いーち
短編版とほぼ同じ内容です!
はらはらと舞う雪を見つめる。
この白いのはなんだろう?
小さい獣の手を伸ばして触れると冷たさに驚いて毛が逆立つ。
「ブロンシュ」
優しい、少し低音の声がする。
名を呼ばれた小さな猫は声の主までゆっくり近寄る。
「初めての雪にびっくりしたかな。寒くなってきたから中に入ろう。」
なおん、と返事をするとそっと抱きかかえられた。優しいそのぬくもりに安心感を覚える。こんな平穏な日々は昔では考えられない。
そっと、少し前の自分の過去に思いを馳せる。
ブロンシュ、と呼ばれた猫は元々人間だった。といっても3,4歳くらいの子どもであった。人間の時の名前は覚えていない。
父親は分からない。会ったことがないのだ。
母親は家にいつもおらず、帰ってきたとしても酒のニオイで鼻が曲がりそうだったのは覚えている。夜にいなくなり、朝に帰ってくる。
たまに手をあげられたり忌々しいというような目を向けられたり、ご飯がなかったこともあった。
外に出るなと言われていたが、その時は母親は寝ていた。普段はいつもカーテンで締め切っている窓がちらりと見えている。窓をそっと覗くとちらほら白いものが空から降っている。
興味を抱きちょっとだけ…と外に出たのだ。
好奇心のまま外に出たので横から走ってくる馬車に気づかなかった。そしてそのまま撥ねられた。
ブロンシュに前世の記憶がある。
猫の姿で街をうろうろさまよっていたとき、金髪の青年に声をかけられた。
『猫ちゃん。君はきれいな目をしてるね。お腹が空いているのかい?』
初めてかけられた優しい声に戸惑ったが、おずおずと近づいてその手に頭をこすりつけた。ドゥータという青年は目を細め、そのままブロンシュを撫でた。
その初めてだらけの衝撃にブロンシュは思った。
『このひといいひと!』
それと同時に自分の前世を思い出したのだ。
そのあとドゥータはブロンシュを連れ帰った。薄汚れた身体を洗って、ブラッシングをしたらとても美しく白い毛並みになった。
『とっても綺麗だね。そうだ、君の名前をつけないと。』
頭を撫でながらドゥータは顎に手をやり考え込む。
あっ、と声を上げたと思ったら真っ白な毛並みの子を覗き込む。
『きみはブロンシュだ。いい名だろう?』
ブロンシュは嬉しくてドゥータの手に自分の頭をこすりつけた。ブロンシュ…ブロンシュ、自分の名前を心の中で何度も呼んだ。
こうしてドゥータとブロンシュの生活が始まった。