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第8話 支え合える仲間達

「――か……勝った? ……勝て……た!」

「やったね、各務さん!」


 遥香と松永さん田中さんの3人が、互いに取り合った手をブンブンと上下に振って喜び、そんな様子を少し離れた場所から先輩達3人が笑顔で見つめている。


 終了間際、マークされていない(・・・・・・)遥香が、松永さんからのノールックパスをシュートに繋げ、わずか1点の差で赤チームの勝利となったのだ。


「負けちゃったか~。 絶対勝ったと思ったんだけど」

「……ねぇ香菜ちゃん、さっきのフォーメーション――」


 何かを言いかけた小阪先輩を、鳴海先輩は人差し指を口元に当てて制すると、パンパンと両手を叩いて注目を集める。


「今日の練習試合、両チームともに得られるものが多かったと思う。 今日は敵チームとして戦ったけど、苦戦させられたって事は、その分この後に控えてる大会で心強い味方になるって事。 バスケはチームで戦うスポーツだよ! お互いに自分達だけでなく相手チームの気付いた事なんかもしっかり意見交換して、大会までにもっと強いチームに仕上げよう! じゃあ、今日はお疲れ様! 片付けして解散(かいさ~ん)!」

「「「「「「お疲れ様でした!」」」」」」


 その後、ボール等を片付け、フロアのモップ掛け等をしながらも、「あの時こうすれば」「あれはうまく行った」等の話があちらこちらで飛び交っていた。



 そんな中――



 さっきまでボールを片付けていた部員が1人、姿が見えない事に気付く。


 一階に降り、掃除の邪魔にならないように気を付けながら、探していると――



『……あんなに文句言ってたクセに、結局松永も――』



 ――ボールや跳び箱なんかを保管している体育倉庫から声が聞こえてきた。


 わずかに開いた引き戸の隙間から中を覗くと、畳んで積まれたマットの上で、片ひざを抱くように座りながら、暗い表情を浮かべている人物が見える。



 やっぱり、この子だったか……



 女子バスケ部2年の篠山(しのやま)さん――無尽蔵かと思わせる程の体力と、恵まれた体格から出るパワー、そしてドリブル(・・・・)が武器の部員だ。


 松永さんから部員達の特徴を聞いた時点で、もし“犯人”がいるとしたら、彼女の可能性が高い、と思っていた。



 動機は、たぶん――



 “相談”に乗ろうか、と引き戸の取ってに手を掛ける瞬間、突然背後から手首を捕まれる。


「――っ!?」

「…………」


 慌てて後ろを見ると、困ったように笑う鳴海先輩が立っていた。


「お願い、私に、行かせて」

「鳴海先輩……」

「白崎さんなら、上手くやってくれるかもしれない……でも、私の仲間(・・)だから」


 消え入りそうな声で、でも確固たる意思を感じさせる強さで言った鳴海先輩は、大きく息を吐いて「よしっ」と気合いを入れてから少し重い引き戸を開けて中へ入っていく。


「――っ!?」

「あ、ごめんごめん、ビックリさせちゃった?」


 扉が開く音にビクリと顔を跳ね上げた篠山さんに、鳴海先輩は優しく笑いかけながら、彼女の隣にある跳び箱へと腰を下ろした。


「部長――」

「今日ありがとね、急に今までやった事無いフォーメーションをお願いしちゃってさ」


 何かを言いかけた篠山さんの言葉を遮るように、鳴海先輩はさっきの練習試合を振り返っていく。


 前半にもっと上手く守りたかった――


 後半も、もっと自分が積極的に動けば、もう少し点を上げられた――


 それは、鳴海先輩が試合の中で気付いて、今日のメンバーで次に勝つにはどうするかを必死に考えた内容なんだと思う。


 今回は、私がわざと穴を作ってもらるように頼んだのもあるが、きっと先輩は、どうやって隙を無くして実戦で使うかも、すでに考えるように思えた。


 常に“チームで勝つ”事を考えてる鳴海先輩だからこそ、みんなから慕われているのだろうなと感じる。


「今回は負けちゃったけど、もう一息だったし、次こそは今日のメンバーで勝と――」

「――無理ですよ。 私がいたんじゃ……」


 鳴海先輩の言葉を遮るようにして、口を開いた篠山さんは、そのまま壊れた蛇口のように言葉を吐き出し始めた。



 頭が悪くて、いろいろ考えるのが苦手だからと、フィジカルに任せてドリブルで突っ込み、誰かにパスを出す事だけ考えてる事――


 集中すると周りが見えなくなって、フォーメーションを崩してしまいがちな事――


 そんな自分を嫌いになって、でも、ただ無心にボールに触れて、追いかけてる時だけは、自分を好きで居られる事――



 他にも、彼女が抱えていた沢山の感情が、止めどなく溢れていく。



 そして――



「だから……各務が部長になったら、私は居場所がなくなると思って……松永が部長になってくれたらって――」



 涙を浮かべる彼女の口から最後にこぼれ落ちたのは、恐怖と後悔だった。


 

 うちの学校の女子バスケ部では、代々チームの司令塔が部長になると、鳴海先輩から聞いている。


 つまり、先日私が鳴海先輩から聞いた、“松永さんが部長じゃダメな理由”が、そのまま篠山さんの“動機”だったというわけだ。


「そんな!? 誰が部長になったって、居場所がなくなるなんて事――」

「無くなりますよ……。 私にできることは松永でもできる……怪我の時の代役くらいにしかなれない……。 だって、私は――」





「――松永の、劣化コピーみたいなものだから」





 自嘲気味に発せられた言葉に、シンと辺りの空気が張り詰めたような錯覚を覚える。


 さすがに、少しフォローを入れようかと、動きかけた瞬間――



「それは違うよ!」



 いつの間にか、私の隣に来ていた松永さんが声を張り上げた。


「篠山さんは私のコピーなんかじゃない! 私は篠山さんみたいにずっと動き続けられる程の体力はないし、力だって弱い……だから私は、小柄なのを活かして、相手をすり抜ける技術をひたすら磨いた! 私だってみんなと一緒に戦いたかったから!!」


 もはや慟哭とも思える程の叫びに、篠山さんは言葉を詰まらせ、鳴海先輩も目を丸くして松永さんを見つめる。


「練習以外でも走り込みしたり、筋トレしたり……ファウルしたらチームのみんなに迷惑がかかるからって、ルールブックを擦りきれるくらい読んだり……人一倍努力してるのになんで――なんでコピーだなんて言うの!?」


 次第に「え? なんで知って?」とアワアワし始めた篠山さんを置き去りに、松永さんはどんどんヒートアップしていき、騒ぎを聞き付けて、他の部員達も何事かと耳を澄まし始めた。


「確かに、私と篠山さんはプレースタイルが似てるかもしれない! でも、私にはワンゲーム戦い抜けるだけの体力はないし、早くて鋭いパスも出せないよ! 私にできて篠山さんにできない事はあるかもしれない……でも! 篠山さんにできて私にできない事だって、沢山あるんだよ!」


 それはまさに、私が篠山さんに言ってあげようかと思っていた言葉。


 人はみんな違うのだ。


 得意な事も、苦手な事も、似ていてもやっぱり違う。


 その人をどれだけ模倣しても、その人にはなれないのだ。



 だからこそ、みんながそれぞれ、自分の得意を――“個性”を磨く。



 みんなが違っているからこそ、協力する事で大きな力を発揮できるのだ。



 そう、まさに――



「今日の変則的なパスワーク――あれは、篠山さんだったからこそだよ?」

「……ぇ?」


 ――今日の練習試合で私が提案した、戦法みたいに。


「松永さんのパスは正確な分、勢いと言うか……速さがないの。 だから、敵の居ないところ、届かない所に出すしかない。 でも、篠山さんのパスは初速がすごく速いから、相手の反応より早くパスを通すことも出来るんだ」

「部長……」


 そこまで言って、鳴海先輩はチラリと体育倉庫の入口付近――私が居る方へと視線を向けると、嬉しそうに笑顔を浮かべて言葉を続けた。


「今日の戦法だってそうだけど。 バスケは1人ではできない。 ミスをカバーし合える仲間や、それこそ篠山さんのパス速度に反応できる相棒が必要なんだけど――」

「……ぁ……みんな……」

「――うちの部は、そう言う仲間にだけは困らないって自負してるよ?」


 鳴海先輩が「ほら」と視線で示した先へと、不安そうな顔を向けた篠山さんの目に映ったのは――


 サムズアップで笑う桂木先輩や、心配そうな表情の遥香を含めた、女子バスケ部の仲間達の姿だった。

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