⑨
初めは自分の目を疑いました。ですが、毎日一緒に過ごしている彼女を見間違えるわけがありません。
気が付くと私は駆け出していました。
張り紙の彼女と今まさに家にいる彼女が別人だと一刻も早く確かめたかったのです。
帰宅してすぐ、私は彼女に駆け寄り、二人の異なる点を探しました。ですが、何度見ても二人が同一人物だと結論を出すことしかできませんでした。
張り紙の状態からして、あの場所に貼られてから時間はそう経ってない。今も彼女は探されているのです。
私に残された時間が少なくないことは明白でした。
翌日からすぐにウェディングドレスの制作に取り掛かりました。ですが、ウェディングドレスを一着制作するには通常2、3か月程度はかかるそうです。私のような素人が一人で作ればなおさらのことでしょう。
そうして、事情は隠しつつ洋裁教室の方に手伝ってもらえないかお願いすることにしました。
「難病に臥せった彼女のために、一度だけでもいいからウェディングドレスを着せてあげたい」と言うと皆さん快く手伝ってくれました。
仕事から帰宅した後、休日はもちろん寝る間も惜しんで、毎日、毎晩、ウェディングドレスの制作に取り掛かりました。
布を裁断して、各パーツを縫い合わせて。いつもと違う大掛かりな作業に何度か指にケガをすることもありましたが、少しずつ作業を進めていきます。
それからしばらくして、手伝ってもらった甲斐もあり、一か月足らずですべてのパーツを作り終えました。そして、最後に細部の調整をして、明け方頃にはウェディングドレスが完成しました。
プリンセスラインの夜に融け込んでしまいそうなほどに真っ黒で星のようにドレス全体にラインストーンを施したウェディングドレス。スカート部分は、幾重にも重ねたレースとタフタの光沢感で、上品な女性らしさを強調するようにしました。
胴部分には全体的にレースの刺繡を。ロールカラーはリボン型で、肩が出るように深めにしました。
そしてヘッドドレスには黒い薔薇のコサージュとベールの裾にも薔薇の刺繡をあしらい豪華な印象に仕上げました。
その後、ウェディングドレスが完成した達成感と疲労感が一気に押し寄せ、もうろうとした意識の中、心配そうに私を見つめる彼女を横目に気絶するように眠ってしまいました。
次に私が目を覚ましたのは、深夜12時を回った頃でした。
私は急いで飛び起き、隣で寄り添うように寝ていた彼女を起こし、何も言わず完成したドレスに着替えるように言いました。
初めは戸惑っていた彼女も、私の意図をすぐに理解してくれたようで、驚きと喜びに満ちた表情を浮かべながらドレスを身にまといました。
私もタキシードに着替え、押し入れに彼女に見つからないようにと、こっそり隠しておいた指輪をポケットに忍ばせ、彼女の手を取り車を走らせました。