譲る気配は全くない。
「でも克生も十六歳なんだぞ? さすがに母親と一緒に入るのは――――」
「あら? それならばアナタだって同じ立場じゃありませんか。そもそもこの世界では母と息子が一緒にお風呂に入るのは普通です!!」
「し、しかしなあ……」
「それに!! 私は母として婚約者である娘たちと親睦を深める必要があるのです。わかったらどうぞお一人でゆっくりと温泉を楽しんでらしてください。ずっと戦い詰めだったのですから」
「わ、わかった、そうするよ」
言葉と表情は柔らかいが、その無言の圧力は凄まじいものがある。
それに――――さすがの冬人もエリカの代わりに娘たちと一緒に温泉に入るわけにはいかないという常識くらいは持っている。まあ――――考えてみたら一人の時間というのは随分久し振りで、それはそれで悪くない気がしていたというのも大きかったのだが。
「ではリーダーごゆっくり」
「くく、久しぶりだなこの高揚感は!!」
「ええ、楽しみですね」
「克生くんと混浴……ぐふふ」
しかし――――エリカと一緒に温泉へ向かうクララ、レイカ、ヒカリ、キリハに対してはさすがにツッコまざるを得ない。
「ちょっと待て、お前たちまさか克生と一緒に温泉入るつもりか!?」
「は? 当たり前だろ、私たちは仮にも克生の母親なんだ。当然その権利も義務もあるに決まってる」
レイカは何を当たり前のことを言っているんだ、と訝しむ。
その言葉を聞いて冬人は思い出す――――というか再認識する。この世界では母と子が大人になっても一緒に風呂に入るのは普通で、子が結婚する際にはその相手と一緒に風呂に入って親睦を深めることが当然だということを。
そもそも風呂に入ることが出来ない庶民の場合は別だが、彼女たちのように身分の高い家であればもはや義務となっており、それをしないのは親としての愛情を疑われても仕方がない行為になるのだ。
克生の場合は、クロエたちとの結婚が無くとも元々親子関係になったわけで、母親としてだけでなく、娘の結婚相手としても混浴しなければならない理由がある以上冬人にそれを止める権利も理屈も存在しない。少なくともこの世界においては。
冬人自身、この世界の常識の違いのおかげで今の状況があるわけで、都合の良い時だけ地球の常識を持ち出すことなど出来るはずもなく。
「すいません父さん、せっかく誘ってくれたのに」
「気にするな克生。それより……こんな状況なのにずいぶん冷静なんだな?」
十六歳といえば思春期、普通なら動揺してしかるべきだと不思議に思う冬人。同じ男として息子を守ってやるつもりだったのだが、なんだか調子が狂う。
「あはは……その……毎日大勢の婚約者と一緒に入っているので慣れているんです」
少し照れたような表情は冬人がよく知る息子そのものだったが、言っている内容はとんだ爆弾であった。
「はあ……ま、詳しい話は後で聞かせてくれよな?」
少しでも心配して損したと呆れる冬人。というか大勢の婚約者ってなんだよ、とツッコみたくなる気持ちを無理やり抑えながら早く行けと促す。
「まったく……誰に似たんだか」
少なくとも半分は冬人なのだが、その優しい甘い容姿と人当たりの柔らかさは母であるエリカの影響を強く受けている。若干非常識なところも含めてだが――――聖も含めて母親に似過ぎじゃないのか? こんなところでも父親の影響力というのは弱いのかとどこぞの女神に文句の一つも言いたくなる。
まあ……良いさ、賑やかなのは嫌いじゃない。娘がたくさん出来るなら大歓迎だ。この分なら孫の顔もそう遠くないうちに拝めるだろうと冬人は未来を想像して楽しそうに笑う。まさか克生が女神とすでに結婚していると知れば笑ってはいられないだろうが、知らない方が心穏やかなこともあるのだ。
「ふう……やはり貸し切り状態って言うのは最高だな――――って、そんなわけあるかあ!!」
冬人に割り当てられた温泉は――――魔物たちですし詰め状態だった。
キリハの従えている魔物の中でも特に強力で忠誠心の高い幹部クラスの連中だ。知性を備え人語も解する。
『これは勇者殿、お先にいただいておりますぞ』
温泉は地獄の窯のようにグツグツ煮え立っていて、様々な毒や瘴気が混ざり合って終末世界の様相を呈している。ファイヤードラゴンの体温によって湯が沸騰し、アンデッド系魔物の骨から毒や瘴気が染み出ているのだ。
「チッ、ここも野郎ばっかりか」
冬人が舌打ちすると
『さすが勇者殿、魔物の雌も守備範囲とはじつに剛毅!! ワハハハハ』
「まあ……人型になれるならって、そうじゃねえ!! 魔物の世界でも男は苦労しているんだなって思っただけだ」
ここには複数の温泉が存在するが、男性陣に割り当てられたのは一番狭い温泉が一つ。しかも人間と魔物が共用である。どうやら魔物たちも女性に頭が上がらないらしい。実際魔王はキリハであるわけで。
『貴殿の息子、カツキは大丈夫だろうか?』
「さあな? まあ……慣れているとは言ってたが……」
『いや、そうではなく魔物の中でも凄まじい人気なのだ。今頃混浴するために押し寄せているだろうからな……』
どうやら魔物陣営の女性からも狙われているらしい。
「克生……健闘を祈る」
ちょっぴり羨ましいなどと思っていたが、そんな気持ちは跡形もなく吹き飛んで、今はその境遇に同情するしかない。来るもの拒まずの性格を知っているだけに息子の苦労する姿が目に浮かぶ冬人であった。




