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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
一章 クリスタ嬢との出会い
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7.庭の椿

 昼食を食べ終わると、クリスタ嬢の頭がぐらぐらとし始めていた。

 私はマルレーンを呼んでクリスタ嬢を着替えさせてもらう。お手洗いに行ってベッドに寝かされたクリスタ嬢は、眠くて限界で目を開けていられないようだが、ぐずぐずと泣いている。


「おねえたまと、おにわぁ……おにわ、いくぅ……」

「おひるねからおきたらいきましょう」

「おねえたまぁ、いっちゃやー!」


 ベッドの脇に立っている私の手をぎゅっと握ってクリスタ嬢が眠りにつくのに、私は動くことができなかった。手はしっかりと握られているし、手を放そうとするとクリスタ嬢が起きて泣いてしまう。

 困って立ち尽くす私にマルレーンが椅子と本を持って来てくれた。

 椅子に座って膝の上に乗せて片手だけで本を読みながら、私はクリスタ嬢が起きるのを待っていた。まだ四歳で、成長が遅いクリスタ嬢にはお昼寝が必要だったのだ。


 一時間もするとクリスタ嬢は起きて目を擦っていた。

 私と目が合うと、はっと息を飲む。


「ちっち!」

「おてあらいですか? すぐにいきましょう」

「あい、おねえたま!」


 お手洗いに連れて行くと、用を足して便器の横に設置してあるトイレットペーパーを千切り取って、一生懸命拭いていた。


「もうおぼえたのですか?」

「わたち、でちる!」

「えらいですね、クリスタじょう」

「てって、あらう!」


 お手洗いに行った後には手を洗うこともクリスタ嬢はきちんと覚えていた。ちゃんと拭けていたかどうかは分からないが、自分でできたということはクリスタ嬢の自信にもつながるはずだ。

 誇らしげな顔で手を洗っているクリスタ嬢の顔が泣き顔になってしまう。手を洗っていたら胸とお腹まで濡れてしまったのだ。


「びちょびちょ……おねえたまとおにわ、いけないー!」

「きがえればへいきですよ。マルレーンをよびましょうね」


 マルレーンに来てもらって着替えたクリスタ嬢の涙と洟を拭いてあげて、私は手を引いて庭に出た。

 庭は寒いのでマルレーンがコートを着せてくれて、マフラーを巻いてくれる。クリスタ嬢には私が小さい頃に使っていたコートとマフラーを使ってもらった。

 手を繋いで歩いていると、息が白く凍えるように寒いが、庭の椿が鮮やかに咲いているのを見て私とクリスタ嬢は足を止めた。


「おはな! おねえたまに、あげう」

「わたしにくれるのですか?」

「ぷちってちたらかわいとう。ちたにおちてるの、ひろうね」


 椿は花がそのまま落ちる。椿の茂みの根元には花が沢山落ちていた。落ちている花を拾ってクリスタ嬢が私の手に乗せてくれる。

 まだ萎れていない赤い花弁は、落ちてすぐの椿の花だろう。


「きれいですね。ありがとうございます、クリスタじょう」

「どういたちまちて、おねえたま」


 お礼を言えばクリスタ嬢はぺこりと頭を下げてから、私を見上げた。


「わたち、じゅっとこあかった。いたかった。かなちかった。じゅっと、たみちかった。おねえたま、わたちにやたちくちてくれた。わたち、おねえたますち! おねえたまといっと、うれちい!」


 真剣な水色の瞳で告げるクリスタ嬢が、私はもう可愛くて堪らなかった。


「クリスタじょう、わたしもクリスタじょうがだいすきです」

「おねえたま、わたちのおねえたま。だいすち!」


 拾った椿の花は、小さな水盤の上に飾っておいた。


 お茶の時間になると、クリスタ嬢は少しは落ち着いて食べられるようになっていた。

 朝食と昼食を食べて、心に余裕ができたのだろう。

 それでも全部素手で食べようとするクリスタ嬢に私は教える。


「まず、とりざらのうえにじぶんのたべるぶんをとりわけましょう。きょうはわたしがしてあげますね」

「おねえたま、ちてくれる」


 椅子に座って静かに待っているクリスタ嬢のために、サンドイッチやスコーンやケーキを取り分ける。私の分も取り分けて、私はスコーンを割ってクロテッドクリームとジャムを塗った。


「スコーンはひとくちだいにわってたべるのです。クロテッドクリームやジャムをぬるとおいしいですよ」

「ひとくちだいって、なぁに?」

「ひとくちでたべられるおおきさです」

「るろてっどくいーむ、じゃむ、なぁに?」

「クロテッドクリームはぎゅうにゅうからつくったクリームです。ジャムはくだものをおさとうでにてつくったものです。おさらのうえにのっているしろいものがクロテッドクリームで、あかいものがジャムです」


 ジャムとクロテッドクリームをスコーンに塗ろうとして、クリスタ嬢がジャムを零してしまう。零れたジャムは膝のナプキンの上に落ちた。


「おねえたま、なぷちん! おひじゃ、よごれなかった!」

「そうなのです。ナプキンはそのためにあるのです」

「しゅごい! なぷちん、ちゃんとちる!」


 感激しているクリスタ嬢にナプキンの意義を伝えると、お目目を輝かせて聞いていた。

 ケーキにはフォークで果敢に挑んでいたが、崩れてしまって半泣きになるクリスタ嬢のお口に、私がフォークで運んであげる。お口にケーキが入るとクリスタ嬢は白い頬を薔薇色に染めて、両手で頬を押さえてうっとりと言った。


「おいちいねー。おねえたま、ありがちょう」

「どういたしまして。ミルクティーはあついのできをつけてくださいね」

「あい。ふうふうちる!」


 クリスタ嬢の面倒を見ている私を見て母が目頭を押さえている。


「エリザベートがこんなにも立派になって。クリスタ嬢と仲がよくて姉妹のようではありませんか」

「クリスタ嬢を我が家で引き取る選択をしてよかったね」

「あなた、ありがとうございます」

「クリスタ嬢は我が一族の子ども。それにテレーゼの妹の娘だ。これくらいのことはしても当然だよ」


 感動している母と父の表情がすっと引き締まる。


「こんな可愛い子を虐待していたノメンゼン子爵夫人とそれを放置していたノメンゼン子爵は許せませんね」

「ノメンゼン子爵夫人は、分を弁えず公爵夫人であるテレーゼに口答えしてきたのだからな。このことは許されない」

「王家にクリスタ嬢をノメンゼン子爵の跡継ぎとして正式に認めていただかなければいけませんね」

「そもそも、ノメンゼン家の長子であるクリスタ嬢が跡継ぎで間違いなかったのだ。それを覆そうとする愚かな考えを持たないようにさせないといけないな」


 母も父もクリスタ嬢のことを真剣に考えてくれていた。

 こんなに可愛くて健気でいい子なのだから、クリスタ嬢は可愛がられて愛されて育たねばならない。私が誰よりもクリスタ嬢を大事に可愛がって育てようと心を決めていた。


「おとうさま、おかあさま、わたし、クリスタじょうのよきあねになります。クリスタじょうをあねとして、だいじにまもり、そだてます」

「エリザベート、なんて立派なのでしょう。でも、無理をしなくていいのですよ。あなたもまだ六歳なのですから、甘えたいときもあるでしょう。わたくしの宝物、大事な愛するエリザベート。甘えたいときにはいつでも来ていいのですからね」

「エリザベートの教育のためにもクリスタ嬢がいてくれるのは大いに結構なことのようだな。だがエリザベートもまだ六歳、いつでも困ったときにはこの父と母が相談に乗るからな」

「はい、おとうさま、おかあさま」


 クリスタ嬢が来てから私は両親の愛を強く感じることができていた。両親は決して私任せにしないで、クリスタ嬢のことを一緒に考えてくれる。


「国王陛下にお目通り願わないといけないな」

「エリザベート、クリスタ嬢、明日は忙しくなりますよ。今日は夕食を早くして、エリザベートとクリスタ嬢が早く休めるようにしましょう」


 明日は国王陛下にお会いする。

 クリスタ嬢の立ち位置をしっかりと確立させるために、両親が国王陛下の御墨付きをもらうのだ。


「あちた、なぁに?」

「こくおうへいかにあうのです。クリスタじょう、わたしのまねをして、おぎょうぎよくしているのですよ」

「こくおーへーか、こあい?」

「こわくはないとおもいますが……」


 国王陛下には皇太子時代に恋人がいた。その恋人と別れられずに、隣国の王女と結婚した後に恋人との間に生まれたのが、ノルベルト殿下だ。ノルベルト殿下は王宮に引き取られたが、国王陛下の恋人は平民であったために、二度と国王陛下と会わぬことを誓わされて、手切れ金を渡されて別れたという。

 その後に生まれたのがハインリヒ殿下だ。ハインリヒ殿下はノルベルト殿下を慕っていて、どこに行くにも一緒に行動する。


 女性関係に関しては感心できない国王陛下ではあるが、国の政治は落ち着いているので愚王というわけではない。

 クリスタ嬢のことも、公爵家に貸しを作れると思えば、引き受けてくれるだろう。


「おねえたま、いっと?」

「はい、いっしょですよ」


 知らない場所に行くのが怖いのか私の手を握ったクリスタ嬢の手を私は握り返した。

読んでいただきありがとうございました。

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