21.両親の決意
お茶の準備がされて、わたくしとクリスタ嬢とハインリヒ殿下とノルベルト殿下と両親でお茶会が始まっても、ハインリヒ殿下はお茶には手を付けなかったし、ケーキや軽食にも手を付けなかった。
ずっと何か言いたそうな顔をしているハインリヒ殿下に両親が促す。
「ハインリヒ殿下は手紙を読んですぐにこちらにいらっしゃったのですか?」
「それだけ重要なこととお思いになったんですね」
「はい、わたしのせいでクリスタじょうがブリギッテじょうになにかいわれたのではないかとおもったのです」
正直なハインリヒ殿下だがこれで皇太子としてやっていけるのかというのは疑問が残る。まだ七歳なのだから仕方がないと言えば仕方がないのだが。
「ちちもははも、わたしにはこうゆうかんけいにきをつけるようにいっていました。わたしとこうゆうかんけいをもつと、ほかのきぞくにめをつけられることがあると」
「ハインリヒはクリスタ嬢がお気に入りで、クリスタ嬢の出るお茶会を聞いて出席したり、クリスタ嬢に髪飾りを渡したりしていました。そのことがバーデン公爵家の令嬢、ブリギッテ嬢には面白くなかったのではないかと思ったのです」
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下は手紙の内容を読んで話し合ってきたようだ。手紙の内容がきっちりと二人には伝わっている。
「その件なのですが、わたくし、疑問に思っていることがありまして。言ってもよろしいですか、ハインリヒ殿下、ノルベルト殿下?」
「おっしゃってください」
「僕たちにも教えてください」
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下の許可を得てわたくしは話しだす。
「ブリギッテ様はしきりにクリスタ嬢をバーデン家に招こうとしているのです。バーデン家でクリスタ嬢に何をするつもりなのか、わたくしは怖くてクリスタ嬢をバーデン家には行かせたくないのですが、バーデン家から直々に招待があればクリスタ嬢は断ることができません」
「そのときには私もついて行くよ」
「わたくしも参ります。わたくしたちはクリスタ嬢を引き取っていて、クリスタ嬢の保護者なのですから」
わたくしの両親が言葉を添えてくれるがそれに関してもハインリヒ殿下とノルベルト殿下は難しい表情をしていた。
「ノメンゼン子爵がバーデン家にクリスタ嬢の教育を頼んだという申し立てが父の元に来ました」
「クリスタじょうはエリザベートじょうととてもなかがいいですし、クリスタじょうとエリザベートじょうはおははうえどうしがしまいのいとこでしょう? ノメンゼンけはディッペルこうしゃくけのいちぞくにはいるのに、バーデンけにきょういくをたのむというのがおかしくて」
「もちろん、父はその申し立てを却下しましたが、バーデン公爵家がクリスタ嬢を狙っているのは間違いありません」
ノルベルト殿下とハインリヒ殿下の言葉にわたくしは最悪の想像をしてしまった。
ノメンゼン子爵まで関わっているとなると、クリスタ嬢がどうなってしまうのか本当に分からない。
ノメンゼン子爵は自分の娘であるクリスタ嬢をバーデン家にやってしまって、後妻の娘であるローザ嬢に子爵家を継がせようとしているのではないだろうか。そんなことは国王陛下がクリスタ嬢をノメンゼン家の後継者として正式に認めていて、文書も出しているので叶うはずがないのだが、それを覆せるとしたら、バーデン家の養子にクリスタ嬢がなることだった。
「バーデン家はクリスタ嬢を養子にして、ハインリヒ殿下との婚約の話を持ち掛けて、バーデン家が栄えるようにクリスタ嬢を道具にしようとしているのでは!?」
わたくしの言葉にクリスタ嬢がひしっとわたくしにしがみ付く。
「わたくし、バーデンけにいきたくない! おねえさまといっしょがいい!」
「クリスタ嬢、わたくしも、クリスタ嬢をバーデン家にやりたくありません」
元々クリスタ嬢はノメンゼン家で酷い扱いを受けていた。バーデン家に引き取られた後で正しい教育と健やかな成長を遂げるための環境が整えられるかは信用できない。
ディッペル公爵家ではわたくしも母もクリスタ嬢を立派な淑女に育てようとしている。国一番とまではいかないかもしれないが、クリスタ嬢はフェアレディになるのだ。
「ノメンゼン家からディッペル家がクリスタ嬢を引き取った理由については聞き及んでいます」
「ノメンゼンけは、クリスタじょうをぎゃくたいしていたのでしょう。それで、クリスタじょうのおばにあたるこうしゃくふじんがひきとったのは、じゅんとうといえます」
「バーデン家はノメンゼン家ともクリスタ嬢とも関わりのない家」
「ノメンゼンけがそこにクリスタじょうをあずけるといったのもなにかうらがありそうですし、バーデンけでクリスタじょうをいじめるつもりかもしれません」
それはぜったいにゆるせない。
ハインリヒ殿下の意見にわたくしも賛成だった。
「今のところ、ノメンゼン家がバーデン家に申し入れていることは、父のところで話が止まっています。父もノメンゼン家とバーデン家の申し立てを受け入れることはないでしょう」
「そのうえで、クリスタじょうをてにいれたいバーデンけのたくらみを、あばかなければいけません! クリスタじょうが、こんご、ブリギッテじょうにいやみをいわれることがないように!」
鼻息荒く意気込んでいるハインリヒ殿下をノルベルト殿下が肩に手を置いて宥めている。
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下が味方ならばわたくしも心強かった。
「わたしたちからちちにつたえます。バーデンけのことをさぐってくださるように。クリスタじょうはおまもりいたしますので、あんしんしてまっていてください」
「調べるのには時間がかかるかもしれませんが、バーデン家からディッペル家に手出しはさせませんので、安心してください」
「ブリギッテじょうも、クリスタじょうにちかづかないように、わたしができるだけおちゃかいではどうせきします」
「僕もハインリヒと一緒に同席します」
完全に協力体制のハインリヒ殿下とノルベルト殿下に、クリスタ嬢も安心したようだった。
「わたくし、おねえさまからひきはなされないのですね」
「バーデンけがなにをいってきても、こくおうへいかはそのもうしでをうけいれていないとこたえてください」
「おねえさま、よかった。ありがとうございます、ハインリヒでんか」
わたくしに抱き付きながらクリスタ嬢が胸を撫で下ろしている。クリスタ嬢の髪を撫でてわたくしはクリスタ嬢を守ろうとますます強く誓ったのだった。
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下が帰ってから両親がわたくしとクリスタ嬢を呼んで、ソファに座らせた。両親もわたくしとクリスタ嬢の向かいのソファに座っている。
「バーデン家が何を考えているのか分からないけれど、それは国王陛下に探っていただこう」
「クリスタ嬢はこのディッペル家を我が家と思って過ごしていいですからね」
「ありがとうございます、おじうえ、おばうえ」
「それにしても、ノメンゼン子爵は何を考えているのか。自分の娘なのに」
「え!? わたくし、ノメンゼンししゃくのむすめだったの!?」
クリスタ嬢の驚きに両親も何事かと目を丸くしている。
クリスタ嬢はディッペル家で過ごすうちに自分の父親を忘れてしまったのだろうか。忘れるならば忘れても構わないような父親だが、それでも、クリスタ嬢がノメンゼン子爵の娘だということを知らなかったのは驚きだった。
「おばさん……ローザのははおやがいっていたの。ノメンゼンししゃくのことは、『だんなさま』とよびなさいって」
「それは本当ですか、クリスタ嬢!?」
「そうよばないと、おうぎでぱちんっ! だったわ」
なんということでしょう。
ノメンゼン子爵の後妻のノメンゼン子爵夫人は、クリスタ嬢をメイドのように扱っていて、父親のことを「旦那様」と呼ぶように躾けていたのだ。
父親の方もそれに何も言わなかったとなると、酷い虐待だと言える。
「ノメンゼン子爵を『旦那様』と呼ぶ必要はありません。父親だと思う必要もありません!」
「エリザベート……」
「クリスタ嬢をこんなにも苦しめていたなんて許せない!」
憤るわたくしに両親が小さく呟く。
「本当にわたくしの妹は蔑ろにされていたのですね。亡くなって一年以内に後妻の子どもが産まれているからおかしいと思っていたのです」
「テレーゼの妹が生きていた時期から平民の妾を持っていたという噂は本当だったようだね。それにしても、こんな小さな子から父親を奪って、父親のことを『旦那様』と呼ばせるなんて……。それを許しているノメンゼン子爵も父親としての資格がない」
わたくしの両親もクリスタ嬢が置かれていた状況に憤っている。
ソファの隣りに座るクリスタ嬢を抱き締めて、わたくしは優しく髪を撫でた。怒りのあまりわたくしの方が泣きそうになっていた。
「クリスタ嬢、今、あなたを養子に迎えれば、後妻の思うつぼです。異母妹のローザ嬢がノメンゼン子爵家の後継者になりますからね」
「その問題を解決することができた暁には、クリスタ嬢を我が公爵家の養子に迎えたいと思っている」
「本当ですか、お父様、お母様?」
「ずっと話し合っていたのです。エリザベートとクリスタ嬢はとても仲がいいですし、姉妹のようだと思っていました」
「今回のノメンゼン子爵と子爵夫人の話を聞いて私は決めた。クリスタ嬢はノメンゼン子爵家と切り離してやりたい。何よりも、クリスタ嬢は愛するテレーゼの妹の娘だ。正式に引き取りたいと思っている」
これはわたくしの思惑通りに進んでいるのではないだろうか。
クリスタ嬢が公爵家の養子になれば、皇太子になるハインリヒ殿下と婚約することができる。物語では子爵家令嬢のままで婚約していたが、こちらの方が正しい流れになる。
未来が変わる予感にわたくしは期待を抱いていた。
読んでいただきありがとうございました。
面白いと思われたら、ブックマーク、評価、いいね!、感想等よろしくお願いします。
作者の励みになります。