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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
三章 バーデン家の企みを暴く
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5.シュトレーゼマン子爵の来訪

 庭の春薔薇も咲き乱れる麗しい初夏。近付くハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日のためにわたくしとクリスタちゃんはドレスや髪飾りや靴を用意していた。

 ドレスは持っているものを使うのだが、わたくしとクリスタちゃんはクリスタちゃんのお誕生日のために仕立てた最高のドレスを用意して、王都で着るワンピースも何着か用意しておく。

 お誕生日の席では今年こそ皇太子がハインリヒ殿下かノルベルト殿下か発表されるのではないかと言われていた。


 準備に忙しい初夏の日に、シュレーゼマン子爵家から母の兄がやって来た。

 母の兄は母に伝えたいことがあったようだ。

 お茶に招くと、お茶にも軽食にも手を付けずに持って来ていた鞄から紙の束を取り出した。


「ノメンゼン家の屋敷の整理をしていたら出てきたものです。これはディッペル公爵にお見せしなければならないと思って馬車を飛ばして来ました」


 差し出された紙束を母と父が二人で目を通している。わたくしも椅子から伸びあがって紙束を見ようとしていると、父と母が紙束をわたくしに渡してくれた。

 その紙束はノメンゼン家とバーデン家でやり取りした手紙のようだった。


 最初の頃はバーデン家からノメンゼン家にクリスタちゃんの養育を任せるように依頼する内容で、クリスタちゃんは前妻の子どもでノメンゼン家が持て余しているのだろうということが書かれている。

 そのうちに手紙の内容は過激になって、ハインリヒ殿下がクリスタちゃんを気に入っていることに触れて、クリスタちゃんをハインリヒ殿下の婚約者に育て上げると宣言するものになっている。

 そして、最後の一通では、「クリスタ嬢が皇太子妃となった暁には、ノメンゼン子爵家を伯爵家に陞爵させよう」と約束しているのだ。


「お父様、お母様、これは大問題ではないですか!?」

「その通りですね、エリザベート。バーデン家にノメンゼン子爵家を陞爵させる力などない」

「バーデン家は王家を乗っ取って、ノメンゼン家の陞爵を約束しているとしか考えられないな」


 こんな手紙がどこから出てきたのだろう。

 シュトレーゼマン子爵にわたくしは視線を向ける。


「この手紙はノメンゼン子爵の机を処分するときに、解体しようとしていたら隠し引き出しから出てきたと業者のものは言っています。余程大事なものだったようで、机の裏の隠された引き出しから出てきたようです」


 隠された引き出しから出てきたのだったら、国王陛下がノメンゼン子爵の取り調べの後で、罪状を決めるときにノメンゼン家を調べても出てこなかったはずである。

 これだけ重大なことが書かれているとなると、シュトレーゼマン子爵も一刻も早くディッペル公爵家にこのことを伝えなければいけないと思って来てくださったのだろう。


 シュトレーゼマン子爵は次女が次期ノメンゼン子爵を継ぐと決まっていて、成人するまでの後見人となっている。ノメンゼン子爵家のお屋敷を片付けるのもシュトレーゼマン子爵の役割だった。


「教えてくださってありがとうございます、兄上。あなた、国王陛下にこの手紙をお見せしないと」

「そうだな。シュトレーゼマン子爵、ありがとうございました」

「いえ、私の大事な姪が関わっていること。バーデン家のブリギッテ様はクリスタ様を苛めるようなことをしたのでしょう? 可愛いマリアの年端も行かない娘にそのようなことをするなど許せません」

「兄上、この件はわたくしたちが必ずおさめてみせます」

「シュトレーゼマン子爵、ご安心ください」

「どうか、マリアの娘を守ってやってください」


 シュトレーゼマン子爵はクリスタちゃんに優しい視線を向けている。クリスタちゃんが亡くなったマリア叔母様の娘で、大事な妹の忘れ形見だからだろう。


「市井に放り出された元ノメンゼン子爵の妾と娘の居場所は分かりませんが、死人草で自分が堕胎を迫られて、元ノメンゼン子爵の妾はそれをマリアに飲ませたのだという噂が広がっております」

「その話はわたくしも聞きました」

「牢獄の中で元ノメンゼン子爵が、自分が死人草を飲ませたのではないと主張しているらしいですな」

「元ノメンゼン子爵の妾も居所を突き止めて、真実を吐かせなければいけません」


 市井に紛れてしまえば母親と幼い娘の取り合わせなどどれだけでもいる。元ノメンゼン子爵の妾と娘を探し出すのは困難なのだろう。

 このことが将来のクリスタちゃんに暗い影を落とす前にわたくしは何とかしたかった。


 クリスタちゃんは話がよく分かっていないので、ミルクティーを飲んで、もりもりとケーキとサンドイッチを食べている。

 この家に来た頃には痩せて目も落ち窪み、汚れて臭かったクリスタちゃんは、今は丸い頬も幼児らしく愛らしく、体付きもしっかりと子どもらしい体型になって、髪も艶々して体からは石鹸のいい香りがしている。

 シュトレーゼマン子爵ももりもりと軽食を食べるクリスタちゃんを見て安心しているようだった。


「クリスタ、伯父上にご挨拶をして。兄上もここはプライベートな場所なのですから、形式ばらなくてもいいのですよ」

「伯父上!? あなたがお母様のお兄様ですか?」

「そうですよ。クリスタ、よく食べてよく運動してよく勉強して、健やかにお育ちになってください」

「ありがとうございます、伯父上。伯父上もお母様と同じ髪の色とお目目ですね。お母様みたいで安心します」


 口の周りについていたケーキのクリームを素早く膝の上のナプキンで拭いて微笑むクリスタちゃんが、しっかりとマナーがなっていることにわたくしは拍手を送りたかった。

 シュトレーゼマン子爵もプライベートな場ということで、クリスタちゃんを呼び捨てにしている。


「ディッペル公爵家に引き取られたと聞いて本当によかったと思っていました。この家でフェアレディになっていく様子を見られるのが楽しみです。バーデン家ではこうはいかなかったでしょうからね」

「バーデン家に引き取られていたら、わたくしたちが伯母と言えども、会わせてもらえていたかわかりませんでしたからね」

「シュトレーゼマン子爵はいつでも我が家においでください。お子様たちもご一緒に」

「子どもたちがクリスタ様とエリザベート様に会いたがっています。そのうちにお邪魔致しますね」


 シュトレーゼマン子爵、つまりわたくしの伯父様は子どもたちを連れて来てくれると言っている。わたくしやクリスタちゃんにとっては従姉妹や従弟に当たる子どもたちだ。

 年の近い相手と遊べるのは楽しみでもあるのでわたくしは伯父様の申し出に期待していた。


 シュトレーゼマン子爵が帰ってから、両親は国王陛下に元ノメンゼン子爵とバーデン家とのやり取りの手紙を送っていた。これは国家を揺るがそうとする大きな謀反に違いなかった。


 隠された手紙の内容にバーデン家がどのような言い訳をするのか、聞いてみたい気もするが、それ以上にそろそろわたくしたちは動き出さねばならないのではないかという思いがある。


「お父様、お母様、バーデン家の取り調べに介入するときではないでしょうか?」

「馬車の件も一刻も早く調べさせなければいけませんね」

「バーデン家に使いをやって調べさせよう。バーデン家も、賊のことを持ち出されたらディッペル家の使いが調べに入るのを断れないだろう」


 この件に関してはわたくしが賊のことでバーデン家の嫌疑を晴らすと言ったのが役に立ってくる。ブリギッテ様のした行為を認められない以上、バーデン家を騙る偽物がいたということになっているので、その偽物からバーデン家を守り、嫌疑を晴らすという名目でディッペル公爵家が介入できるのだ。


 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誕生日の式典の前に、わたくしと両親はバーデン家に乗り込むことになるかもしれない。

 もちろん、そのときには国王陛下の使いも供に来てもらって、全てを明らかにさせるのだ。


 ハインリヒ殿下とノルベルト殿下も来たがるかもしれないが、それがどうなるかは国王陛下次第だろう。

読んでいただきありがとうございました。

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