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義妹ハーレム  作者: ひだまりのねこ


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第百四話 臨界点


 ダサラ大森林――――


 そこは大陸の北限に広がる荒涼とした死の大地。


 街もなければ亜人すら住んでいない。


 誰も聞く者が存在しない、そんな森の中――――魔物たちの断末魔と爆音が響き渡る。




「リーダー!! もう限界です!! 下がってください!!」

「わかってるよクララ、だが――――俺の直感が告げているんだ、これからヤバいことが起こるって」


 あふれる魔物の群れをブレスで吹き飛ばしながらクララが叫ぶが、勇者冬人は引かない。


「馬鹿野郎!! もう体力も魔力も限界に近いだろうが!!」


 そういうレイカも限界が近い、伝説の魔導士と呼ばれる彼女であるが、ここに来ての魔物の数は異常だ。スタンピードレベルがずっと続いていると言えばその凄まじさが伝わるだろうか?


「冬人……皆の言う通りよ。ここで無理する必要は無い。今貴方に何かあったらそれこそ本末転倒」


 ヒカリは伝説のアサシンだ。冬人のメイドとして彼の行動に口を出すことは滅多にない。さすがの冬人も彼女にまで言われてしまえば無視はできない。


「悪い、ちょっと熱くなりすぎていたみたいだ……でもさ、親父として格好付けたいだろ? それくらい出来なきゃアイツ等と顔合わせられない」


 極まりが悪そうに頬をかく冬人。


 息子たちに頼らざるを得ない状況で、せめて露払いくらい出来なければ何のための勇者だ? 冬人は常に自問自答していた。同時に自分の力の無さに歯がゆい想いをこの一年以上ずっと抱えてきたのだ。


「まったく馬鹿なんだから……そんなこと言ったら『世界喰い』に対して何一つ出来ない私たちの立場はどうなるんですか? 喧嘩売ってるんですか?」


 聖女エリカに睨まれて冬人は降参する。たしかに今更だし出来ることをしっかりやり遂げることに集中すべきだ。変な意地を張って皆に迷惑をかけてしまっては話にならない。


「皆、すまなかった。残念だがこの拠点から撤退するぞ」

「わかりました」

「わかったわ」

「承知しました」

「了解よ」


 冬人たちがしていたのはあくまで時間稼ぎだ。レイカの情報によれば、克生たちはもう近くまで来ているらしい。となれば、今優先すべきは無事彼らと合流すること、そして――――自分たちが持っている『世界喰い』の情報と経験を伝えることであって限界を超えて捨て石になることではない。


「だが――――最後にアレだけはなんとかしたかったんだがな。今後のためにも……」


 冬人が見つめるのは『世界喰い』に鈴なりになっている『実』だ。遠目からでも確認できることから直径は十メートル以上あると思われる。青と紫を混ぜたような毒々しい色合いをしており、見た目はリンゴに近い。


 彼らも『実』を確認するのは初めてのことで、ここ数日で着実に大きくなっているのがじつに不気味なのだが、冬人をもってしても破壊することが出来なかった。


 そして――――『実』がなると同時に集まってくる魔物の数が一気に増えたことから考えると、エサを集めるための役割を担っていることは間違いなさそうではある。 


「気持ちはわかりますが、アレは危険です。私たちの精神にも強力に干渉して来ていますし」


 クララが言うように、魔物だけが吸い寄せられるわけではない。冬人たちも絶えず発せられる誘惑に耐え続けているだけで効果は確実に及んでいる。今はまだ耐えられているが、この先も抗い続けられる保証はどこにも無いのだ。


「クララの言う通りだ。何も知らない克生たちがここにやってきたら危険すぎるだろ? とにかく安全な場所まで移動するのが先決だ。転移するから全員私の所へ――――」


 そうレイカが言った瞬間――――




 『実』が弾けた



 いや――――正確に言えば『実』が砲弾のように発射されたのだ。 


 直径十メートルオーバーの質量が弾丸のような速度で冬人たちに迫る。勇者ですら破壊できない悪魔のような存在に対して対抗できる魔法も装備も存在しない。


 訪れるのは不可避で確実な『死』であった。


 レイカは――――一番近くに居たクララに反射的に触れて転移で離脱するのがやっとだった。


 全滅は避けねばならなかった。彼女でなければおそらく出来ない判断だった。一瞬でも躊躇えば間に合わなかった。


「リーダーああああ!!! 嫌あああああああ!!!」


 クララの悲痛な声が響く。


「……大丈夫だ、アイツ等が死ぬわけない……死ぬわけ無いんだ」


 自分に言い聞かせるように歯を食いしばるレイカ。自分の判断は間違っていなかった、だが――――だからといって納得できるわけでも割り切れるわけでもない。




「生きているか……二人とも……」


「な、なんとか……」

「私たちよりも冬人さまがっ!? エリカ!!」


 倒れている冬人に駆け寄るエリカとヒカリ。即死こそ免れたものの、冬人は生きていることが不思議なほどの重傷だ。手足などはもはや原型を留めていなかった。


 あの瞬間――――冬人は咄嗟に『ゲート』を展開した。飛来する『実』に対してゲートを使ったのだ。


 だが――――冬人は『ゲート』をエリカやヒカリを守るように展開した。そのため、ゲートに収まらなかった破片は容赦なく冬人をズタズタに引き裂いたのだ。  


「今、治療してますから!!」

「いや、二人だけでも逃げろ……ヤツの狙いはこの俺だ」


 こうしている間も次々と撃ち出される『実』の砲弾を冬人はゲートで逸らし続けているが、いつまでも耐えられない。いかな冬人であっても、同時に二つのゲートを展開することは出来ない以上、防御している間は逃げられないのだ。


「エリカ……冬人は止血と死なない程度に治してくれればいい。ここには私が残る。貴女はその間にレイカを!!」 


 ヒカリは冷静に状況を分析してエリカに告げる。状況を考えればレイカが戻ってくることは考えにくい。誰かが呼びにいかなければならない。


「わかった」


 エリカは最低限の回復を施してその場から走り去る。


「……すまないなヒカリ」

「感傷に浸るのはこの場を乗り切ってからですよ?」

「はは……お前はいつだって厳しいな」

「はい……貴方を心から愛してますから」


 ヒカリにはわかっていた。おそらく間に合わないだろうと。


 『ゲート』は強力だが大量の魔力を消費する。今のように連続で使用するようなものではないのだ。


 だが死なせない。絶対に一人で死なせたりはしない。そのために残ったのだ。


 エリカを残すわけにはいかなかった。そうなれば克生は両親を同時に失うことになってしまう。


(ごめんね聖――――でもきっと大丈夫……貴女は本当に強い子だから)



「……ヒカリ……頼む……逃げてくれ……もう持たない」

「いいえ、私は逃げません、貴方のいない世界になど興味はありませんから」


 ヒカリは涼し気な笑みを崩さない。その瞳は冬人を捉えて離さない。


「そうか……でもわかるよ……俺も……お前がいない世界など想像も出来ないからな……」

「……冬人さま」


 まもなくゲートが消える。二人は唇を重ねた。まるで燃え尽きる直前、燃え盛る蝋燭の炎のように――――最後の命をかけて。

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