③
「も、もしも……」
「おっ、久しぶり! 元気?」
私が言葉を発する前に聞き覚えのある明朗快活な声が聞こえてきました。
和泉です。
和泉は高校からの付き合いで、部活の練習を二人こっそり抜け出してサボったり、学校行事を抜け出してゲームセンターで遊んだり──といったことはありませんでしたが、かれこれ10年ほどの付き合いになります。
和泉が言うには「せっかくの休みに誰かと酒でも飲みに行こうかと、真っ先に思い浮かんだ私に電話をかけた」ということだったのです。
無類の酒好きとはいえ、昼間から酒を飲もうとしていたことに若干苦笑しつつも、すぐにでもその誘いに乗りたいところでした。
しかし、いくら互いに気心知れた仲だとはいえ、恋人に振られ酒に酔った勢いで少女を撥ねて、挙句の果てにはその死体を持ち帰ってしまった。
そんなことを話したところで、酒の席の荒唐無稽な作り話だと笑われてしまうかもしれない。
そんな気がして、風邪を引いたことにして誘いを断ることにしました。
「わりぃ、最近ちょっと風邪気味でさ……ゲホッゲホッ、また今度誘ってくれ」
「そうか、ならしょうがないな、ちゃんと治せよ? ──そうだ、どうせなら見舞いでも持っていこうか? 適当に風邪でも食えそうなもん買っていくわ、じゃあまた後でな」
そんなやり取りをして電話は切れてしまいました。
下手に適当な嘘をついてしまったことで和泉がこの部屋に来ることになってしまったのです。
いくら親友だとしても彼女を見られてしまうのは不都合でした。
和泉が来るまでの間、彼女を玄関から死角になっていた壁際のソファに座らせ、念のため近くにあったバスタオルを被せて少しでも他人の目に触れないようにしたのです。
そうこうしているうちにインターホンが鳴ってしまいました。
仕方なく私はマスクを着け、それとなく最低限の病人感を出して応対することにしたのです。
「よっ、とりあえず缶詰とスポーツドリンクとか適当に買ってきたからさ。さっさと風邪治してまた飲みにでも行こうぜ?」
そう言って和泉は私がドアを開けるや否や、弛んだレジ袋を差し出してきて二言三言交わして帰っていきました。
結果として功を奏したのでしょうが、あまりの忙しなさと和泉への自責の念にただ立ち尽くすことしかできませんでした。