第1話 女子寮の相談屋さん
「白崎先輩、ありがとうございました」
学生寮の一室。
ラグの上に置いたローテーブルを、挟むように座って話をしていた後輩女子が立ち上がり、深々と頭を下げた。
「いえいえ。 うまく行くと良いね」
「はい! あ、これ、少ないですけどお礼です。 それじゃ失礼します!」
「えっ? あ、ちょっ、待っ……」
そのまま、慌てて立ち上がった私の制止にも気付かぬまま、彼女は足取り軽く部屋を出て行ってしまう。
テーブルの上には、そんな彼女が置いていった幾つかのお菓子が残されていた。
「……ぁ……ぁはは……はぁ……」
小さくため息を着いて部屋の隅へと視線を向けると、衣装ケース程のサイズがあるクリアボックスに、ぎっちり詰め込まれた大量のお菓子が視界に映る。
ポテチ、チョコ、ビスケット、etc.etc……
数も種類も豊富なそれらを、ボーッと眺める事数瞬。
私は腰だめに両手を握りしめ、大きく息を吸い込むと――
「お菓子ばっかこんなに食えるかぁぁ! 太るわぁぁ!」
――寮の窓が震える程の咆哮を上げた。
「あっははははは! さっきの叫び声はそう言うことかぁ」
「……わ、笑いすぎでしょ、遥香!」
ついさっきまでは後輩が座ってたクッションに腰掛けながら、隣の部屋の同級生――各務 遥香が爆笑していた。
私が思わず上げた声を聞いて、ビックリして様子を見に来てくれたらしい。
くぅ……油断した。
この時間なら隣の部屋は留守だと思ってたのに。
「ひぃ、ひぃ……いやぁ、笑った笑った……くふふ」
「ってかあんた……部活どうしたわけ? 女バスのエースさん?」
未だにお腹を抱えながら涙を浮かべている遥香に、多分に嫌味を込めて言うと、彼女は「あぁ……」と苦笑しながら、スボンの裾をまくり上げた。
スラッと引き締まった脚には、何ヵ所かシップが貼られている。
「……ちょっと、それ、どうしたの!?」
「いやぁ、部内練習試合の途中で相手チームの子と接触しちゃってさ。 捻挫と打撲って所かなぁ」
保健室に誰もいなかったから、シップだけ拝借して部活に戻ったところ、部長と顧問の先生から、今日は取り敢えずゆっくり休めと言われたらしかった。
それで、部屋に戻って来てストレッチしてたら、例の叫び声が聞こえたのだとか。
「それ、打ち身の方は冷やしとけば良いとしても、足首の捻挫は今日くらい固定しといた方がいいんじゃないの? たしか包帯あったと思うから、そのまま足出しといて」
「え? いや、そこまでしなくても――ありがと……」
最初こそ遠慮の声を上げた遥香だったが、ジト目を向けると気まずそうに大人しくなった。
「添え木までは要らないだろうし、足首の固定だけにしとくよ?」
「あ……うん、ありがとう」
足首だけに巻くとズレて来るだろうし、土踏まずを経由させて――と、包帯を巻いていく私の様子を無言で眺めていた遥香だったが、30秒程かけて包帯を巻き終えた自分の足をしげしげと眺めた後、ポツリと呟くように口を開く。
「真悠菜ってさ、ホント、何でもできちゃうよね」
「ん?」
残った包帯を救急箱にしまいながら、声のした方へ視線を向けると、遥香は膝を抱えて自嘲気味な笑顔を浮かべていた。
「何でもできて。 誰にでも平等で。 先生や皆からも信頼されて――」
「遥香?」
「――私も、真悠菜みたいになれたら……ぐすっ……部活とかでも、もっと上手く……できるのかな……?」
今にも消え入りそうな、か細い声による独白。
それは、シンと静まり返った部屋の中で、遠くから微かに聞こえる誰かの笑い声よりも、ハッキリと私の鼓膜を揺らした。
“上手くできる”って台詞と、“部活”って言うキーワード。
そして、私がいろんな所から集めた情報。
極めつけが今回のケガ……
そこからおおよその事情を察した私は、勉強机の下に置いた小型の冷蔵庫から紙パックのカフェオレを2本出して、その内の一本を遥香の前に置いた。
「……真悠菜?」
「あんたの状況はだいたい察した。 たぶん、私にどうこうして欲しいわけじゃないって事も含めてね。 その上で、あくまでも“友人”の一人として、聞いて欲しかったら話し聞いてあげるよ?」
パックカフェオレにストローを差して、早速飲み始めながら言った私の言葉に、目を見開くようにしてこちらを見ていた遥香だったが、小さく“ふふっ”と笑った後、ニヤニヤしながら口を開く。
「真悠菜、あんた部屋に冷蔵庫まで持ち込んでんの? お菓子も大量だし……太るよぉ?」
「私が買ってきてるんじゃないの! 相談に来る子達が皆してお菓子やジュース置いて行くから処理しきれなくて困ってんの!」
そう、さっきの後輩みたいに、何かを相談しに来ては、“対価”としてお菓子やらなんやら置いていくのだ。
「さっすが“女子寮の相談屋”さんよね」
「自分で名乗った事一回もないわ!」
最初は同部屋の子の相談に乗ったのが始まり。
それがどうやら上手く解決できたらしく、そこから口コミでどんどん広まって、今や先輩まで相談事に来たりする。
誰から始まったのかも分からないけど、いつの間にやら『相談に乗って貰ったら、内容に見合った報酬を自分で考えて渡す』なんて言うルールが勝手に出来上がっていたらしく、お金を差し出そうとして来たのを断固拒否してる内に、皆してお菓子やジュースを持ってくるようになったのだ。
どうやら『渡しすぎたら私が気を遣って受け取らなくなるし、少なすぎたら次から適当に対応される』って噂も立ってるらしい。
マジで意味が分からない。
私自身の意思は一体何処に行ってしまったのか、小一時間くらい問い詰めたい。
「あはは、そう言えばそうだったね。 でもまぁ……せっかくだし、聞いて貰おうかな。 “相談屋の真悠菜”さんに」
「――っ!? ……わかった」
私は、遥香が言った“相談屋の――”と言う前置きを聞いて目を丸くした私が、ため息混じりに了承し、一拍置いた後に二人揃って「ふふふ」と笑い合った。
人からの相談事に乗るのは、元々情報集めに役立つから――つまり“自分のため”にしていた事……
それでも、意図せず報酬を貰うようになってからは、私の中で明確に“仕事”だと感じるようになっていった。
だから。
相談者の悩みや苦しみが、ほんの少しでも和らぐように……
私に出来る事や知識を総動員して、依頼人に向き合うのだ。
遥香がわざわざ、“相談屋の私”にと言ったのだから、ここからは“お仕事”の時間――
「――その依頼、承りましょう」
――さぁ、頭切り替えていきましょうか。