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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
三章 バーデン家の企みを暴く
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21.エクムント様のお誕生日

 翌日は午前中に雨が降った。

 夕立のように一気に降って止んだ雨の後で、庭に出て散歩をさせてもらった。

 ハイビスカスやブーゲンビリアやテッポウユリやプルメリアの咲く庭は、生えている植物からしてディッペル公爵領とは全く違っていた。

 雨の雫がきらきらと光る庭を、帽子を被って歩いているとその美しさに胸がいっぱいになる。


「お母様、辺境伯領はとても美しいのですね」

「ディッペル公爵領とは違う美しさがありますね。エリザベートは辺境伯領が気に入ったのですか?」

「はい。素敵なところだと思います」


 暑くて一日に何回もシャワーを浴びなければいけないのは大変だが、水も豊かでシャワーの回数を制限されることもない。野菜は種類が少ないけれど、他の地域から交易で取り寄せればいいだけのこと。


 辺境伯領にもっと野菜を広めるのもわたくしの目標になっていた。


「エリザベートが気に入ったなら、カサンドラ様にお願いしてまた来させてもらおう」

「ぜひ来たいですわ」


 雨上がりの庭を歩きながらわたくしと両親は話していた。クリスタちゃんは植えてある花や植物に興味津々で突いてみたり、覗き込んでみたりしていた。


 昼食の後に母が休んでいるのを横目に、わたくしとクリスタちゃんは人形で遊んでいた。幼い子どものように見える人形はわたくしのものが黒髪に黒い目で、クリスタちゃんのものが金髪に水色の目だった。

 ドレスを着ているが、人形に性別はないので、男の子の服を着せたら男の子のようにも見えるだろう。

 黒髪にブラシを入れて一つに結んでしまうと、人形は凛々しい男の子にも見えた。


「お姉様、お人形にお名前はつけたの?」

「まだつけていません。クリスタちゃんはつけましたか?」

「マリーちゃんよ」


 クリスタちゃんはお人形に名前を付けていた。わたくしもお人形の名前を考える。


「わたくしはジャンくんにしようかしら」

「ジャンくんね。可愛いわ」

「マリーちゃんとジャンくんは兄弟なのでしょうか?」

「ジャンくんとマリーちゃんは双子にしましょう」


 話し合って設定を決めて人形で遊ぶ。

 まだ赤ん坊の設定なので、オムツを替えてあげたり、ミルクを飲ませたりしてお世話をする。


「クリスタちゃん、双子なんて言葉をよく知っていましたね」

「お姉様が読んでくれた物語で、探偵が双子の姉妹が入れ替わっていたことに気付くものがあったでしょう?」

「そういえばありましたね」

「あの後、双子についてリップマン先生に教えてもらったの。一度に二人生まれてくる子どもで、そっくりな一卵性双生児と、普通の兄弟くらいにしか似ていない二卵性双生児があるんですって。二卵性双生児だと、男の子と女の子の双子もいるって教えてくださったわ」


 理路整然とした説明にわたくしはクリスタちゃんの賢さを感じる。リップマン先生に説明されたことをしっかりと覚えている。

 六歳にしてこれなのだから、『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では碌な教育を受けていなかったが、しっかりと教育を受ければクリスタちゃんは皇太子殿下の婚約者に相応しいフェアレディになれるのは間違いなかった。


「とても楽しそうに遊んでいますね。お人形は楽しいですか?」

「わたくし、ディッペル公爵領に帰ったら、男の子の服を作ってもらいます。この子は男の子に決めました」

「男の子の人形もいいですね」

「わたくしのお人形は女の子の赤ちゃんよ。わたくしがそばにいないと泣いてしまうの」


 母が話しかけてくれたので、わたくしもクリスタちゃんも喜んで答える。

 わたくしは疑問に思っていたことを聞いてみた。


「お母様、赤ちゃんはいつ産まれるのですか?」

「このまま順調に育てば、クリスタのお誕生日前には産まれますよ」

「わたくしのお誕生日の前に、わたくし、お姉様になれるの!? 嬉しい! 最高のお誕生日プレゼントだわ!」


 飛び跳ねて喜んでいるクリスタちゃんにわたくしも心がうきうきとしてくる。

 弟か妹が産まれてくるのは本当に楽しみだ。


 お茶の時間で呼ばれて、わたくしはカサブランカの花束を、クリスタちゃんが花手毬を持って階段を降りていく。母が転ばないように父が手を貸していた。


 大広間に準備されたお茶会には、キルヒマン侯爵夫妻が来ていた。


「キルヒマン侯爵夫妻!?」

「カサンドラ様に招待されたのです。自分の息子のお誕生日を祝ってもらうなんて、なんだか不思議な感じですが」

「カサンドラ様はエクムントを気に入ってくれていて後継者に望んでくれています。今日はそのことを公にするということで、呼ばれました」


 ついにエクムント様が辺境伯家の養子になることが宣言されるわけだ。元バーデン家のブリギッテ様はエクムント様を侯爵家の三男と馬鹿にしていたが、今後はエクムント様は辺境伯家の後継として扱われることになる。


 ディッペル公爵家に仕えているのがどうなるのか分からないが、いなくなってしまわなければいいとわたくしは思っていた。


 辺境伯領の有力者たちが集まってお茶会が始まる。

 褐色の肌の人々の中で、わたくしとクリスタちゃんと両親とキルヒマン侯爵だけが白い肌をしていた。


 大広間の中央に立ったカサンドラ様がエクムント様を横に立たせる。


「この度、私、カサンドラ・ヒンケルは、キルヒマン侯爵家のエクムント・キルヒマンを養子に迎えることを決めた」

「カサンドラ様に後継者が!」

「カサンドラ様が後継者をお選びになった!」


 辺境伯領ではカサンドラ様は結婚をなさらずに、ずっと後継者がいなかったことがみんなの気掛かりだったのだろう。カサンドラ様も若くてそうは見えないが五十代くらいのはずだ。この時代でいえば高齢に当たる。


「今すぐエクムントに辺境伯家を譲るのではなく、士官学校を出てから五年間、エクムントにはディッペル家で学んでくるように言ってある。残り三年間、ディッペル家で学んだ後に、エクムントは辺境伯領に来て、ヒンケル家を継ぐこととなる。それでいいな、エクムント?」

「はい、カサンドラ様」


 凛々しく答えるエクムント様にわたくしは胸が高鳴る。

 辺境伯になってしまえばエクムント様は遠い存在になってしまうが、わたくしはそれまでにエクムント様に釣り合う相手だとカサンドラ様に示さなければいけない。


「エクムントが辺境伯になった暁には、王家に近い血筋の方を婚約者にお迎えしようと思っている。どなたか考えてはいるので、そのときを待たれよ」


 もうカサンドラ様の中ではエクムント様の婚約者は考えられている!?

 どうすればいいのだろう。

 わたくしはどうすればエクムント様の婚約者になれるのだろう。


 焦るわたくしの手をクリスタちゃんが握る。


「あれはきっとお姉様のことですわ」

「そんなはずありません。わたくしは三年後でもまだ十一歳にならないくらいなのですよ」


 学園に入れるのは十二歳からだから、その頃のわたくしはまだ学園にも入学していない年齢になる。原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』はクリスタちゃんが十二歳から始まっているので、まだ物語が始まっていない状態なのだ。


 物語が始まる前から下地作りをしっかりとやっておくのがわたくしの狙いなのだが、エクムント様と結ばれるルートの開拓だけはどうすればいいのか分からない。


「絶対お姉様です。自信を持ってください」


 クリスタちゃんはそう言うのだが、わたくしはとてもそんな風には考えられずにいた。


 エクムント様がカサンドラ様から解放されると、わたくしとクリスタちゃんはエクムント様の方に歩いて行った、

 手にはカサブランカの花束と花手毬を持っている。


「エクムント様、お誕生日おめでとうございます」

「これ、お姉様が頑張って作ったのです」

「クリスタも作ってくれましたよ」

「わたくしはちょっとだけお手伝いしただけです。難しくてわたくしはほとんどできませんでした。お姉様が頑張ったのです」


 わたくしを持ち上げてくれるクリスタちゃんに感謝しつつ、カサブランカの花束と花手毬をエクムント様に手渡す。


「ありがとうございます。大事にします」


 優しく微笑んで受け取ってくれたエクムント様に、カサンドラ様が囁いている。


「エリザベート嬢に好かれているようだな。いいことだ」

「エリザベートお嬢様は、赤ん坊の頃から知っていますからね」

「エクムントにとっても可愛いお嬢様といったところか」


 その言葉にエクムント様は何も言わなかったが、わたくしのことをそう思ってくれていればいいとわたくしは思っていた。

読んでいただきありがとうございました。

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