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第4話

ふ、と目が覚めた。見慣れぬ天井と慣れない肌触りに体を起こせば、見知らぬ場所にいた。お嬢様の部屋のような、豪華な造りの部屋だった。少女が寝ていたのも、お嬢様のベッドのような天蓋付きの豪華なものだった。ベッド脇には、見知らぬ男性が椅子に腰掛けて、何か果物を剥いていた。りんごか何かだろうか。色が分からないから分からない。目が合うと、男性は言った。


「目が覚めたか。体に異常は」

「……」


少女は黙っていた。声が出なかった訳ではない。

色のない世界が現実であることが受け入れられなかった。


「声が出ぬのか」


反応を返さずにいると、唐突に口の中に何かが突っ込まれた。柔らかなそれを飲み込み、それが林檎のすりおろしであることを理解する。ぐぅ、とお腹が鳴った。男性はまた林檎のすりおろしを突っ込んだが、やがてその手が止まった。


「何故泣く」


淡々とした声に、少女は首を振った。

林檎すら分からない。目の前のこの人の眼の色も髪の色も、この部屋の色も分からない。何も分からないから、色がないことだけがハッキリと理解できて、少女は泣いた。


「……林檎は嫌いか」


首を振る。


「……何故泣く」


首を振っても、その人は何も言わなかった。怒鳴るでもなく、ただ少女を見ていた。

だから少女は、空で止まっていたスプーンに口を近づけた。

泣きながら、少女は林檎のすりおろしを食べた。


「言葉は分かるか」


頷く。


「私はリロイ・アイオン。更地となった街でそなたを見つけ、ここに連れてきた」

「……ーありがとう、ございます」


掠れ声が出た。


「名は?」


名前。

呼称ならば沢山ある。ナナシ、ゴミ、カス、クズ、魔力なし、愚図。けれどどれが名前なのかは知らない。あれに書いてあるのが名前だったのだとしても、文字は分からないからどうしようもない。首を振れば、名を知らぬのか、と男性は小さく呟いた。それから、リロイは少女の頭に手を翳した。殴られるのかと身を竦めた途端、少女の体を淡い光が包んだ。少し体が軽くなった気がして腕を見れば、火傷の痕があったはずの場所が元通りになっていた。


「……え」

「治癒だ」


少女は目を見開いた。

治癒は高度な術だと聞いたことがある。それを軽々と施したこと、何の躊躇いもなく少女に与えたことに驚いた。


「……あり、がとう、ござい、ます」

「他にもして欲しいことがあれば言え」


淡々と告げられた言葉に、少女はまごついた。早く答えなければと焦り、焦った結果口から滑り出したのは、きっとリロイが望んでいるであろうものとは程遠い答えだ。


「……髪と、目の色を、教えてください」


リロイは束の間少女の瞳を見つめた。失言に気づき這いつくばろうとした時、リロイは少女の頬に手を這わせた。大きく骨張った手で頬を包まれ、瞳を覗き込まれる。恐怖で体が強張った。鞭で打たれるのか。いや、このまま殴られるのだろうか。怯える少女の頬から手を離すと、リロイは言った。


「銀と、金だ」


一拍遅れてその言葉の意味を理解する。


「知りたいことがあれば、可能な限り教える」

「ーー………」


何を言えばいいのか分からなかった。ここはどこなのか、とかあなたは誰なのか、とか、きっと、聞くべきことはいっぱいあって、あったのだけれど。


「……何故泣く」


久しぶりに温かい人の温もりに触れたのに、すぐに離れてしまうとわかっているから哀しかった。不意に温もりに包まれた。抱き締められたと気づくのに時間を要した。


「あ、」

「嫌か」


腕の中で、少女は首を振る。抱き締められたことが信じ難くて、恐る恐る手を伸ばした先に本物の服があって、安堵するよりも先に恐怖した。


「そなたを害するものはここにない。だから、安心しろ」


大丈夫だ、という声と温もりに包まれながら、少女は再び眠りに落ちた。





次に目覚めた時、少女の真正面にはリロイがいた。驚いて身を強張らせるが、手の先にリロイの服を握り込んでいたのは少女だった。青褪めた少女の頭上から、低い声が降ってくる。


「起きたか」

「ごめ、な、ごめん、なさーー」

「謝る必要はない。私の服を掴んでいて寝やすいのならば、そうすればいい」


淡々と言い、リロイは寝台から降りた。


「そなたがここですべきことは、腹を満たし寝ることだけだ。不安に思う必要はない」

「はらをみたし、」

「寝る」


訳が分からなかった。少女がお腹いっぱいになって寝て、リロイに何の利益があるのだろう。


「腹は空いたか」


返事に困った。昨日ご飯を与えてくれた人が、今日嫌がらせをしないとは限らない。でも返事をしないと打たれるかもしれない。迷った末少女は首を振る。


「……はい」


リロイは頷くと無造作に腕を動かした。その腕の先が消えているのを見て、少女は息を呑むーーだがすぐに腕は元通りになり、見えなかった手の上には、林檎が乗っていた。


「少し待っていろ」


リロイはそう言うと、ベッド脇の皿の上で林檎を剥き始めた。慣れた手つきだった。皮を剥かれた林檎は、次の瞬間押し潰された。何が起きたのか分からず、少女は目を瞬く。けれど尋ねて不興を買うのも怖くて、少女はただ口を開けた。数口食べると、すぐにお腹いっぱいになった。リロイはそれを見てとり、スプーンを運ぶ手を止めた。


「また腹が空いたら言え」


少女は頷いた。口を開いて、閉じる。怒らせるのが恐ろしかった。


「……何を尋ねても怒らぬ」


少女の意を汲み取ったかのようにリロイは言った。聞きたいことはある、けれどそれは、聞いたらいけないような気がした。


「ここ、は、どこ、ですか」

「時龍王宮だ」


その言葉を理解するのに数秒を要した。少女は目を見開く。


「時、龍……?」

「言っていなかったな。私は時龍だ」


少女は混乱していた。

龍は己の導き手以外で他種族に関わることがない。水や土の龍などは友誼を結んだ例もあるというが、最も近く、最も遠くに在る時の龍が人に関わった例はない。そう、吟遊詩人が唄っていた。


「なん、で、わたしを、ここに、連れて、きて、くださった、の、ですか」

「特に理由はない。だがここが一番安全だろうと思った」


明確な答えが返ってきて、逆に言葉に詰まった。少女の安全を気にしてくれたのだろうか。龍である彼が。


「……わた、し、お腹いっぱいに、なりました。何を、すれば、いい、ですか」

「やりたいことをすればいい」


逆に困る。何も、やりたいことなんてない。でも、早く、早く、何か言わないと。


早く。


「……やりたいことがなければ、文字を覚えてはどうだ」

「え」


文字は、一般人に必要なものだ。魔力なしの少女には、縁がないもの。

でも、命じられているのだ。


「わかり、ました」

「この本を使うといい」


また、腕の先が消えて、次の瞬間には本を携えていた。龍の力なのだろうか、と少女は思った。


「……ありがとう、ございます」


自分で、学べるだろうか。でも、どうやって。

言葉さえ、分からないのに。


「これは龍の共通言語だ。かつての水の王の導き手が作ったと言われている。基本の文字はこの六つ。人の言葉でー母音といったか」


リロイが言葉を指さしながらゆっくりと発音していく。その声は少女の耳を掠めて去っていった。


「ーー……聞き取りづらいか」


ぶんぶん、と頭を横に振る。


「教えて、くださる、の、です、か」

「……文字は教わらず学習できるものと思わぬが」


少女は小さく目を見開いて、コクリと頷いた。


その日から、少女はリロイに文字を教わった。







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