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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
三章 バーデン家の企みを暴く
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16.辺境伯領のこと

 リップマン先生の授業では、折り紙の本を訳すのを少しお休みして、辺境伯領のことを勉強するようにした。

 辺境伯領についてはわたくしはよく知らないことが多い。


「辺境伯領は南に大きな港町があって海と接していて、西側が異国と接しています。この帝国の前身の帝国の頃から、海からの攻撃と西側の異国からの攻撃を防いで、この国を守っている我が国においては重要な軍事的な拠点です」

「今は戦争はしていませんよね。辺境伯領は何をしているのですか?」

「戦争は起きていませんが、海を隔てた異国の王家が内密に認めた海賊団があると言われています。その攻撃を受けることがありますね。それ以外では、漁師や貿易船の護衛など、海軍が大活躍していると聞きます」

「西側の異国との関係はどうなのですか?」

「西側の異国とは今は和解していて、貿易を盛んに行なっています。褐色の肌の領民がほとんどですが、辺境伯領は西側の異国と民族を同じくしているのです」


 褐色の肌で彫りも深くて、辺境伯領出身のキルヒマン侯爵夫人やその子どものエクムント様はわたくしたちオルヒデー帝国の中では少し見た目が違うとは気付いていた。それが西側の異国と民族を同じくしているからだとは知らなかった。


「国王陛下が今一番恐れているのは、辺境伯領が西側の異国と手を結んで独立してしまうことです。そのためにも、王家と近しいものを辺境伯領に嫁がせることを考えていると言われていますが、領主のカサンドラ・ヒンケル様は結婚はなさらない主義で、その後継者もまだ選ばれていません」


 リップマン先生の言葉にわたくしは身を乗り出してしまう。

 わたくしは王家の血も引いているし、この国の唯一の公爵家になってしまったディッペル家の娘だ。辺境伯を継ぐエクムント様と結婚すれば、辺境伯領をこの国に繋ぎ止めておけるのではないだろうか。


 何より、カサンドラ様は独立を考えているようには見えなかった。独立を考えているのならば、王都に近いキルヒマン侯爵に嫁いだ従妹であるキルヒマン侯爵夫人の息子を養子に迎えずに、辺境伯領の権力者の子どもを養子に迎えている気がする。


 大人の思惑を完全に読み解くことは難しかったが、わたくしなりにカサンドラ様を観察してはいた。


「辺境伯領にはどのようなものがあるのですか? わたくし、美味しいものが食べられますか?」

「辺境伯領では、ムール貝や牡蠣がよく獲れるのですよ。海鮮がとても美味しくて、パエリアやアクアパッツァやブイヤベースが有名ですよ」

「お魚や貝が美味しいのですね!」

「異国から入ってくる香辛料も有名で、シーフードカレーなどもありますよ」

「どれも食べたことがないわ。とても楽しみ!」


 口の端から涎が垂れそうになっているクリスタちゃんの口を素早くわたくしがハンカチで拭く。ディッペル公爵家に来てから、虐待で目も落ち窪んで痩せ細っていたクリスタちゃんは幼児らしい体型になっていた。

 今では美味しいものが大好きな食いしん坊に育っている。


「折り紙も有名なのですか?」

「手漉きの紙が有名ですね。とても綺麗な模様が描かれているのだとか。異国との貿易で入ってくる布や糸も素晴らしいものだと聞きます」

「布や糸……」


 わたくしはまだ七歳なので始めていないが、フェアレディは刺繍もできるのがこの国では普通だとされている。八歳の誕生日を機に始めてみてもいいのではないか。

 そのときに使う糸が辺境伯領のものであったらどれだけいいだろう。


 辺境伯領のことを教えてもらって授業を終えると、母とクリスタちゃんと昼食を取る。

 ディッペル公爵領は農業が盛んな土地だ。特に酪農がとても盛んで、新鮮なミルクやチーズやヨーグルトがよく手に入る。

 わたくしとクリスタちゃんがミルクティーを飲めるのは、ディッペル公爵家と契約をしている酪農家がいるからだ。


「辺境伯領ではミルクティーは飲めませんか?」


 食後のミルクティーを飲みながら母に聞いてみると、「そうですね」と肯定される。


「代わりにミントティーやフルーツティーなどが辺境伯領では飲まれているようですよ。色んなものを飲んでみるといいでしょう」

「ミントティー? あのスーッとするミントですか?」

「ムースなんかに乗っている、あのミントですね」


 ミントでお茶が作れるものなのか。わたくしはミントティーの味が想像できなかった。前世でもミントティーは飲んだことがない。


「フルーツティーって、フルーツが入っているの?」

「紅茶にフルーツを入れて冷やしたものが多いですね。ドライフルーツの場合もあります」

「わたくし、フルーツ大好き! 楽しみだわ」


 クリスタちゃんはフルーツティーの方に興味を惹かれているようだった。

 昼食を終えると母は少し休むようだった。あまり食べていないようだし、母の様子が気になる。


「お母様、食べなくても平気なのですか?」

「妊娠初期には悪阻と言って、食べ物の匂いを嗅ぐと気分が悪くなることがあるのですよ」

「わたくしとクリスタは二人で遊んでいます。お母様はゆっくり休んでください」


 悪阻のことは前世の知識で知らなかったわけではないが、目の当たりにすると心配になってしまう。

 赤ん坊は体の中でも異物と認識して、受け入れるまでの期間、悪阻があるのではなかっただろうか。


 悪阻のときに何が食べられるかは、ひとによって異なる。こういうときには前世の知識は役に立たないのだとわたくしはため息を吐いた。


 そういえばカサンドラ様にアピールするために前世の記憶が役に立つことはないだろうか。

 せっかく生まれ変わったのだから、わたくしはわたくしの想う方と幸せになりたい。

 前世では恋愛になど縁がなかったけれど、今世では前世を思い出す前から好きだったエクムント様と結ばれたい。


 国王陛下は辺境伯領と王家の結び付きを強くしたいと考えていらっしゃる。わたくしも王家の血を引くものであるし、この国の唯一の公爵家の娘なのだ。辺境伯を継ぐエクムント様の元へ嫁ぐことができれば、相当の誉れとなるだろう。


「お姉様、お部屋で折り紙をしましょう」

「何を作りますか?」

「エクムントのお誕生日のお祝いを作りたいのではなくて?」


 クリスタちゃんに言われてわたくしは気付く。

 辺境伯領に行く日程の中には、エクムント様のお誕生日も含まれている。

 去年はブルーサルビアをプレゼントしたが、今年は辺境伯領に行くので生花は渡せない。


「クリスタちゃん、いい考えですね。折り紙で花束を作りましょう」

「花手毬でもいいかもしれないわ」

「どっちにしましょうか」


 どちらも捨てがたくて、悩みながらわたくしは色紙を正方形に切っていた。


 花手毬はエクムント様から教えてもらったので練習の成果を見せるにはいいかもしれない。でも、新しいものを作りたいという気持ちもあった。


 悩んでいるわたくしに、クリスタちゃんが笑顔で元気に言う。


「どっちとも作ればいいのだわ」

「どちらも……作れるでしょうか?」

「わたくしもお手伝いします。お姉様とわたくしからのプレゼントにすればいいのよ」


 クリスタちゃんの考えはとてもいいもののように思われた。

 正方形に切った色紙をクリスタちゃんと折っていく。

 カサンドラ様にプレゼントするときには組み立てるのができなかった花手毬だが、エクムント様に教えてもらったのでもう作ることができる。

 色とりどりの色紙を同じ大きさに切って、折って組み立てる。


 丸い花が大量に集まった花手毬が出来上がると、次は花束作りだ。

 わたくしは折りたい花があった。


 真っ白なカサブランカだ。

 豪奢な大ぶりの花を付けるカサブランカは、いつも警護で白い上着を着ているエクムント様によく似合う気がしたのだ。


 カサブランカの折り方は載っていないが、同じ種類の花である百合の折り方は載っている。

 百合を大ぶりにして真っ白な色紙で作ればカサブランカになるだろう。

 わたくしは白い色紙を大きめに切り始めた。


 まだ訳せていない部分もあるので、本の図解を頼りにカサブランカを折っていく。難しくてもエクムント様の手を借りることはできなかった。


 四苦八苦してやっと一輪折れる頃には、お茶の時間になっていた。


「お茶が終わったらリベンジしましょう!」

「はい、お姉様!」


 お茶に呼ばれてわたくしとクリスタちゃんは食堂に向かった。

読んでいただきありがとうございました。

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