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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
三章 バーデン家の企みを暴く
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19.港町の市と海遊び

 その日はわたくしとクリスタちゃんと両親は客間で休んだ。

 暑くて何度か起きてしまったが、それでも全く眠れなかったわけではない。庭に植えてある木々の間を抜ける涼しい風が部屋に入ってくると、暑さもかなり和らいだ。

 翌朝は寝る前もシャワーを浴びさせてもらっていたが、シャワーをもう一度浴びさせてもらった。寝ている間に汗をかなりかいたのだ。クリスタちゃんも両親もシャワーを浴びていた。

 海鮮がたくさんの朝食を終えると、涼しいワンピースに着替えて、薄い上着を着て、帽子も被って、水着を用意してもらって馬車に乗った。

 カサンドラ様の馬車がわたくしたちの馬車の前を走っている。エクムント様は馬に乗っていた。


 馬車の窓からエクムント様を見ながらわたくしは目的地まで向かった。


 港町には市が立っている。

 潮の香りがして、吹く風も海を感じさせる湿ったものだった。


「お父様、お母様、わたくしも八歳になります。そろそろ刺繍を始めてもいいのではと思うのですが」

「市で上質の糸と布を仕入れましょうか」

「エリザベートとクリスタの人形も買うのを忘れないようにしないと」


 市には色とりどりの糸や布が売っている。微妙に違う色の糸を選ぶ。


「青はこっちがいいです。赤はこっちで」

「青一色、赤一色にしてもこれだけ色の違いがあるのですね」


 色を選ばせてくれながら母は糸の色の豊富さに驚いていた。オレンジに近い赤から紫に近い赤まで各種取り揃えてある。青は緑に近いものから紫に近いものまで様々だ。

 布も模様が付いているものもあったが、無地のものを選ぶ。刺繍をするのには無地の方が映えるからだ。


 わたくしと母が布と糸を選んでいる間に、クリスタちゃんは父と人形を選んでいた。


「わたくしの妹だから、金色の髪の人形がいいわ」

「白い肌の人形も売っているようだね。これは金色の髪だよ」

「お目目の色が緑色だわ」

「クリスタは目の色が水色だったね」


 クリスタちゃんは人形を妹にするつもりでいるので、自分と似ている人形を選ぼうとしている。わたくしも合流して人形を選ぶ。


「わたくしは黒髪に黒い目の人形がいいです」

「肌の色はどうする?」

「わたくしと同じ白がいいでしょうか」


 褐色の肌の人形だけでなく、白い肌の人形も売っている。肌は陶器でできていて、体は布でできているようだ。


 わたくしは黒髪の男の子の人形を、クリスタちゃんは金髪に水色の目の女の子の人形を買ってもらった。


 買い物をしている間もカサンドラ様は辛抱強く待っていてくれた。


「綺麗なお嬢様、魚はいかがかな?」

「こんにちは。あなたは漁師さんですか?」


 魚を売っている男性に声をかけられてわたくしは足を止める。エクムント様が間に入ってわたくしを守ってくださる。


「気軽に声をかけてはいけませんよ。その方は高貴な方なのです」


 優しく教えるエクムント様だが、わたくしの身なりを改めて見て、魚を売っている男性は恐縮してしまう。


「ひぇ!? 申し訳ありません」

「いいのです、エクムント。漁師さんなら壊血病に悩まされたことはないのですか?」


 わたくしの問いかけに男性は頭を下げながら答える。


「三ヶ月や半年の長い漁に出る船では壊血病が流行ります。わしは壊血病に罹って船を下されたので、今は市で魚を売る役目についています」

「壊血病に罹らなかったひとはいませんでしたか?」


 わたくしが欲しい情報はそれだった。少しでも手掛かりがあれば壊血病の治療方法を示すことができる。


「他の港に寄港しても、現地のもので腹を下すと困るので、基本は船で食事を摂るのですが、船の食事を妙に嫌がる奴がいましてね。魚や干し肉よりも野菜が好きだとかで、毎回船を抜け出して港町で食事をしていました。あいつは壊血病に罹らなかったなぁ」


 いい情報を得た。これは壊血病の治療に役立つのではないだろうか。


「お話をありがとうございます。失礼しますわ」

「いえいえ。お声をおかけしてすみませんでした」


 恐縮している男性に軽く頭を下げてわたくしは両親とクリスタちゃんとカサンドラ様に合流した。

 カサンドラ様はわたくしたちを海に連れて行ってくれた。


 砂浜に行く前にコテージに案内されて、わたくしとクリスタちゃんとエクムント様は着替えをする。もちろんエクムント様は別の部屋で、わたくしとクリスタちゃんは同じ部屋で、マルレーンとデボラに髪も邪魔にならないように纏めてもらう。

 水着に着替えたわたくしとクリスタちゃんとエクムント様はサンダルを履いて、コテージから出た。


 広がる白い砂浜にわたくしのテンションが上がる。

 クリスタちゃんは海を見てのけ反っていた。


「お姉様、大きいわ! こんなに大きな水たまり、初めて見た」

「わたくしも海に来たのは初めてです。海の水が澄んでとても綺麗ですよ」

「あの水の中に入るの?」

「クリスタ、手を繋ぎましょう」

「はい、お姉様」


 手を繋いで熱い砂の上を駆けて行って、波打ち際でサンダルを脱いで、水に足を付けたわたくしとクリスタちゃんが顔を見合わせる。


「冷たい!」

「気持ちいい!」


 ぱしゃぱしゃと水を跳ね上げて、膝くらいの深さまで入ると、エクムント様も一緒に海に入ってくれる。海の水を両手で汲んで、クリスタちゃんにかけると、「きゃー!」と歓声を上げて喜んでいる。


「お姉様ったら! わたくしも、えい!」

「クリスタ、やりましたわね! わたくしも!」


 水を掛け合って遊ぶわたくしとクリスタちゃんに、すっかりと二人ともびしょ濡れになってしまった。

 浜辺では日傘を差して母がわたくしとクリスタちゃんを見ている。母には父が寄り添っており、両親はカサンドラ様と話をしているようだった。


 深いところに行く勇気はなかったけれど、膝くらいの深さの場所で体を浸けると浮くような気がする。クリスタちゃんも海水に浸かってぷかぷかと浮いている。


「わたくし、浮いてます」

「海の水は塩が入っているから、浮力が強いのではなかったかしら」

「浮力ってなんですか、お姉様?」

「浮く力です。水に軽いものを入れると浮くでしょう? あれが浮力です」


 説明している間もエクムント様はわたくしとクリスタちゃんのそばに控えてくれている。エクムント様はハーフパンツのような水着をはいて、上着を羽織っていた。


 褐色のよく鍛えられた体つきにわたくしは見惚れてしまう。

 エクムント様はわたくしたちの遊びに付き合ってくれているときでも格好いい。


 しばらく泳いだり、水を掛け合ったりして遊んでいると、疲れて喉が乾いてきた。


 海から出ると、デボラとマルレーンが水筒から冷たいミントティーを注いでくれて、カップをわたくしとクリスタちゃんに渡す。


「マルレーン、エクムントにも飲み物をあげて」

「心得ました」


 マルレーンにお願いすると、エクムントにもカップを渡していた。

 熱い日差しの下で飲む冷たいミントティーはスッと爽やかで、体を芯から冷やしてくれる気がする。

 ミントティーを飲み終わるともう一度海で遊んで、わたくしたちはコテージに戻った。


 コテージで順番にシャワーを浴びて海水を落として、ワンピースに着替える。シャワーは水しか出なかったが、それが逆に冷たくて火照った肌に心地よかった。


 海で遊び終わる頃には、両親はカサンドラ様と話を終えていた。


「港町の話や、海軍の話を聞いていました」

「カサンドラ様に独立の意思がないと聞いて安心しています」

「辺境伯領は異民族の地だが、オルヒデー帝国の一部には変わりない。長い歴史の中でオルヒデー帝国は前身の帝国の頃から我らを必要としていた。辺境伯領がオルヒデー帝国に背くことはない」


 堂々と宣言するカサンドラ様だが、その後で付け加える。


「それを辺境伯領としても示していかなければいけないとは思っています」


 その方法とは何なのだろう。

 エクムント様に何処かの領地の婚約者ができるのではないかと、わたくしは落ち着かなくなってきていた。

読んでいただきありがとうございました。

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