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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
二章 ノメンゼン子爵の断罪
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28.マリア叔母様の真相

 庭の雪もすっかり溶けて、庭の木々の新芽も膨らみ始め、下草も生え始めて、春の兆しが見え始めている。

 クリスタ嬢のお誕生日の前に、お誕生日のお茶会で着るドレスを着て、わたくしも一番いいワンピースを着て、髪に薔薇の髪飾りを付けて、クリスタ嬢のお母様、マリア叔母様のお墓参りに行った。

 馬車でノメンゼン子爵の領地まで走らせて、ノメンゼン子爵家の墓地に埋められたマリア叔母様のお墓に行くと、母が息を飲んだ。


「これは、死人草(しびとぐさ)?」

「テレーゼ、この草を知っているのか?」

「死人草の種を飲むと酷い中毒が出て、酷い場合には死に至ると言われています。死人草の種を飲んだ死体からは死人草が生えて、お墓の周りに赤い花を咲かせるのです」


 母に言われて観察してみると、お墓の周りにはほんのりと赤く色付いている蕾が幾つもある。これはマリア叔母様が毒殺された証なのではないだろうか。


「マリアはお産で死んだのではなかった! ノメンゼン子爵に殺されたのです!」


 母がこんなにも取り乱しているところを見るなど初めてだ。父が手袋を着けた手で慎重に死人草の蕾を摘んでいる。


「これはノメンゼン子爵を追及する材料になる」

「ノメンゼン子爵は、平民の妾と結婚するために、わたくしの妹を……」


 涙を流している母の肩を父が優しく抱いて慰めていた。


「だんなさまは、おかあさまをころしたの?」


 クリスタ嬢も呆然として立ち尽くしている。


「死人草などわたくしも初めて聞きました。お母様はどうしてこの草を知っていたのでしょう……」

「わたくしは、この草の種が堕胎に使われると聞いて、調べたことがあるのです。エリザベートには話していなかったけれど、もう話してもいい頃ですね。わたくしはエリザベートを産んでから、二年後に妊娠したけれど、赤ん坊を流産しているのです。そのときに、何か使われなかったか調べているときに、この死人草に行き当たりました。わたくしの場合は、何も使われていなかったのですが」


 母が次の子どもの妊娠に慎重になっている理由が分かった。母はわたくしを産んだ二年後に妊娠して赤ん坊を流産していたのだ。それで、次の子どもを産めるかどうか分からなくて、子どもができにくい体質になったと言っていたに違いない。


「お母様、そんなことがあったなんて知らずに、わたくし、弟か妹がほしいなんて言ってしまって……」

「いいのです、エリザベート。わたくしも次の子どもが欲しかったのは確かです。あなたの言葉がわたくしの背中を押してくれました。公爵領の医療がもっと発展すれば、わたくしはもう一人子どもを産めるかもしれない。その日を楽しみにしているのです」

「お母様……」


 あまりのことに泣き出してしまいそうになるわたくしをクリスタ嬢が抱き締めてくれる。

 死人草の採取は終わったので、クリスタ嬢が持っていた花束をお墓に供えて、お墓に話しかけていた。


「おかあさま、わたくし、ノメンゼンししゃくけでつらかったけれど、いまはおねえさまがいて、おばうえがいて、おじうえがいて、とてもしあわせなの。おかあさまともっとおはなししたかった。おかあさま、だいすきよ」


 返事はないのだが、クリスタ嬢なりにそれで納得ができたのだろう。馬車に乗り込むときにはクリスタ嬢の表情は明るかった。

 ノメンゼン子爵の領地に来たので、両親はノメンゼン家に仕える医者の元に出向いていた。豪華な公爵家の馬車が医者の診療所の前に停まって、診療所に来ているひとたちがざわめいているのが分かる。

 両親は優雅な仕草で馬車から降りて、わたくしもクリスタ嬢も両親について行く。


「わたくしはディッペル公爵の妻、テレーゼです。嘘を言えば罪に問います。本当のことを言うのならば、あなたはノメンゼン子爵に命じられてしたこととして許します」

「ノメンゼン子爵の前妻、マリア夫人の出産に立ち会ったのだな? マリア夫人は出産後、どのような容体だった?」


 両親に詰め寄られて医者がたじたじになっている。


「わたくしのせいではありません! 前ノメンゼン子爵夫人は、出産も無事に済んで、お元気でいられたのです。それなのに、わたくしが帰ってから、急に呼び戻されて、容体が急変したと聞かされ、ノメンゼン子爵家に行ったときには亡くなっていました」


 やはり、マリア叔母様はノメンゼン子爵に毒殺されたのだ。出産で亡くなったというのは嘘だった。出産後はお元気だったのに、ノメンゼン子爵と二人きりにした後で容体が急変して、医者が着いたときには亡くなっていたという。


「もう一つ、現ノメンゼン子爵夫人は早産だったのですか?」

「ローザ嬢は健康でとても早産だったようには見えないのだが」

「そうなのです。早産と言うように言われていましたが、とてもそうは思えずに……。わたくしの見立てでは、早産ではなく、月満ちて生まれたと思います」


 それならば、クリスタ嬢が生まれてから七か月でローザ嬢が生まれてくるのはあまりにも早すぎる。


「やはり、ノメンゼン子爵はマリアを毒殺していたのですね」

「早産ではなかったとすると、前ノメンゼン子爵夫人が亡くなる前から現ノメンゼン子爵夫人と関係があったことになる」

「子爵夫人と呼ぶのもおぞましいですわ。あの者はただの妾で、ノメンゼン子爵はあの者との間に子どもができたので、マリアが邪魔になって殺したのですわ!」


 信じられないことだがこれが真実のようだった。

 よく意味が分かっていないクリスタ嬢と違って、意味が分かってしまったわたくしは呆然と立ち尽くす。

 ノメンゼン子爵家はあまりにも根が深い問題を抱えていた。


「全てを公表しましょう」

「クリスタ嬢の誕生日の前に全てを済ませてしまおう」


 両親はそれから迅速に動き出した。


 数日後、ノメンゼン子爵とノメンゼン子爵夫人とローザ嬢は国王陛下の別荘で国王陛下の前に突き出されていた。屈強な騎士がノメンゼン子爵とノメンゼン子爵夫人とローザ嬢を引っ立てている。


「ノメンゼン子爵家の医者が証言した。前ノメンゼン子爵夫人のマリア夫人は産後問題なく元気だったということではないか」

「恐れながら国王陛下、その後に容体が急変して亡くなったのでございます」


 深く頭を下げながらノメンゼン子爵が言うが、国王陛下は軽く手を上げた。国王陛下付きの騎士が証拠の死人草を持ってくる。


「この草がマリア夫人の墓に生えていたと聞いている。この草は死人草といって、種を飲ませると酷い中毒症状を起こして、最悪死に至るというものらしいな。この種を飲んだものの墓からは死人草が生え、花が咲くそうだ」

「そんなもの私は知りません。医者が飲ませたのでしょう」

「医者はそんなことはしていないと証言している。それに、ノメンゼン子爵の娘のローザは、現ノメンゼン子爵夫人と再婚して生まれたとなっているが、結婚から七か月で生まれるのはおかしくはないか?」

「そ、早産だったのでございます。それは大変なお産で、ローザの命が助かったのは奇跡です」


 ノメンゼン子爵だけでなく、ノメンゼン子爵夫人も発言しているが、それを国王陛下は一蹴した。


「医者の証言だと、とても早産とは思えなかったとのこと。ノメンゼン子爵はマリア夫人と結婚していた時期からノメンゼン子爵夫人……いや、そう呼ぶのも汚らわしい、ただの妾と関係があって、マリア夫人が邪魔になって殺したのだな?」

「そんなことはしておりません! 医者が嘘を言っておるのです」

「わたくしは、何も知りません! 夫が勝手にやったことです!」

「何を言う!? お前が正式に結婚して子どもを産みたいと言ったから!」

「わたくしのせいにするのですか! ローザをただの妾腹の子にしてしまうおつもりだったのですか!」


 醜く言い争うノメンゼン子爵とその妾の姿は見ていられないものだった。

 国王陛下がため息をついて騎士に命じる。


「ノメンゼン子爵は捕らえて牢獄へ、妾と子どもは市井に放り出せ」


 これでノメンゼン子爵と妾とローザ嬢の沙汰が決まった。

 父が歩み出て国王陛下に申し上げる。


「ノメンゼン子爵家は、私の妻のテレーゼの生家、シュレーゼマン家の子どもを養子に立てて継がせてはいかがでしょうか。成人するまでは、シュレーゼマン子爵が後見人となります」

「ノメンゼン子爵家の跡継ぎはクリスタ嬢だったのではないのか?」

「クリスタ嬢は、六歳の誕生日に、公爵家の養子にしようと思っております」


 どうかお許しを。


 膝をついて深く頭を下げる父に、国王陛下が頷く。


「ノメンゼン子爵家はディッペル公爵家の遠縁。ディッペル公爵夫人の生家から養子を立てるのは順当だろう。クリスタ嬢も公爵家の養子になるのはめでたいことだ」

「ありがとうございます、国王陛下」

「バーデン家の件に関しては、もう少し待って欲しい。息子のハインリヒが暴走しておるが、しっかりと調べてからでないとバーデン家ももう一つの公爵家。何とも言えないからな」

「心得ました。知らせをお待ちしております」


 これで国王陛下との謁見は終わった。

 両親とクリスタ嬢と共に馬車に乗って、わたくしはお屋敷に帰る。

 クリスタ嬢のお誕生日も目前に迫っていた。

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