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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
最終章 わたくしの結婚一年目とクリスタの結婚
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19.辺境伯領の王家の別荘

 王家の辺境伯領の別荘に招かれて、わたくしとエクムント様は馬車に乗ってそこまで行った。

 同じ辺境伯領で距離は近かったが、王家の別荘は辺境伯家のように町中にあるのではなく、海に面した丘の上にあった。広い庭には海風を防ぐ防風林が植えてある。馬車で門の前まで行って、そこからはエクムント様のエスコートで歩いてお屋敷まで行く。

 エクムント様はわたくしのために日傘をさしかけてくれていた。

 本来ならば日傘はわたくしがさすべきなのだろうが、身長差があるのでわたくしがさすとエクムント様に日傘の角が刺さってしまいそうになるのだ。それはよくないので、エクムント様が持ってくださるというのに甘えている。

 日差しが強い辺境伯領では、日よけの上着を着ているが、油断をするとすぐに肌が焼けてしまうのだ。火傷のようになった肌はひたすら冷やすしかない。日焼け止めがあればいいのだが、そんなものはこの世界では開発されていない。


 先にわたくしの手を取って階段を上らせて玄関から中に入れてくれたエクムント様が、日傘を畳んでわたくしに手渡してお屋敷に入っていく。エスコートされてわたくしは歓迎するハインリヒ殿下の前に出た。


「ようこそいらっしゃいました、エリザベート夫人、エクムント殿」

「お招きいただきありがとうございます」

「こちらの別荘には始めて来ますが、海が見えてとても美しい場所ですね」

「私も整備をさせているときに見に来ましたが、とてもいい場所ですよ。お二人の部屋は海に面した場所にしておきました」


 幼少期と今年の夏に海に来た以外は、わたくしはこんなに海の近くまで来たことはほとんどない。執務で訪ねる軍の施設も海に近かった記憶はあるが、ベランダから眺めを楽しむような余裕はなかった。


 部屋に通されて荷物を片付けてベランダに出ると、目の前に海が広がっている。ベランダの柵から身を乗り出すようにして見詰めていると、エクムント様が後ろに来てわたくしのお腹の辺りに腕を回して抱き締める。


「落ちないようにしてくださいね、エリザベート」

「はい、気を付けます」

「ベランダでも日差しが強いので焼けないように気を付けてください」

「そうでした」


 ベランダにも長時間いられないくらいわたくしの肌は日差しに弱い。エクムント様は褐色の肌をしているので日に焼けることはほとんどないようだが、わたくしは白い肌なのですぐに日に焼けてしまう。日焼けも定着することなく火傷のようになって、その後でまた肌が白く戻るので、わたくしは辺境伯領の日差しに耐えられる体ではないのだろう。

 これだけは鍛えてもどうにもならないのでわたくしも諦めているが、少し悔しいのは仕方がない。


 ベランダから部屋に戻ると、ソファのローテーブルに水差しが置いてあった。水差しからグラスに水を注いで飲むと、レモンの爽やかな香りがする。


「レモン水ですね。エクムント様のお好きな」

「私がレモン水を頼んでいるところをハインリヒ殿下はご覧になっていたのでしょうか。ありがたい配慮です」


 エクムント様も水差しからグラスに水を注いで飲んでいる。乾いた喉にレモン水が心地よく通って行った。


 クリスタの来訪を告げる声がして、わたくしとエクムント様は部屋から出る。

 階段のところまで行って玄関ホールを見下ろすと、ハインリヒ殿下がクリスタの手を取って歓迎している。しばらくは二人きりになりたいのかもしれないと思ってエクムント様を見ると、エクムント様も頷いたので一度部屋に戻った。


 昼食は食べてから出てきたが、お茶の時間には一回のテラスでお茶をすることになった。テラスには日よけの屋根がついていて、テーブルセットも用意されている。


「今年は四人だけですが、来年はディッペル家とリリエンタール家が辺境伯領を訪ねるのに合わせるつもりです」

「わたくしもそのときにはご一緒できるのですね」

「そのつもりですよ、クリスタ嬢。それに、ユリアーナも辺境伯領に行きたいと父上と母上にお願いしていましたので」

「ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下は、ユリアーナ殿下がいなかったら、寂しがりはしないでしょうか?」

「寂しがるかもしれませんが、ディーデリヒとディートリンデを連れてくるわけにはいきませんからね」


 ハインリヒ殿下とクリスタの話を聞きながら思い出したのはフランツとマリアのことだった。わたくしとクリスタがお茶会に行くとお茶の時間の軽食やケーキを拒否して、お茶も飲まず、泣いて暴れてわたくしとクリスタが戻るまで言うことを聞かなかった時期があったのだ。

 あのころはヘルマンさんもレギーナも大変そうだった。


 それと同じことをディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下がしないとは限らない。


「フランツとマリアは大変だったのです」

「フランツ殿とマリア嬢が? お二人は大人しく小さなころから聡明だと感じていましたが」

「わたくしとクリスタがいないと乳母の言うことを全く聞かないで、食べない、飲まない、眠らない、だったのですよ」

「ディーデリヒとディートリンデがそんなことになったら、父上と母上が心配しますね。ですが、ディーデリヒとディートリンデには父上と母上が付いていますから平気でしょう」


 私とクリスタとフランツとマリアのように、普段からべったりとくっついているわけではないハインリヒ殿下とユリアーナ殿下とディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下ならば大丈夫なのかもしれない。ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下のことは国王陛下も王妃殿下も目に入れても痛くないような様子で可愛がっていた。

 ユリアーナ殿下も甘やかされていたと思っていたが、ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下はそれ以上になるのだろう。愛されて育った子どもは強いというが、ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下は逞しく育ちそうな気がする。


「エリザベート夫人は普段はスーツを着て執務に当たっているそうですね」

「そのお話、ハインリヒ殿下にまで広まっているのですね。カサンドラ様から着なくなったスーツを譲ってもらって、それを着させてもらっています。カサンドラ様はセンスもいいので、どのスーツもとても素敵なのです」


 カサンドラ様も男装をされて執務に当たっていたが、わたくしもそうしていることがどうやら広まっているようだ。どこを発信源にして広まっているのかと思ったら、クリスタが水色の目を煌めかせる。


「もしかして、ハインリヒ殿下も読まれたのですか?」

「クリスタ嬢もですか? 私はユリアーナが読んでほしいと貸してくれたので読みました」


 あ、これは何か分かるような気がする。

 クリスタもハインリヒ殿下も読んでいる物語。


「『男装の令嬢は辺境伯に溺愛される』、素晴らしい物語ですよね。お姉様の世話係の侍女だったマルレーンが書いているのです」

「男性しか家を継げない国という発想も新鮮ですし、その中で女性として生まれた主人公が男性として育てられたが、年の離れた弟の誕生により辺境伯に嫁がされるところから物語が始まるのですよね」

「辺境伯は士官学校に通っていた彼女の過去を否定せずに、軍人として共に働きつつ、愛を深めていくのです。最新刊では二人はお互いに愛し合っているのではないかと気付きかけていました」

「最初は政略結婚だったのが、愛が芽生えていくのですよね」


 熱く語っているクリスタとハインリヒ殿下の話題にわたくしはついて行けない。

 わたくしは『男装の令嬢は辺境伯に溺愛される』をきちんと読んでいないのだ。

 マルレーンの執筆活動は応援したいし、女性の作家がこの国でこれだけ活躍するのは初めてなので見守っていきたいとも思っている。

 けれど、物語の内容がどうしてもわたくしとエクムント様と重なってしまうのだ。

 前回も『公爵令嬢と辺境伯の婚約から始まる恋』というわたくしとエクムント様をモデルにしたとしか思えない物語を書いていたし、今回も主人公のお相手は辺境伯で表紙に書かれているのは褐色の肌のエクムント様に似た雰囲気の男性なのだ。

 さすがに今回はわたくしとそっくりにならないように、主人公は赤毛にしていたが、それでもどことなくわたくしと似ている気がするのは、ただの気のせいではないだろう。


「マルレーンの本はそんなに人気なのですか?」

「そうなのです。マルレーン……いいえ、マルレーン先生の筆はとても早くて、三か月に一度新刊が出ているのではないでしょうか」

「女性が好む物語と思って侮れないのです。軍の構造もよく勉強しているし、辺境伯領の描写がとてもリアルなのです」


 それはそうだろう。

 マルレーンはわたくしが小さなころから、わたくしについて辺境伯領に来ていたのだ。辺境伯領のことにも詳しくなるだろう。


「辺境伯領をモデルにされたら、読者が辺境伯領に興味を持ってくれるかもしれませんね」

「それは、そうですね」


 エクムント様は辺境伯領を訪れる観光客が増えることを考えているようだ。

 そうなればいいのだが、それまでにはわたくしも『男装の令嬢は辺境伯に溺愛される』をきちんと読むべきなのかもしれないと思っていた。


読んでいただきありがとうございました。

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