第一話 義妹が出来ました
新連載スタートです!! いつも通り構想は出来ているので、ご安心を。マイペース不定期更新する予定ですので応援いただけると励みになります。
『克生、お前に妹が出来るって言ったらどうする?』
『ボクに妹が出来るの? 絶対大切にする!!』
『そうか、お前ならきっと良いお兄ちゃんになれる。妹のことを頼むぞ』
『うん!!』
「……久しぶりに父さんの夢をみたな……それに――――妹の話、すっかり忘れていたけど……あの後どうなったんだっけ? しばらくの間ワクワク楽しみにしていた記憶があるけど――――結局そのまま有耶無耶になってしまったんだよな……」
香月 克生は誰もいないリビングでポツリとつぶやく。
克生の母親が里帰りするからと出かけたのが半年前、予定を過ぎても戻ってこない母親の様子を見に行った父親もそれっきり音沙汰がない。
最初はわりと楽観的に構えていた克生だったが、父親がいなくなって二週間も経つ頃にはさすがに焦り始めることになる。
克生は中学二年生、本格的な独り暮らしの経験はもちろん無いし、両親が置いて行った生活費はそこそこあるが、いつまでもそれに頼ることは出来ない。なにしろ収入が無いのだ。もしかしたら金融機関に貯金があるかもしれないが、家中探しても通帳はもちろん印鑑すら見つけられなかった。
「それは大変ね……頼れそうな親戚とかいないのかしら?」
「はい……生まれてこの方親戚というものに会ったことが無いので……」
先生に言われて初めて気付いたが、克生はこれまで親戚付き合いというものを経験したことがなかった。つまり――――頼れる者はいないということ。
「ご両親には電話もつながらないのでしょう? とにかく警察に相談した方が良いかもしれない。大丈夫、先生も一緒に付いて行ってあげるから」
先生に付き添われて警察に相談し、生活支援を受けられないか市役所なども回った。
それが今から四か月前、半年経った現在、未だに両親から音沙汰は無い。克生は三年生となり中学生活最後の夏休みを迎えている。
「進路かあ……」
中三の夏となれば普通なら受験勉強に集中するところだ。そう――――普通なら。
克生は少しでも食費を抑えるため、外食を止め、自炊するようになっていた。最初は仕方なく始めた自炊だったが、料理をしている間は気が紛らわせるし、なにより性分に合っていた。いかに安く、いかに美味しくするか、最近はレパートリーも増えて献立を考えるのが楽しみの一つになっている。
「今日は新鮮なトウモロコシが安かったからな、久しぶりにトウモロコシごはんにしよう」
たまに母親が作ってくれたトウモロコシごはんは、克生の好物だった。見様見真似なので味は母のとは多少違うかもしれないけれど、マズくなりようが無いだろうとさっそく夕食の準備に取り掛かる。
ピンポーン
克生がトウモロコシの皮を剝いているとインターフォンが鳴った。
「誰だろう……先生かな?」
克生のために親身になってくれている担任の先生は、たまに様子を見にやってくることがある。今回もそうだろうと料理の手を止め――――
「はーい、今出ます」
玄関の扉を開けると――――
そこには大きな荷物を背負った一人の少女が立っていた。
こちらに目線を合わせることなく、やや俯いたままで。
身長は175cmある克生よりもやや低く、厚底のサンダルを履いていることを考慮してもわりと背が高い方だろう。その細身で長い手足と小さな顔が実際以上に彼女を高身長に見せているのかもしれないが。
「あ、あの……どちらさまですか? 何か家に御用でしょうか?」
会ったことは無いはずだ――――克生は一度会った人間を忘れない。一瞬身構えるが、怪しい勧誘や訪問販売のようには見えないとやや警戒心を緩めて尋ねる。もちろん新手の宗教の勧誘の可能性は残っているが、その時はその時だ。
「今日からお世話になります――――克生お兄さま」
予想の斜め上から来た返答に、克生は思考が追いつかず一瞬固まる。
「えっと……ちょっと意味がわからないんだけど間違っていたらごめん、キミが俺の妹ってことなのかな?」
言葉の意味をそのまま受け取ればそういうことになる。ただし――――克生は一人っ子――――のはずだが。
「はい、私は黒崎 クロエ貴方の妹です!!」
理解してもらえて嬉しかったのだろう――――克生は瞳を輝かせるクロエにピコピコ動く大きな犬耳とぶんぶんと振られる尻尾を幻視する。
「げ、玄関先じゃなんだし……とりあえず上がって」
「はい!! ありがとうございます、克生お兄さま」
正直わけがわからない克生だったが、少なくとも相手は自分の名前を知っているし、もしかしたら行方がわからない両親のことが何かわかるかもしれない。そして何より――――夕方とはいえ30℃以上ある中、汗だくの少女を立たせておくのは忍びなかった。
「わあ……美味しそうなにおいがしてきました……!!」
リビングのソファーで寛いでいたクロエのお腹が可愛く鳴る。
「あはは、ただのトウモロコシごはんなんだけどね……」
「最高ですかっ!! 私、トウモロコシごはん大好きなんです!!」
「そ、そっか……それは良かった。たくさんあるからお替りしていいよ」
「きゅううう……美味しいです……もうこのまま死んでも良いくらいです……」
三杯目のトウモロコシごはんを完食して満足そうに目を閉じるクロエ。
「あ、あはは、そんなに喜んでもらえると作った甲斐があるよ。よほどお腹が空いていたんだね」
「はい……もう三日も何も食べていなかったので……」
「はあっ!? な、なんだそれ、大変じゃないか……。はい、麦茶」
克生は氷がたっぷり入った大きめのジョッキに麦茶をふち一杯まで注ぐとクロエに手渡す。
「はああ……全身に沁み渡ります~。このところずっと公園の水道水だったので……」
様々な想いが込み上げて来たのだろう。クロエの頬に一筋の涙が走る。
「ごめん、失礼なことを聞くけど――――もしかしてお金持ってないの?」
「はい……父親は私が小学生の頃事業に失敗して借金を抱えたまま自分の国に逃げてしまいまして……母は冬人さま、つまり克生お兄さまのお父さまに会いに行くと言って出かけたきり音信不通です……ここまで来る電車賃も無かったので、三日三晩歩き続けて――――危うく死にかけました」
いくら日傘があっても真夏の炎天下じゃたいして移動できないだろうけど……無茶するなあ、と驚きを通り越して呆れる克生。
色々話を聞きたいところではあったが、クロエの疲労困憊の様子を見てそれどころじゃなさそうだと判断する。
「クロエ、とにかくお風呂入って少し休んだ方が良い。話を聞くのはその後で」
「助かります……実はお腹が一杯になったら……死ぬほど眠くて……」
立ち上がったままぐらりと倒れそうになったクロエを慌てて抱きとめる克生。シミ一つ無いその細身の体が思いの外柔らかいことに内心驚く。
「お、おいっ、ここで寝るな!!」
「お風呂……連れて行ってください……もう一歩も歩けないのです……」
ぐったりと全体重を預けるクロエに克生は苦笑いで応じる。
「わかった、それじゃあ失礼して――――」
軽々とクロエを抱き抱える克生。いわゆるお姫様抱っこだ。
「克生お兄さまは力持ちなのですね……」
「クロエが軽すぎるんだよ、ところで着替えはあるのか?」
「あ、はい……リュックの中に――――」
「わかった、後で持ってくるよ」
浴室に到着した克生とクロエだったが――――
「あの……克生お兄さま? どうなさったんですか?」
「いや……どうなさったんですか、じゃないだろう? さすがに俺がお前の服を脱がすのはマズいんじゃないか?」
さすがに赤面して横を向く克生。
「申し訳ございません……私が衰弱していて一歩も動けないばかりに……本来であればもちろん自分で服を脱ぐべきなのですが……とても無理です。ご迷惑おかけして本当にごめんなさい――――」
「わ、わかったよ……別に責めてるわけじゃないから……その……気にするな」
真正面から謝られてしまうと、それ以上拒否するのはなんだか悪いことをしているような気分になってくる。本音を言えば克生も恥ずかしいだけで嫌なわけじゃない。
「でも――――良いのかよ、裸を見られても……さ」
「それは……さすがに恥ずかしいので……出来れば目をつぶっていただけると……あ、無理でしたら我慢出来ますので……」
「わ、わかった、じゃあ目をつぶって脱がしてやるから――――」
克生はその判断をすぐに後悔することになる。なまじ見えない方が妄想が捗って興奮してしまうということを身をもって体験することになったからだ。
さらに――――
「あ……そこは触っちゃ駄目……です」
「わ、悪い、見えないからであって決してワザとじゃなくて――――」
「わ、わかってます――――ああっ!? 駄目ええええ!!!」
「うわああああ!!! ごめんなさい!!!」
結局――――普通に脱がした。