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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
最終章 わたくしの結婚一年目とクリスタの結婚
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18.東屋での二人きりのお茶会

 ディッペル家の一家とガブリエラ嬢を見送って、わたくしはほっと胸を撫で下ろしていた。

 辺境伯家に嫁いで初めての夏、わたくしは辺境伯家の女主人としてお客様を歓迎してお見送りまでできた。

 その期間、エクムント様との触れ合いが少なかったのは寂しかったが、客間を整えて、ガブリエラ嬢がレーニ嬢とクリスタの部屋に一緒に泊まりたいという急な願いも叶えて、厨房に声を掛けて料理も辺境伯領ならではのものを準備できて、ガブリエラ嬢にもリリエンタール家の一家にもディッペル家の一家にも満足して帰ってもらった。

 やり遂げたつもりでいるわたくしに、エクムント様も満足そうな顔をしていた。


 安堵と共にどっと疲れが出たわたくしに、エクムント様は申し出てくれた。


「天気もいいですね。今日は庭でお茶をしませんか?」

「よろしいのですか?」


 お茶の時間はお茶会のときには大広間で、それ以外のときは食堂でするのだが、国王陛下はサンルームでしていたし、学園に通っていたころもノエル殿下はサンルームを借りてお茶会を開いていた。

 庭でお茶をすることもあるのだとわたくしは驚いたが、侍女長が手配をしてくれて、庭の東屋でお茶をすることになった。


 わたくしもエクムント様もサンドイッチを少ししか食べないので、ケーキは並ばず、サンドイッチとスコーンとキッシュだけが用意されている。紅茶はミルクティーによく合う茶葉の細かなもので、今日は苺の香りの付いているフレーバーティーのようだった。

 見事な赤い水色(すいしょく)の紅茶にたっぷりと牛乳を入れて、飲む。東屋の屋根が日差しを遮ってくれて、気温は確かに高かったが、吹く風は涼しい。

 手を付けなかったサンドイッチやスコーンやキッシュは使用人たちにお下げ渡しになると分かっているので、わたくしは自分の食べる分だけをお皿に取って、食べ始めた。

 卵の入ったサンドイッチも、チーズときゅうりのサンドイッチも美味しい。

 キッシュも食べたかったのだが、それまで食べてしまうと体重が気になると思っていたら、エクムント様がキッシュを自分のお皿に取って、一口分フォークで切り分けてわたくしに差し出してきた。


 これは、あーんなのではないだろうか。


「え、エクムント様?」

「美味しいですよ。食べるか迷っていたのでしょう?」

「でも、お行儀が悪いです」


 食べさせてもらうなんて、恥ずかしいと頬を押さえるわたくしにエクムント様が囁く。


「今は二人きりですよ。誰も見ていません」

「で、でも……」

「頑張ったエリザベートを労いたいのです。食べてくれませんか?」


 フォークの上でキッシュが崩れて落ちそうになっている。

 わたくしは思い切ってぱくりとキッシュを食べた。卵にベーコンやキノコが入っていて、キッシュの生地はバターの香りがしてとても美味しい。


「ありがとうございます、エクムント様」

「たまにはいいでしょう」


 本当はエリザベートを膝の上に抱き締めてお茶をしたいのですがね。


 悪戯っぽくそんなことを言われて、わたくしは「それはお行儀が悪すぎます!」としか言えなかった。

 わたくしに恥じらいがなかったら、そんな甘い時間も持てたのかもしれないが、小さなころから行儀作法の教育をされているので、そこまで崩すことができない。わたくしが困っていると、エクムント様が苦笑する。


「無理やり膝の上に乗せたりしませんから、安心してください」

「エクムント様、ご期待に添えなくて申し訳ありません」

「私の方も無理を言いました。すみません」


 お互いに謝り合ってから、エクムント様がもう一度フォークでキッシュを一口切り分ける。


「もう一口、いかがですか?」

「そ、それは、甘えます」


 夫婦二人きりなのだし、これくらいはいいのではないかという気持ちが生まれてきていた。エクムント様に口に運んでもらうキッシュはとても美味しかった。

 残りのキッシュはエクムント様が食べてしまった。

 ちょうど半分ずつくらいで、キッシュを一緒に食べることができてわたくしは幸せな気分になっていた。妹のクリスタとですら半分こなんてしたことがなかった。そういうことはお行儀が悪いからしてはいけないのだと思っていたし、食べさせるなんて赤ちゃんでなければされることがない。

 二人きりだということに甘えていると、エクムント様がわたくしの手を取る。


「庭ですが、踊りませんか?」

「は、はい」


 手を引かれて広い芝生の上に移動すると、エクムント様がわたくしの腰を支えてくるくると回る。こんな踊り方も人目があったらできないことだった。

 エクムント様の腕の中に抱かれて、わたくしは息が切れるまで踊った。


「エリザベートは辺境伯家の女主人として今回のディッペル家とリリエンタール家とガブリエラの滞在を楽しいものにしてくれました」

「わたくしだけの力ではありませんわ。エクムント様も力を貸してくれました」

「エリザベートはやり遂げたと思いますよ。こんなに若いのに立派な女主人でした」


 手放しで褒められてわたくしは嬉しくなる。

 東屋に戻ってミルクティーを飲みながら息を整えているとエクムント様がわたくしの肩を抱いて額に口付けを落としてくれた。

 これも二人きりしかいないので許されること。

 もちろん、使用人や護衛はいるけれども、そういうひとたちは空気だと思うように小さいころから教えられている。


 お茶会を終えて部屋に戻ると、カサンドラ様が執務室を訪ねてきてくれていた。


「エリザベート、エクムント、ハインリヒ殿下から招待状が届いているよ」

「今年からは国王陛下の別荘ではないのですよね」


 成人したハインリヒ殿下は国王陛下と同じ時期に同じ場所で夏休みを過ごすことはできない。少し時期をずらして、違う場所で過ごすはずなのだが、そこがどこなのかわたくしたちはまだ知らされていなかった。


 招待状を開いて読むと、中に場所が書いてある。


「王家の別荘ですか」

「辺境伯領にある別荘にお招きいただいたようですね」


 王家には辺境伯領にも別荘があるようだ。

 長らく使っていなかったようだが、辺境伯領が落ち着いてきたということで、別荘を整えて使えるようにしたようだ。


 招待状に書かれていた。


「ハインリヒ殿下がクリスタ嬢と結婚しても、毎年辺境伯領の別荘で過ごすおつもりなのではないのかな」

「そうなのでしょうか」

「辺境伯領にいらっしゃるのならば、私たちも歓迎しなければいけませんね」


 ハインリヒ殿下とクリスタが結婚しても、王家の別荘が辺境伯領にあるのならば毎年夏休みはそこで過ごせるかもしれない。そうなれば、クリスタが結婚した後も辺境伯領で夏を一緒に過ごすことができるではないか。

 辺境伯領の別荘を選んだのはクリスタの願いがあってのことかもしれない。

 ディッペル家とリリエンタール家と時期を合わせたら、ハインリヒ殿下とクリスタも辺境伯領で一緒に過ごす時間が持てるかもしれないと思うと、わたくしも嬉しくなる。


「エクムント様、来年からもクリスタと辺境伯領で夏を過ごせるかもしれないのですね」

「今年、別荘で快適に過ごせたなら、そうなるかもしれませんね」

「そのためにわたくしは何ができるでしょう」


 ハインリヒ殿下とクリスタと来年からも過ごすためにできることを考えていると、エクムント様がわたくしの髪を撫でてくれる。


「エリザベートは辺境伯家で主賓として女主人を頑張りました。王家の辺境伯領の別荘では、招かれる方として楽しんでいいのではないでしょうか」

「エクムント様はそうおっしゃいますが、わたくしは何かできることをしたいのです」


 それならば、とエクムント様が言う。


「それならば、今年辺境伯家で振舞ったレシピと材料をお土産にするのはどうでしょう? 珍しい食べ物はハインリヒ殿下も喜ぶでしょう」

「それはいい考えですね」


 辺境伯領でしか手に入らないスパイスや醤油など、お土産に持って行ったら喜ばれるかもしれない。それに、ハインリヒ殿下にはまだカレーライスを振舞っていなかった。


 レシピと材料を揃えてお土産に持って行く。

 わたくしはエクムント様の言う通りにしようと思っていた。


読んでいただきありがとうございました。

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