29.クリスタ嬢のお誕生日
ノメンゼン子爵家は母の兄の子どもが継ぐことになった。
シュレーゼマン子爵家には長女、次女、長男と三人の子どもがいる。
長女が十歳、次女が八歳、長男がクリスタ嬢と同じ五歳だ。
この国では性別に関わりなく長子が家を継ぐのが定めとなっているので、次女をノメンゼン子爵家の養子に立てるようだ。次女が成人するまでは、シュレーゼマン子爵が後見人となる。
「これでマリアの無念を少しは晴らせたでしょうか……。まさかマリアが毒殺されていただなんて」
「ノメンゼン子爵……いや、もう子爵家は追放されているのか、あの男は厳罰に処されると思うよ」
「マリアのためにも、わたくしはクリスタ嬢をしっかりと育てなくては!」
母はクリスタ嬢の育成に力を入れることで悲しみを紛らわせるつもりのようだった。
クリスタ嬢のお誕生日は、クリスタ嬢が我が家の養子になるお披露目の席でもある。
朝から準備をして、わたくしはドレスを着て髪をハーフアップにしてもらって白いレースが端についた空色のリボンで結んでもらって、クリスタ嬢はドレスを着て髪を三つ編みにしてピンク色の牡丹の髪飾りを付けていた。
クリスタ嬢とわたくしが大広間でお客様を待っていると、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下がやってくる。クリスタ嬢は優雅に一礼する。
「ようこそいらっしゃいました、ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下。わたくしのおたんじょうびのために、ありがとうございます」
以前よりも上手にクリスタ嬢は話せている気がする。クリスタ嬢の成長を感じて、わたくしは感動してしまう。
「お招きいただきありがとうございます。本日はお誕生日本当におめでとうございます」
「六歳のお誕生日、おめでとうございます」
「クリスタ嬢に私からのプレゼントです。後で開けてみてください」
ハインリヒ殿下からクリスタ嬢に手渡されたのは白い箱だ。箱の中身が気になる様子だが、今はお茶会のホストなのでお客様を歓迎しなくてはいけない。
「クリスタ嬢、その箱はデボラに部屋に置いて来てもらいましょうか」
「は、はい、お姉様」
気になる様子だが後で見て欲しいとハインリヒ殿下も言われたので失礼にはならないだろう。
クリスタ嬢はデボラに箱を渡して、一生懸命言っている。
「とても大事なものだから、大切にしまっておいてね」
「分かりました、クリスタお嬢様」
「デボラ、頼みましたよ」
「はい、お任せください」
デボラが箱を部屋に持って行ってくれてから、わたくしとクリスタ嬢は並んで両親の前に立った。両親が集まったお客様を見渡す。
「本日より、クリスタ嬢は我がディッペル家の養子となります」
「わたくしの妹の娘です。ずっと自分の娘のように育てたいと思っていました」
「私たちの娘として、今後ともよろしくお願いします」
クリスタ嬢は公爵家の養子になった。
つまり、わたくしの実の妹になったのだ。
「クリスタ嬢、これからはわたくしの妹ですよ」
「え、わたくし、お姉様の妹じゃなかったの?」
「今までは従妹でしたが、クリスタ嬢がディッペル家の養子となったので、実の妹になりました」
クリスタ嬢はもうすっかりとわたくしの妹のつもりでいるけれども、実は従妹だったということに気付いていなかったようだ。クリスタ嬢にとっては少し難しい関係性だったかもしれない。
「お姉様の妹! 嬉しいです」
「わたくしもクリスタ嬢が妹になってとても嬉しいです」
これでクリスタ嬢は公爵令嬢になった。
バーデン家のブリギッテ様も手出しができなくなったはずだ。
バーデン家の企みを暴くのはもう少し時間がかかりそうだが、クリスタ嬢の安全が確保されてわたくしは心にゆとりができていた。
クリスタ嬢の誕生日のお茶会では、ピアノの連弾と合唱を披露することになっていた。
わたくしがクリスタ嬢の分もピアノの椅子の高さを調整してあげて、二人で並んでピアノの前に座る。
クリスタ嬢の顔を見て二人で頷き合って、ピアノを弾き始めた。
ピアノの連弾は問題なく上手くいった。
わたくしもクリスタ嬢も間違えることなく弾くことができた。
その後の合唱では、ピアノの前に立って、母に伴奏をしてもらって、二人で歌う。わたくしはコーラスの部分が難しくて音が外れそうになったけれど、伴奏の音をよく聞いて何とか歌うことができた。クリスタ嬢は主旋律を伸び伸びと元気よく歌っていた。
会場から拍手がわいて、わたくしとクリスタ嬢のそばにキルヒマン侯爵夫妻がやってくる。
「とても可愛らしくて、素晴らしく上手な連弾と合唱でした」
「我が家でも二人が演奏してくれないでしょうか」
「それは、お母様とお父様に話してみてください」
「わたくし、キルヒマンこうしゃくふさいがほめてくださると思って、頑張って練習したのです。ほめてくださって嬉しいです」
輝く笑顔で褒められたことを誇りに思うクリスタ嬢が眩しいくらいだった。
連弾と合唱が終わると、ピアノの先生がワルツのリズムでピアノを弾く。
クリスタ嬢がハインリヒ殿下のところに行って手を引いているのが見えた。
クリスタ嬢が上手にステップを踏んで踊っているのに、ハインリヒ殿下はなんとかついて行っている。ハインリヒ殿下も紳士の嗜みとしてダンスを習っているのだろう。
可愛いダンスの様子を見ていると、両親が小さく囁き合っていた。
「ハインリヒ殿下とクリスタ嬢……もう娘だからクリスタと呼ばないといけないね。クリスタとハインリヒ殿下はとても仲がいいのだね」
「将来はあの二人が国を背負うことになるかもしれませんね」
「そのときのためにも、クリスタにはしっかりと教育を施さないと」
両親の話を聞いてから、わたくしは踊り終わったクリスタ嬢のところに行った。クリスタ嬢は息を切らして汗もかいているようだ。
「クリスタ嬢、何か飲みましょうか」
クリスタ嬢を誘って大広間の隅の椅子に座ると、貴族たちが噂話に花を咲かせているのが分かる。
「ノメンゼン子爵は、夫人がクリスタ様を産んだ後に毒殺したのだとか」
「平民の女とねんごろになっていたので、夫人が邪魔だったのでしょう」
「今は牢獄に入れられて、平民の女と娘は市井に放り出されているらしいですね」
ノメンゼン子爵のことは既に広まっているようだ。
「それに比べて、亡くなった妹の娘を引き取って養子にするなど、ディッペル公爵はさすがですね」
「ディッペル公爵夫人は国一番のフェアレディと言われただけはあります」
「これこそ、美徳ですね」
両親が褒められているのを聞くのは悪い気はしない。噂話に耳をそばだてていると、ハインリヒ殿下が軽食を取り分けた皿を持ってやって来ていた。
「お茶を一緒に飲んでも構いませんか?」
「僕もいいですか?」
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下のお誘いに、わたくしはクリスタ嬢の顔を見る。クリスタ嬢は頬を赤くしてにっこりと微笑んでいる。
「いいですよね、お姉様?」
「はい、もちろんです。一緒にお茶ができて光栄です」
答えたわたくしに、クリスタ嬢は嬉しそうにハインリヒ殿下とノルベルト殿下をお茶にお招きした。
わたくしとクリスタ嬢とノルベルト殿下にはミルクティー、ハインリヒ殿下には蜂蜜レモン水が運ばれて来る。
ミルクティーを飲んでいるわたくしとクリスタ嬢に、ハインリヒ殿下とノルベルト殿下が声を潜めて告げた。
「バーデン家のこと、調べを進めていますが、なかなか難しくて」
「公爵家に押し入るわけにもいきませんので」
「もう少し結果はお待ちください」
「必ずバーデン家の企みを暴いて見せます」
ハインリヒ殿下もノルベルト殿下もバーデン家のことを調べてくれているようだ。
バーデン家の企みが明るみに出れば、バーデン家も一人娘のブリギッテ様を後継者から降ろすしかなくなるかもしれない。
バーデン家が変わればわたくしの未来も変わって来るかもしれない。
わたくしは期待を抱いていた。
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