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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
三章 バーデン家の企みを暴く
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14.お茶会の終わりと嬉しい知らせ

 カサンドラ様とのお茶を終えて、わたくしとクリスタちゃんは両親の元に小走りで駆けて行った。両親はキルヒマン侯爵夫妻と話をしていた。


「カサンドラ様がお茶会にいらっしゃるなんて滅多にないことですからね」

「エリザベート様とクリスタ様の演奏をお聞かせできてよかったです。お二人の演奏はとても素晴らしかった」

「キルヒマン侯爵夫妻がそんなに褒めてくださるから、エリザベートもクリスタも喜んでおりますのよ」

「二人とも今日を楽しみにしていたようです」


 キルヒマン侯爵夫妻と両親で集まって話しているのはわたくしとクリスタちゃんのことのようだ。七歳と六歳の演奏なのでそんなに大したことはないはずなのに、こんなにも褒めてくださっている。

 クリスタちゃんの水色の目がキラキラと輝き、表情が誇らしげになっていくのが見える。


「エクムントがディッペル家によくお仕えしているところもカサンドラ様にお見せできたでしょうか」

「エクムントはしっかりと学んでおりますか?」

「エクムントはエリザベートやクリスタの相手もよくしてくれて、警護も夏の庭の門の前でも嫌がらずにやっていますわ」

「王都へも着いてきて、エリザベートとクリスタの残っている部屋を守ってくれていました」


 両親がエクムント様の働きを伝えると、キルヒマン侯爵夫妻が声を顰める。わたくしは必死に耳を澄ませた。


「元ノメンゼン子爵の妾は娘を連れて、どこかの貴族の妾になったという噂ですよ」

「この国に公爵家はもうディッペル家しかありませんから、格上のはずはないのですが」

「それでも、勘違いした妾が何か仕掛けてくるかもしれません」

「しっかりとエリザベート様とクリスタ様を警護なさることをお勧めします」


 元ノメンゼン子爵の妾はどこかの貴族の妾になっている!?

 それは衝撃の事実だった。

 見た目だけはそれなりによかったから、そういうこともあり得るかもしれないと思っていたが、それならば市井で元ノメンゼン子爵の妾と娘を探しても見つからないのも理解できる。

 貴族社会というものを理解していない元ノメンゼン子爵の妾と娘が、次は誰の妾と連れ子になって現れるのか、わたくしは怖いような気分になっていた。


「お姉様、どうしたの? お顔の色が悪いわ」

「クリスタ、あなたはわたくしが守ります」

「お姉様大丈夫よ。わたくし、お姉様がいれば平気」


 話が分かっているのかいないのか、クリスタちゃんはにこにこしている。その無邪気な笑顔をわたくしは曇らせたくなかった。

 わたくしとクリスタちゃんが来ていることに気付いて、両親がこちらを見る。

 わたくしは両親にカサンドラ様から誘われたことを伝えた。


「カサンドラ様が辺境伯領にこの夏招待してくださったのです。お父様とお母様とエクムントも一緒に。辺境伯領の夏は厳しいようですが、わたくし行ってみたいです」

「辺境伯領は折り紙がいっぱいあるかもしれないのでしょう? わたくしも行きたいです」


 クリスタちゃんと二人でお願いすると、両親はまずカサンドラ様に話を聞いていた。


「エリザベートとクリスタが辺境伯領に誘われたと言っているのですが、本当ですか?」

「はい、お誘いしました。キルヒマン侯爵夫妻が気に入るのも分かる可愛い子たちで、もっと交流を持ちたいと思いまして。エリザベート嬢からはダンスのお誘いも受けて、踊った仲ですし」

「お誘いをありがとうございます。私の執務の関係がありますので、お返事は一度屋敷に帰ってからで構いませんか?」

「もちろんです。日程もそちらのよろしいようにされてください」


 カサンドラ様は敬語で話されない特別な貴族様かと思っていたが、大人に対しては敬語で話すようだ。わたくしとクリスタちゃんが子どもだったので親しみやすいようにしてくれていたのかもしれない。


 とにかく、両親とカサンドラ様との間でも話はまとまった。


 キルヒマン侯爵家でのお茶会が終わって、馬車でお屋敷に帰る間、わたくしは辺境伯領に思いを馳せていた。それはクリスタちゃんも同じだったようだ。


「辺境伯領ってどんなところなの? わたくし全然分からないのだけれど」

「港町のある海沿いの領地ですよ。南側が海になっていて、西側が異国と接する国境になっていて、東側と北側は他の領地と接しています」

「海があるのですか?」

「そうだよ。辺境伯領には大きな港があって、異国との貿易も盛んなんだ」


 辺境伯領に海が接しているとは知らなかった。

 この国のことも授業で習っているのだが、辺境伯領のことはあまり詳しくは習っていない。領主がカサンドラ・ヒンケル様で女性だということしかはっきりと分かっていなかった。


 原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では辺境伯領のことなど全く触れられていない。辺境伯がいたことすら書かれていないのだ。

 それは『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』がロマンス小説で、クリスタちゃんの恋愛を中心に描かれていて、辺境伯のカサンドラ様にはお子様がおられず、養子となって後を継ぐエクムント様もクリスタちゃんと年が離れすぎていて恋愛対象にならないからかもしれなかった。何より『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』は学園を舞台とする学園ものなのだ。辺境伯の関係者にクリスタちゃんが学園に入学する頃に学園に関係しているものはいなかった。


 そういう観点から辺境伯は物語に書かれていないのだが、この国においては公爵家と並ぶとも劣らない権力を持った家である。クリスタちゃんが貴族教育をしっかりと受けていれば、辺境伯に触れないのもおかしいのだが、物語は恋愛を中心としていたので仕方がないのかもしれない。


 こうしてクリスタちゃんが六歳で辺境伯領に行くのも、本来ならばなかったことなのかもしれない。


「カサンドラ様はとても優しい方でした。わたくしとお茶をしてくださって、ピアノと歌を褒めてくださって、ダンスを踊ってくださって、辺境伯領にお招きいただけるなんて」


 わたくしがうっとりと呟いていると、両親が表情を引き締める。


「これは恐らくエクムントのことがあってだと思う」

「エクムントを教育しているわたくしたちがどれだけその成果を出せているかを試されているのかもしれませんわ」

「エリザベートには言っていなかったが、エクムントは四年後に……いや、もうすぐ三年後になるのかな。とにかく、辺境伯領に行く身なのだ」

「カサンドラ様がエクムントを後継者に望んでいるのです」


 その話はエクムント様本人からされているが、わたくしもクリスタちゃんも大人しく話を聞いて頷く。

 エクムント様がいなくなる日を考えるととてもつらいのだが、わたくしは耐えて弟妹が生まれるのを願うしかない。

 母が安心して赤ちゃんを産める日はまだまだ遠いようだ。


 お屋敷に帰ると、両親は話し合ってカサンドラ様に招待の返事を書いていた。

 話し合いの結果は、夕食のときにわたくしとクリスタちゃんにも伝えられた。


「夏にと望まれたが、初秋に辺境伯領には行こうと思っている」

「日程はこちらのよいようにと仰っていたので、それに甘えることにします」


 夏ではなく初秋になったのは理由があるのだろうか。

 わたくしは両親に問いかける。


「日程をずらしたのには訳があるのですか?」

「以前からエクムントの誕生日を祝いたいという申し出があっていたのだ」

「エクムントだけ行かせてもよかったのですが、せっかくならばみんなで行きましょうと思って」

「それに、辺境伯領の夏は厳しすぎる。テレーゼの体調も気になる」


 父の言葉にわたくしは嫌な予感がして声を上げる。


「お母様は体調が悪いのですか!?」


 原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』では学園に所属している間にいつのまにかわたくしの身分は公爵へと変わっていた。両親がいなくなる布石がここで打たれるのではないかと恐ろしくなったのだ。


「まだ初期のことで、分からないのだが……話してもいいかな、テレーゼ?」

「エリザベートをぬか喜びさせてしまうかもしれません。ですが、心配させるよりもいいでしょう」


 何なのだろう。両親はどことなく嬉しそうにしているけれど、わたくしの胸は不安でいっぱいだった。


「わたくし、赤ちゃんがいるかもしれないのです」

「もう少し公爵領の医療が整ってからと思っていたが、赤ん坊は授かり物、いつ訪れるか分からない」

「わたくしのお腹に来てくれたなら、わたくしはどんなことをしてでも産んでみせますわ」


 幸せそうにお腹を撫でる母に、わたくしは不安が溶けていくのを感じる。

 考えていた最悪の事態とは全然違った。

 それどころかものすごくおめでたいことだ。


「わたくし、弟妹が生まれるかもしれないのですね……」

「エリザベート、そうだったらどれだけ嬉しいことか」

「なので、体調を見させてもらって日程をずらさせてもらったのです」


 嬉しさに涙が滲んでくる。泣いてしまうわたくしに、クリスタちゃんも水色の目をうるうると潤ませている。


「お姉様、わたくしもお姉様になれるのね!」

「クリスタ、お姉様になれるのですよ」

「嬉しい!」


 抱き合って喜ぶわたくしとクリスタちゃんを両親は笑顔で見守ってくれていた。

読んでいただきありがとうございました。

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