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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
一章 クリスタ嬢との出会い
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6.クリスタ嬢との生活の始まり

 早く寝たので早く目が覚めたが、部屋は寒くてなかなかお布団から出られなかった。マルレーンがストーブに火を入れに来てくれるまで、私とクリスタ嬢はお布団の中でくっ付いて過ごしていた。


「ちょうしょくとちゅうしょくは、ようじがなければおとうさまとおかあさまとたべるのです」

「おとうたま、おかあたま? わたちの?」

「いいえ、わたしのおとうさまとおかあさまです。でも、わたしのおかあさまは、クリスタじょうのおかあさまのおねえさまだから、ちはちかいですね」

「おねえたまのママ、わたちのママのおねえたま!」

「そうですよ。クリスタじょうにれいぎさほうをおしえるときにはきびしいときもあるかもしれませんが、やさしいおかあさまです」


 母にとってはクリスタ嬢は一緒に育った妹の娘なので、可愛がってもらえるだろう。私にも愛情を注いでくれる母を私は信頼していた。


「ゆうしょくはおそくなるときは、わたしとクリスタじょうだけでたべるひもあるとおもいます。おとうさまもおかあさまも、はやくたべられるひには、いっしょにたべます」

「ちょーちょく、ちゅーちょく、ゆーちょく……みっちゅも!?」

「それだけではありませんわ。ちゅうしょくとゆうしょくのあいだには、おちゃのじかんもあります」

「おちゃ! よっちゅも、たべうの?」


 驚いているクリスタ嬢に私は恐る恐る問いかける。


「ノメンゼンけでは、いちにちになんかいしょくじをしていたのですか?」

「ひとちゅ? ふたちゅ?」


 一日に一回か二回しか食事をさせてもらっていなかったというのならば、クリスタ嬢が痩せている理由もよく分かる。食べ盛りだがまだ胃が小さいので、私でも朝食と昼食の間にお腹が空いて何か摘まむものをもらうことがあるのに、更に小さいクリスタ嬢が一日に一回か二回しか食事をさせてもらっていなかったなど許されることではない。


 ストーブの火で部屋が暖まって来たので、布団から出るとマルレーンがクリスタ嬢をお手洗いに連れて行く。私もお手洗いに行って手と顔を洗った。

 水は冷たかったが、顔を洗うとさっぱりする。クリスタ嬢は水が冷たいので鼻の先しか洗っていなくて、マルレーンに濡らしたタオルで顔を拭かれていた。


 着替えをして食堂に行くと父と母が席についている。

 クリスタ嬢は私が以前使っていた子ども用の椅子によじ登って座っていた。スカートの裾が乱れたので、私が整えておく。


「なぷちん、おひじゃ!」

「そうですよ。すっかりおぼえてしまいましたね」

「おねえたま、おちえてくえた」


 朝食はパンとスクランブルエッグとベーコンをカリカリに焼いたものと簡単なサラダとフルーツだったが、クリスタ嬢はお皿に顔を突っ込むようにして掻き込んでいる。


「クリスタじょう、おちついてたべていいのですよ。だれもとりません」

「おいち! おいち!」


 必死になって食べているクリスタ嬢を庇うために私は両親に伝えた。


「クリスタじょうはノメンゼンけでは、いちにちにいっかいかにかいしかしょくじをさせてもらっていなかったようなのです」

「それは気の毒に」

「この年ですし、食事を目の前にして我を忘れてしまうのも仕方がないですね。クリスタ嬢に食事のマナーを教えるのは、クリスタ嬢の食事がしっかりと確保されていて、誰も咎めずに食べられると分かってからの方がいいようですね」


 礼儀作法に厳しい母もクリスタ嬢の境遇には同情して、クリスタ嬢の食事のマナーを教えるのを急がずに、クリスタ嬢が安心して落ち着いて食事ができるようになるまで待つつもりのようだった。

 私はクリスタ嬢の隣りでパンを千切って、一口大にして食べて、スクランブルエッグもカリカリのベーコンもサラダもゆっくりと味わって食べる。

 先に食べ終わったクリスタ嬢には、ミルクティーとクッキーが出されていた。

 ミルクティーを真剣に吹いて冷ましているクリスタ嬢は、私がテラスで教えたことはしっかりと覚えているようだ。


 これまで教えられていなかったのでできていないだけで、クリスタ嬢は教えれば覚えはいいのではないだろうか。


 食事が終わると私とクリスタ嬢は部屋に戻った。二階の部屋の窓から庭を見ていると、ノメンゼン子爵夫人と娘のローザが馬車に乗って帰って行っているのが目に入った。

 クリスタ嬢を厄介払いできたと思って、クリスタ嬢に挨拶もせずに帰って行ってしまっている。


「おばたん、ばいばい」


 クリスタ嬢も窓から覗き込んで、ノメンゼン子爵夫人と娘のローザに興味なさそうにしていた。


 せっかくクリスタ嬢が私と一緒に暮らすようになったのだから、クリスタ嬢には幸せを感じて欲しい。楽しいことや素晴らしいことを経験して育って欲しい。

 私の愛読書だった『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』のクリスタ嬢は素直で溌溂として正義感が強かった。これからは私が手本を見せてクリスタ嬢を育てていかなければいけない。


 その結果として私が追放されて公爵位を奪われることになろうとも、私はこの小さな痩せたクリスタ嬢を見捨てることなどできなかった。


「えほんをよんでさしあげましょうね」

「えほん?」

「わたしのだいすきなものがたりをよんであげます」


 本棚から父と母が買い揃えてくれている絵本を取り出して、私が椅子に座ると、クリスタ嬢が膝の上に座ってくる。若干重くて前が見にくかったが、甘えたい年頃なのだと思って膝の上に抱き上げて絵本を読み始めた。


 継母に冷遇されていた女性が王子様に見出されて結婚する物語だ。

 読んでいるとクリスタ嬢がうっとりと絵本の挿絵を撫でている。


「きれーねー」

「これは、ウエディングドレスですね」

「ええでんぐどえす?」

「けっこんしきにきるドレスですよ」

「わたちも、けこんちき、きる?」

「クリスタじょうもけっこんするときにはきるとおもいますよ」


 ウエディングドレスを着た花嫁の挿絵にうっとりとしているクリスタ嬢と私を見て、エクムント様が声をかけて来た。


「差し出がましいかもしれませんが、私が絵本を読みましょうか?」

「いいのですか、エクムント?」

「エリザベートお嬢様も絵本をお聞きになりたいでしょう?」

「はい!」


 もう字は読めるようになっていたが、エクムント様が読んでくれるとなると全然別の話だ。

 お膝の上にクリスタ嬢を抱っこして、私はエクムント様が読んでくれる絵本に聞き入る。エクムント様の声は低いけれど優しくて、絵本にぴったりだった。

 三冊目の絵本を読み終わったところで、マルレーンが私とクリスタ嬢を呼びに来た。


「エリザベートお嬢様、クリスタお嬢様、靴屋が参りましたよ。旦那様と奥様がお呼びです」

「わかりました、マルレーン。ありがとうございました、エクムント」

「いいえ、絵本くらいならいつでも読みます」

「あいがちょ! またね!」


 お礼を言ってエクムント様に名残惜しく別れを告げて、私は広間に移動した。広間では靴屋が私やクリスタ嬢の年代の子ども用の靴を用意して待っている。


「エリザベート、クリスタ嬢、靴を選びましょう」

「はいてみて痛くないものを選ぶんだよ」


 母と父に言われて、私は靴を試着してみる。柔らかくなめした革で作られた靴は、どれも踵も爪先も当たらなくて痛くなかった。


「この赤茶色の靴はどうですか? 踵も少し高くて、立ち姿が綺麗に見えますよ」

「あかちゃいろはすきではないのです。わたしがすきなのは、そらいろやあおなのです」

「青い靴は用意がありませんね。こちらの黒い靴はいかがですか? エナメル加工がしてあります」


 ピカピカに光るエナメル加工をされた黒いストラップシューズが私の目を引いた。はいてみるとどこも当たらなくて痛くない。


「ピンク、いーの!」

「ピンクの靴はありませんね。赤い靴なら御座いますよ。こちらのお嬢様と同じストラップの付いたデザインです」

「つとらっぷ? おねえたまといっと?」

「同じデザインですよ」

「おねえたまといっとにつる!」


 クリスタ嬢も赤いエナメル加工のストラップシューズを選んでいた。


「普段使いにできる靴も買っておきましょうね」


 母が促してくれて、私は靴紐の付いた可愛い小さなウイングチップのシューズも買ってもらった。クリスタ嬢も私とお揃いに拘って、同じデザインのシューズを買ってもらっていた。


「亡くなった妹とはとても仲がよかったのです。あの子が子どもを産んで亡くなってしまったと聞いたとき、胸が張り裂けるように悲しかった。その娘であるクリスタ嬢を保護することができて、本当によかったと思っているのですよ」

「ママ……」

「あなたの母は私の妹ですが、私のことを母だと思って構いませんからね。困ったことがあれば何でも相談してください」

「ママぁ! ふぇぇぇ!」


 優しくクリスタ嬢の手を取って語り掛ける母に、クリスタ嬢は抱き付いて泣いてしまっていた。

 生まれたときに母親を失って、それが自分のせいだと言われて部屋に閉じ込められて、クリスタ嬢はどれほどつらかっただろう。泣くクリスタ嬢を抱き締めて、母はその髪をずっと撫でていた。

読んでいただきありがとうございました。

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