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第5話

リロイはいつも部屋にいるわけではなかった。時折用事といってどこかへ出掛けた。

その日もリロイは用事で出掛けていて、少女はひとりで文字の勉強をしていたのだが、小さな話し声に気付いて扉を振り返った。


「ベラ、あんまり押すな」

「いいじゃない、それにしたって気になるんだもの。あのリロイが拾った子よ?」

「声が大きい、聞こえたらどうする」


男女二人組のようだった。顔までは見えない。


「もういっそのこと入りましょうよ。よく見えないし」

「いきなり行ったら良くないんじゃないか。要するに家族を亡くしたばかりの子なんだろう」

「リロイと二人きりの方が危なっかしいわ。ね、行きましょうよ」

「うわっ!」


転がるようにして部屋に入ってきたのは背の高い男性だった。男性を蹴飛ばすようにして女性が顔を覗かせる。少女と目が合うなり、女性は口を覆った。


「あらやだ!」


少女は身を強張らせた。バレてしまったのか。魔力なしであると。

女性が駆け寄ってきた。殴られるのかと身を竦めると、何故か女性は少女を抱き締めた。


「可愛いぃいいいいいいいい! え、何こんなに可愛い子が世に存在していいの!? やだもう、心臓止まるかと思った」

「ベラ、お前変たっ……」

「あらぁ、そんなところでコケるなんて、時龍王の左腕も鈍ったものねぇ。あらやだ、自己紹介がまだだったわ」

「ふざけんなお前足ひっかけたろ......!」


ようやく女性は少女を離したが、少女は完全に混乱していた。何が何だか分からない。


「いきなりごめんなさいね。私はヴェローナ・フセス。時龍よ。あなたのことを聞いて、少しだけ見ていこうと思ったのだけれど、あんまり可愛いものだからついつい抱きついてしまったの。こちらはカストロ・アリオス。カーティって呼んであげて」

「誰がカーティだ阿呆。んんっ、俺はカストロ・アリオス。カストロと呼んでくれ。よろしく」

「可愛い子、あなたのお名前は?」


少女は首を振った。途端、二人の顔が僅かに曇る。女性は膝をついて少女と視線を合わせ、少女の手を取った。


「大丈夫よ、リロイが探してるんだから、きっとすぐに見つかるわ」

「……?」


意味が分からなかった。表情に出ていたのか、つまりね、とカストロは言う。


「君の名前は既に存在しているんだ。ただ、君はそれを忘れているみたいだ。だからリロイが、君を知っている人を探しに行っている」


魔力なしである少女に名があることに驚いたが、それよりもリロイが少女の名を探していることに驚いた。善意からの行動なのかと思うと、騙しているようで、胸が痛い。


「んー、でも名前がないのは不便ね。仮名をつけてみない?」

「かり、な」

「仮の名前。あなたの名前があなたに還るまでの名前」

「……わかり、ました」

「そうねぇ……エリス、なんてどうかしら」


どうしてだろう。エリスという名前を聞いた時、安堵した。


「エリスだけだと寂しいから、メーオンもつけない?」

「あら、いい考えね。エリス=メーオン」

「仮名には魔除けの意味を込めて、良くない意味の言葉を使うのが慣例なんだ。エリスっていうのは龍の言葉で不和を意味してて、メーオンはないって意味なんだ。ふたつあわせて不和がない、つまり平穏。どうかな?」


少女は頷いた。エリスという名が、なぜか懐かしかった。


「じゃあ、エリスね」

「はい」

「リロイがいない間、私たちがここにいても構わないかしら」

「はい」


ヴェローナは嬉しそうに微笑んだ。


「それじゃあ、これからよろしくね」

「文字教えるの、俺も手伝うよ」

「ありがとう、ございます」

「エリス、私も教えるからね!」

「ありがとうございます」

「エリス……エリスはこうだな」


四つの文字が踊る。エリス、と口の中で呟き、少女は僅かに口角を上げた。己では気付かぬままに。

こうして、少女ことエリスの日常に新たな龍が加わった。




***



「――王」


銀の体をうねらせ、龍は短く吠える。


「我らが王よ」


苦しげに吠える龍を見つめ、リロイは目を伏せる。あたりへの攻撃がすさまじくなってきた。じきに、この場所にも攻撃が当たるだろう。


「――貴女が破壊した街で、ひとりの娘を保護しました」


それだけ言って、リロイは踵を返す。吠えていた龍の姿が、ふいに溶けた。歪み、溶けた龍は、やがて人の形を成す。焦点の合わない瞳が茫洋とあたりをさまよった。


「――かみがよんでいる」


譫言のように呟いて、女はぱたりと地に伏せた。

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