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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
三章 バーデン家の企みを暴く
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29.リリエンタール女侯爵の夫

 リリエンタール侯爵の別邸から元ノメンゼン子爵の妾と娘が見付かったという報はすぐに届いた。


 元ノメンゼン子爵の妾は国王陛下の前に突き出された。

 クリスタちゃんは関係者なので、ハインリヒ殿下の意向もあって国王陛下の別邸に呼ばれていた。クリスタちゃんが行くとなると、保護者のわたくしの両親も行くし、わたくしも連れて行ってもらえる。


 取り調べにはリリエンタール侯爵と侯爵夫人とレーニ嬢も同席していた。


「わたくしの目を盗んで愛人を作って別邸に匿っていたなど、許せません。そもそも、リリエンタール侯爵家はわたくしが当主。あなたは婿養子。犯罪者を匿って愛人にするような恥知らずを夫と呼びたくはありません」


 リリエンタール侯爵は、夫人の方が当主で、夫は婿養子であった。

 罪人の愛人を匿っていたということで、リリエンタール侯爵夫人、もとい、リリエンタール女侯爵は夫を責め立てている。

 国王陛下がリリエンタール女侯爵に問いかける。


「夫との離婚を望むか?」

「もちろんですわ。こんな夫、あの女にくれてやります!」


 リリエンタール女侯爵の決定に国王陛下が頷くのに、夫が縋り付いている。


「レーニは私の娘じゃないか! 考え直してくれ!」

「レーニはリリエンタール家の立派な後継に育て上げます。あなたは必要ありません」


 浮気の代償としてはあまりにも大きなものを支払わされたリリエンタール女侯爵の夫だったが、わたくしは少しも同情していなかった。

 レーニ嬢も汚いものを見るような目付きで父親を見ている。


 浮気をするような父親は軽蔑されてしかるべきだろう。

 こんな父親だったからこそ、レーニ嬢の教育もうまくいっていなかったのかもしれない。


 兵士に捕らえられた元ノメンゼン子爵の妾に、国王陛下が問いかける。


「元ノメンゼン子爵は、お前が子爵夫人に死人草の種を飲ませたのだと言っている。その死人草の種は、本来お前が飲んで子どもを流すべきものだったのだと」

「犯罪者の言い分を信じるのですか? わたくしは何もしておりません」

「元ノメンゼン子爵から子どもを流せと言われたのに、よく元ノメンゼン子爵と結婚して子どもを産めたものよな」

「もし、わたくしが子爵夫人に死人草の種を飲ませたのであれば、その種をわたくしに飲ませようとした男が元凶ではないですか。赤ん坊を流せというのは犯罪ではなくて、子爵夫人に死人草の種を飲ませるのが犯罪というのは納得できません」


 死人草の種を使って赤ちゃんを流すように言われたのであれば、確かに元ノメンゼン子爵も最悪の男である。だが、元ノメンゼン子爵が最悪の男だったからといって、妾の罪が消えるわけではない。

 むしろ、そんな男と結婚して子どもを産めるだけの神経の太さにぞっとしてしまう。


「おかあさまをせめないで! おかあさまはなにもわるくないの!」


 泣きながらローザ嬢が訴えているが、白々しくてとても同情できるものではなかった。


「妾は牢獄に入れて詳しく取り調べる。娘はリリエンタール女侯爵の元夫と共に放逐せよ」


 国王陛下の沙汰が下った。

 元ノメンゼン子爵の妾は牢獄に囚われて、ローザ嬢はリリエンタール女侯爵の元夫と共に放逐されることになった。ローザ嬢が何か企んだとしても、彼女はまだ五歳なので手出しはできないだろう。

 将来のことを考えると怖い思いもあるが、今はそれ以上わたくしには何もできなかった。


 国王陛下の沙汰が下ると、レーニ嬢がわたくしとクリスタちゃんのそばにやってくる。泣きそうな顔でわたくしとクリスタちゃんに頭を下げた。


「父のことで逆恨みをして馬鹿な真似をしました。申し訳ありませんでした」

「クリスタはあの女とは何の関わりもありません」

「分かってはいましたが、誰かを憎まないと心が壊れそうになって」


 レーニ嬢の頬を涙が一筋流れる。

 父親のこともあって荒れていたのだろうと分かるし、元凶は元ノメンゼン子爵の妾だと分かっているので、わたくしはそれ以上レーニ嬢を責められなかった。


「レーニ嬢、一緒にお茶を致しましょう。わたくしたち、仲良くなれると思うのです」


 同じ女を憎むことで仲良くなれるかもしれない。

 クリスタちゃんの言葉に、レーニ嬢が涙を流して感謝している。


「ありがとうございます。ぜひご一緒にお茶をさせてください」

「ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下、レーニ嬢も一緒にお茶をしていいですよね?」


 純真な瞳でクリスタちゃんに言われては、ハインリヒ殿下もノルベルト殿下も拒むことはできなかった。


 お茶の用意がされて、わたくしとクリスタちゃんとレーニ嬢とハインリヒ殿下とノルベルト殿下は同じテーブルに着く。

 両親は国王陛下と王妃殿下と同じテーブルについてお茶をしていた。


「ハインリヒ殿下がクリスタ様を気に入っている理由が分かる気がします。とてもお優しくて、純粋で、わたくしまで心が癒されるようです」


 レーニ嬢は父親がいなくなったばかりなのだ。愛人のいる別邸に父親が入り浸っていたこともだろうが、両親が正式に離婚したこともレーニ嬢にとっては大きなショックだっただろう。


「クリスタ嬢と話しているとこちらまで幸せな気持ちになって来ます。クリスタ嬢の優しい心が伝わるのでしょうね」

「レーニ嬢も、ハインリヒ殿下も褒めすぎです。わたくし、恥ずかしいですわ」


 照れているクリスタちゃんも可愛い。

 わたくしの妹なのだからクリスタちゃんが愛されるのは当然だろうと思ってしまうわたくしだった。


 国王陛下のお誕生日の式典で、両親が不在でいる期間、わたくしは去年のブリギッテ様のことがあったから警戒していた。

 両親が出かける前に、レーニ嬢からお手紙をいただいていた。


 わたくしとクリスタちゃんに迷惑をかけたことの詫び状だった。

 詫び状にわたくしとクリスタちゃんは丁寧に返事を書いた。


 全ての元凶が元ノメンゼン子爵の妾であったこと、そのことについてわたくしもクリスタちゃんも理解していること、父親がいなくなったレーニ嬢がお寂しいだろうと思っていることなど書き連ねてお手紙を送れば、更に返事が来た。


 心を入れ替えて教育に打ち込むこと、これからもわたくしとクリスタちゃんと親しくさせて欲しいことなどが書かれていて、わたくしはレーニ嬢を憎めなくなってしまっていた。


 両親が不在の期間も、レーニ嬢とはお手紙のやり取りをした。

 レーニ嬢が父親のせいで教育が行き届かなかっただけで、本来は優しい子どもだというのは伝わって来た。何より、レーニ嬢も寂しいのだろう、わたくしやクリスタちゃんと親しくなりたい気持ちはよく分かる。


 わたくしもクリスタちゃんがディッペル公爵家に来るまでは一人で寂しかったのだと思う。どれだけ両親の愛情があっても、両親は忙しいときがあるし、常に一緒にいられるわけではない。

 クリスタちゃんが来てくれてから、わたくしは妹ができて寂しくなくなった。


 父親を追い出されたばかりのレーニ嬢はどれだけ寂しいことだろう。


「レーニ嬢はお寂しいのでしょうね。お父上があのようなことになって」


 お父上に関しては自業自得ですが、というのは敢えて口にしなかったが、クリスタちゃんがお目目を潤ませる。


「レーニ嬢をわたくしのお誕生日にお招きするというのはどうでしょう?」

「クリスタちゃんがよいのでしたら、お父様とお母様に話してみましょうか」

「はい。レーニ嬢ともわたくし、仲良くなりたいのです」


 貴族社会では味方は多い方がいい。

 公爵家はもうこの国には一つしかないのだから、公爵家に続く地位を持つ侯爵家の後継者ならば、仲良くしておいて損はない。そういう損得感情がないわけではなかった。


「わたくしもレーニ嬢と親しくなりたいですね」


 レーニ嬢の狙いはハインリヒ殿下ではなかったようだし、警戒を解いてもいいだろう。クリスタちゃんが望むのならば、わたくしもレーニ嬢と親しくしてもよいと考えていた。

読んでいただきありがとうございました。

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