第9話 それぞれの結末
篠山さんの一件が片付いた、その日の夜は大忙しだった。
まずは、夕飯の後お風呂を終えて、寮の消灯までの時間に、遥香と松永さんの2人が揃って私の部屋へとやって来たのである。
「お? 二人してどしたの?」
「真悠菜にはいっぱい助けて貰ったから、改めてお礼を言いに。 その話をしたら、松永さんも行く所だって言ったから、一緒に来たの」
そう言って、「ね?」と笑い合う二人からは、以前本人達が言っていたような、険悪なムードやギクシャクした雰囲気は微塵も感じられなかった。
「改めて……白崎さん、あの時相談に乗ってくれて、ありがとう」
「私も、真悠菜に相談して、みんなで納得できるようにしようって言って貰って、すごく心強かった。 ホントありがと」
そう言って嬉しそうに頭を下げる二人を見てると、私まで嬉しくなってくる。
「私はきっかけを作っただけ。 最後に決めたのは鳴海先輩と松永さんだよ。 二人の――ううん――みんなの気持ちが篠山さんに届いたの」
「それでも、白崎さんがくれたきっかけが無かったら、きっと今でも、前のままだったと思うから……」
同級生というのもあるのか、和やかな雰囲気のまま話が終わりそうだったのだが、そこまで言って急にソワソワし始めた松永さんが、おもむろに言葉の爆弾に火をつけ始めた。
「あの、それで、相談料なんだけど……各務さんから、今はお菓子類は避けた方がいいかもって聞いて――」
「いやぁ、こないだの叫びを聞いちゃうとさすがにね」
うんうんと頷く遥香の隣で、抱えていた紙袋をギュッと握りしめる松永さん。
うん。
読めたよ。
例に漏れず、お礼をお菓子でと用意したけど、多すぎて困ってる話を聞いちゃって、どうしたらいいかわからなくなったって言う話なん――
「――だから、その……か、体で払います!」
「「――ぶふぅ!! ゲホッ……ゲホッ!」」
恥ずかしそうに瞳を潤ませながら、とんでもない事を言い出した松永さんに、私と遥香が揃って噴き出した。
「(ちょっと遥香!? あんた松永さんに何言ったの!?)」
「(い、いや、私にも何がなんだか……真悠菜が困ってる時に助けてあげればいいと思うって言っ――あっ!)」
「「――そう言う意味か!」」
「??」
遥香と小声で緊急会議をした結果、松永さんが放った先程の発言は、おそらく文字通り“労働力”としてと言う意味なんだろう。
とりあえず、私と遥香の心が汚れてしまっているらしい事はこの際置いておき、せっかくの機会だからと、報酬をせびってみることにした。
「――困った時に協力してくれるのも嬉しいんだけど、せっかくだから希望言ってもいい?」
「……真悠菜、あんたまさかホントに体を要求する気じゃ――」
「んなわけあるか! 私をなんだと思ってんの!? まぁ、遥香はほっといて――で、どう? 松永さん」
遥香とは後でしっかりOHANASHIするとして、松永さんに改めて尋ねる。
「えっと……私に出来る事なら、いいよ?」
「じゃあ大丈夫だね。 今度から真悠菜って呼んでくれない? これからも仲良くしようよ」
私の言葉に、一瞬キョトンとした後、松永さんは嬉しそうにハニカミながら力強く頷いてくれた。
「わかった。 じゃあ私の事も彩月でいいよ――えっと……真悠菜、ちゃん」
「~~~/// じゃあ、私はさっちゃんって呼んでいい?」
ニッコリ笑った後に、恥ずかしそうに私の名前を呼んでくれた松永さんにノックアウトされかけたけど、何とか踏みとどまって右手を差し出すと、頷きながらそっと握り返してくれる。
「じゃあ改めて、これからもよろしくね、さっちゃん!」
「うん! よろしく、真悠菜ちゃん」
その後、ズルいズルいと言い出した遥香も、さっちゃんと名前で呼び合うようになった事で、今回受けた2人からの“依頼”は完了だ。
その次は消灯後。
鳴海先輩から連絡が来て、前と同じように先輩の部屋に向かうと、桂木先輩と小阪先輩も来ていて、3人からお礼を言われた。
「正直、部のみんなの事は、結構知ってるつもりだったけど、全然みんなの事わかってなかったなって、思い知らされたよ」
「いやいや! 先輩達はみんなの事よく見てると思いますよ?」
鳴海先輩やさっちゃんが、みんなの特徴なんかをしっかり把握していたから、今回の解決に繋がったのだと思う。
もし、一から全ての情報を自分で集めていたかと思うと――ははは……気が遠くなる。
その事を伝えると、鳴海先輩はゆっくりと首を横に振った。
「そうじゃないの。 私達が見てたのは、表面上の事ばかりだった。 みんなの悩みや苦しみに気付けなかった。 だから、部活に関係ないコミュニケーションももっと必要だったな、って」
「…………ねぇ、鳴海先輩――」
先輩の言葉を聞いて、改めて思う。
本当にこの人は、部員の事を大事にしてるんだなって。
「――そうやって、みんなの事を大切に思ってるって事を、もっと、言葉で伝えてみるのもいいんじゃないですか?」
「言葉、で……」
そう簡単な事ではないだろう。
家族相手ですら、照れちゃったりするくらいだ。
もしかしたら「こんなこと言ったら引かれないかな?」とか考えちゃうかもしれない。
でも――
「はい。 同じ部の仲間ですから、大事に思ってるって伝えても嫌がる子は居ないと思います。 まぁ、さっちゃ――松永さん程、熱烈に愛を語れとはいいませんが」
「ふふ……あれは、ビックリしたね。 でも、嬉しかったなぁ。 それだけ篠山さんの事しっかり見てくれてた人がいて」
「松永さんは、先輩達の事も同じぐらい語ってくれましたよ? ……バスケ部のみんなが、本当に大好きなんだと思います」
そう言うと、先輩達は嬉しそうに――それでいてどこか恥ずかしそうに笑っていた。
「なんにしても、これで私からの相談依頼は完遂だね。 最初思っていたよりも、もっと沢山助けて貰っちゃった。 白崎さんのお陰で、部のみんなとの絆もずっとずっと深まったと思うし……本当にありがとう」
「いえ。 私も沢山の事を教えて貰えた数日間でし――」
「依頼料は、このテーブルに置いてあるお菓子、全部持って行ってね」
「――はい?」
ちょっと待って……
今、いい感じに締めようと思ったのに、なんかとんでもない言葉が聞こえたような――
「ぜ――全部、ですか?」
「うん! ホントは全然足りてないくらいなんだけど……そのために用意したものだし貰ってもらえないと困っちゃうな……」
いや、足りてないわけ無いじゃん!
ローテーブル埋め尽くすくらいあるのに!?
最初どんだけ用意するつもりだったんですか!?
「――あの……」
さすがに多すぎるし、もう少し減らして貰おうと口を開いた瞬間、右肩にポンと手を置かれ、左腕の袖をキュッと引かれた。
恐る恐る右側に視線を向けると、ニカッと満面の笑みでこちらを見る桂木先輩と目が合う。
引き攣りそうになる頬を必死に抑えながら、反対方向を見ると、まるで捨てられた子猫のような上目遣いでじっとこちらを見つめる小阪先輩がいた。
たまらず正面に視線を戻した私は、山になったお菓子の向こうでニヤリと静かに笑う鳴海先輩と目が合ってしまう。
「私達からの感謝の気持ち、受け取ってくれるよね?」
「……………………はい。 いただきます」
その時の鳴海先輩が、獲物を見つけた肉食獣に見えた事については、心の内にしっかりと秘めておこうと思った。
とにかくこれで、鳴海先輩からの依頼も完了。
今回の件で受けた依頼が、無事に全て片付いた事で少しホッとしたような……元々消費しきれない程あったお菓子が、今回また、30L袋に一杯分も増えて頭が痛いような……複雑な思いのままで、自分の部屋へと戻るのだった。