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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
三章 バーデン家の企みを暴く
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10.日常に戻って

 ディッペル公爵領のお屋敷に戻ると、わたくしとクリスタちゃんはワンピースに着替えて、昼食をとった。両親も揃っていて安心して食事ができる。クリスタちゃんはワンピースの裾も整えて、足も揃えて座って、膝の上にはナプキンを敷いている。


「ハインリヒ殿下と今回もお茶をしたようだね」

「ハインリヒ殿下はクリスタを本当に気に入っているようですね。折り紙の花束を抱きしめていましたよ」


 両親に言われてクリスタちゃんが頬に手を当てる。


「ハインリヒ殿下が喜んでくださったならよかったです。花束はお姉様も手伝ってくれたのです」

「エクムントが折り方を教えてくれたのですよ。それで二人で折れたのです」

「エクムントは折り紙が上手なんですね」

「リップマン先生の授業でも教えてもらっているようだね」


 両親と話しながら食事をするのは楽しいが、会話に夢中になって食べるのが遅くなってしまう。口に物を入れて喋るのははしたないのでわたくしはよく噛んで飲み込んでから発言する。


「元ノメンゼン子爵の妾と娘がどこにいるか分からないらしいな」

「牢獄で元ノメンゼン子爵は、全部妾が仕組んだことだと証言しているようですよ」

「妾も捕らえておけばよかったものを」


 あの場では元ノメンゼン子爵の妾の罪は分からなかったから、国王陛下が妾と娘を市井に放り出すだけで済ませてしまったのは仕方がないことだろう。元ノメンゼン子爵の証言をわたくしはもっと詳しく聞きたかった。


 食べていたパンをよく噛んで飲み込んで、わたくしは口を開く。


「元ノメンゼン子爵はどのように証言しているのですか?」

「死人草の種は、妾に子どもを堕すように渡したと言っている。その死人草の種を、妾がマリア夫人に飲ませたと言うのだ」

「本当だったら大変なことですわ。マリアを死なせたのは元ノメンゼン子爵の妾ということになります」


 そんな極悪人が市井に解き放たれているのかと思うとわたくしはぞっとする。クリスタちゃんが水色の目を潤ませてわたくしを見ていた。


「お母様を死なせたのは、旦那様じゃなくて、奥様だったの?」

「クリスタ、あのひとたちを『旦那様』や『奥様』と呼ぶ必要はありません」

「なんて呼べばいい?」

「元ノメンゼン子爵と妾でいいです」


 元ノメンゼン子爵はクリスタちゃんの父親にあたるのだが、わたくしはクリスタちゃんの父親があんな男だなんて認めたくなかった。クリスタちゃんはあの男のことは忘れて、ディッペル家の養子になったのだからわたくしの父を本当の父と思って欲しかった。


「お母様を死なせたのは誰なの?」

「まだ分かっていません。元ノメンゼン子爵の妾の居場所が分からないことには……」


 何も持たずに市井に放り出されたのだ。元は平民の娘だとしても、働くすべを知っているかどうかも分からない。今頃はのたれ死んでいるかもしれない。

 そうであってくれた方がわたくしは安心だった。


 翌日は乗馬の日で、わたくしとクリスタちゃんは乗馬服とヘルメットを着て、エクムント様とデボラとマルレーンと一緒に牧場まで歩いた。日差しが強くなっているので、ヘルメットの下で額に汗をかく。暑そうにしているクリスタちゃんにわたくしはハンカチを差し出した。

 クリスタちゃんはハンカチで汗を拭っていた。


 牧場に着くと爽やかな風が吹き抜ける。牧草と馬の匂いがして、ポニーのエラが連れて来られた。

 エラはもぐもぐと口を動かして咀嚼しているようだが、わたくしとクリスタちゃんが近寄ると鼻を寄せてきた。

 エラの鼻を撫でると、気持ちよさそうに目を細めている。


「クリスタお嬢様は一人で乗る練習をしてみましょうか?」

「わたくし、一人で乗っていいの?」

「ゆっくり歩かせてください。私が並走します」


 クリスタちゃんも六歳になったので一人でエラに乗らせてもらえるようだ。手綱を自分で握るクリスタちゃんの顔の誇らしげなこと。

 エクムント様は何かあればすぐに手綱を握れる位置でエラに乗るクリスタちゃんに並走していた。


 楽しそうに牧場を二周してクリスタちゃんが戻ってきて、わたくしと交代する。わたくしもエラに乗って牧場を二周するのだが、エクムント様はわたくしにも新しいことをさせてくれた。


「少しだけ早足にしてみましょう」

「どうすればいいのですか?」

「手綱を引いて、軽くお腹をとんとんと蹴ってみてください。それでエラは早足になるように訓練されています」


 言われた通りに手綱をしっかりと持って、軽くお腹をとんとんと蹴る。エラの足がいつもより早くなったのが分かった。とはいえ、完全に走っているわけではない。

 エクムント様が並走できるくらいの速さだ。


「上手ですよ、エリザベートお嬢様。今日はこのまま牧場を三周しましょう」


 これまでは二周で終わっていたのに、今日は三周できる。

 早足のエラに並走しても息も切らさないエクムント様は格好よかった。素敵なエクムント様に集中してしまうと落馬しかねないので、今はエラに集中する。

 牧場を三周すると、エクムント様が手綱を引いてエラを厩舎に入れて休ませた。


 エラの体にブラシをかけて、ご褒美の人参をあげる。ブラシは届かないところもあるので、クリスタちゃんと交代で踏み台を使った。

 人参は二人で一本を半分こしたのだが、エラはあっという間に食べてしまった。


 お屋敷に帰るとエクムント様は警護の仕事に戻って行った。

 もう少し一緒にいたかったのに、わたくしは寂しくなる。


 エクムント様と主従でなければこんな風に離れることはないのに、エクムント様がわたくしの家に仕えているので、どうしても離れ離れになってしまう。


 家族で昼食をとっているときに、両親がわたくしとクリスタちゃんに言ってきた。


「キルヒマン侯爵夫妻が、エリザベートとクリスタに演奏を頼みたいと仰っているんだ」

「クリスタのお誕生日で歌とピアノの連弾を披露したでしょう? 去年もキルヒマン侯爵家で演奏したように、次のお茶会で演奏して欲しいとご要望なのです」

「わたくし、キルヒマン侯爵夫妻に褒められるの、とても嬉しいの! お父様とお母様がやっていいと仰るならやりたいです!」

「キルヒマン侯爵夫妻はわたくしとクリスタをいつも褒めてくださいます。この前の演奏のときもそうでした。わたくし、させていただきたいです」


 クリスタちゃんは演奏する前からキルヒマン侯爵夫妻が褒めてくれるかを気にしていたし、褒めてくれたらとても喜んでいた。子どもは褒められてのびのびと育つのがいい。

 これまでのクリスタちゃんの境遇を思えば、クリスタちゃんにはたくさんの賞賛を浴びて欲しかった。

 やる気のわたくしとクリスタちゃんに、両親は微笑んで頷く。


「それでは、やらせていただきますと返事をしよう」

「しっかりと練習をするのですよ」

「はい、頑張ります」

「わたくしも頑張るわ」


 気合いを入れるわたくしとクリスタちゃんに、両親は思わぬことを口にした。


「次のお茶会には辺境伯もおいでとのことだからね」

「辺境伯領から辺境伯が出て来られるのは珍しいですからね。従妹の顔を見にとのことですが、エクムントに会いに来るのかもしれません」


 辺境伯がキルヒマン侯爵家のお茶会に来られる!?

 エクムント様は辺境伯の養子になることが決まっているので、辺境伯はエクムント様に会いに来られるのかもしれなかった。

 初めてお会いする辺境伯。

 辺境伯にはお子様がおられないので、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日のお茶会は子ども主体だったので参加されていなかったのだ。昼食会と晩餐会にだけ参加されていたのだと思われる。


 キルヒマン侯爵家のお茶会では辺境伯に会えるかもしれない。

 辺境伯がどんな方かわたくしはドキドキしていた。

読んでいただきありがとうございました。

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