17.クリスタのヴェールとリリエンタール家の帰還
海に行った翌日には、ガブリエラ嬢とリリエンタール家の一家とわたくしの両親とフランツとマリアは湖に行くことになっていた。
わたくしとエクムント様とクリスタは残って、ヴェールを見に行く。
馬車を見送ってから歩いてお店まで行く途中、クリスタは日傘をさしながら新鮮そうにあたりを見回していた。
「辺境伯領は歩いて移動しても安心なくらいに治安がいいのですね」
「この辺りは治安がよくなりましたね。下町はまだまだ治安がいいとは言えませんが」
「エクムント様が辺境伯になってから、独立派もいなくなり、オルヒデー帝国との融和派だけが残っていると聞いています。わたくしのような辺境伯領出身ではないと一目で分かるものがいても安全なのですね」
「エリザベートと去年ヴェールを見に来たときには酔った軍人がエリザベートに絡んでいましたが、そういうことももうないように軍で教育をしました」
そういえば去年はわたくしはヴェールを見た後に先に店を出て見知らぬ軍人に絡まれたのだ。あのときエクムント様は毅然とした態度で酔った軍人を尋問していたが、今のわたくしは軍の副司令官なのだ、同じことができるだろうか。
考えながら歩いているうちにヴェールのお店に着いた。
わたくしたちがお店の中に入ると、店主はすぐに対応してくれた。
「辺境伯様、辺境伯夫人、ようこそいらっしゃいました。ご注文のヴェールですが、刺繍の途中です。見て行かれますか?」
「私の義妹のクリスタ嬢が来ているのです。見せてもらっていいですか?」
「はい、すぐに準備いたします」
奥の部屋に通されて、ソファに座りながら待っていると、店主が箱に入った畳まれたヴェールを持ってくる。クリスタが手を伸ばしてヴェールを広げて見ていた。
「金糸で刺繍を施してくださっているのですね。あら? この生地、お姉様と同じものではないですか?」
「そうなのです。せっかくだから姉妹で同じものを使おうと思って注文しました」
「お姉様とお揃いなんて嬉しいです。出来上がりが楽しみです」
透けるヴェールの生地を優しく手で撫でて、クリスタはうっとりとしていた。
昼には湖に行っていた一行も帰ってきて、賑やかに食堂で昼食を取った。
昼食はクリームコロッケと肉じゃがだった。肉じゃがは厨房にお願いして、魚の出汁に近いものを取ってもらって、再現してもらったのだが、味はどうだろう。恐る恐る食べてみると、前世で食べた肉じゃがとは違う気がするが、これはこれで美味しいものになっていた。
クリームコロッケは解された蟹が入っている。とろりとしたクリームに蟹のうまみが染み出てとても美味しい。
「昨日の昼食とは違いますが、これも初めて食べました」
「エリザベートお姉様が文献で発見した料理なのですか?」
「王宮の書庫にある本を読んでいたら、こういう料理が出てきたのです。肉じゃがは前にもディッペル家で挑戦しましたが、あのときにはお醤油がなかったので、完璧に再現できなかったのです」
「不思議な味だけど美味しいです」
「エリザベートお姉様は色んな料理に挑戦なさるのですね」
フランツとマリアはにこにこしながら食べているが、デニス殿とゲオルグ殿は無言で一生懸命食べていた。
食べ終わるとお皿をじっと見ている。
やはりお代わりが欲しいのだろうか。
「デニス殿、ゲオルグ殿、どうしましたか?」
「この丸くて揚げたもの……」
「クリームコロッケですか?」
「もう一個食べたかったです」
「私ももう一個食べたいです!」
やはりお代わりが必要だったようだ。
昨日カレーを多めに作ってもらっていたが、今日もこういうことになるのではないかと、クリームコロッケも肉じゃがも多めに作ってもらっていた。
「エクムント叔父様、わたくしは肉じゃががもう少し食べたいです」
「育ち盛りの子どもたちがたくさん食べるのはいいことだと思います。お代わりを持ってこさせましょう」
「そしたら、私も」
「わたくしも」
言い出せなかったのかフランツとマリアも手を上げている。
お代わりが運んでこられて、それぞれにサーブされると、再び楽しい昼食が始まった。
お代わりまで食べるとガブリエラ嬢もフランツもマリアもデニス殿もゲオルグ殿も満足した様子だった。
「とても美味しかったです」
「お父様、お母様、リリエンタール家でもこのお料理ができませんか?」
「エリザベート夫人にレシピを聞いておきましょう」
「カレーライスも食べたいです」
「辺境伯家から各種スパイスと醤油を売ってもらわなければいけませんね」
辺境伯家が交易で手に入れているスパイスや醤油がリリエンタール家にも売れるようになりそうだ。リリエンタール家でカレーライスや肉じゃがやクリームコロッケが流行るようになれば、オルヒデー帝国中から辺境伯家に注文が入るのではないだろうか。
辺境伯家がまた栄える気配にわたくしは微笑みを浮かべていた。
お醤油と言えばわたくしは作りたい料理があった。
醤油味の唐揚げだ。
鶏肉は手に入るし、その他の調味料も手に入るので、塩味の唐揚げはこれまででも作れたのだが、醤油味の唐揚げは醤油が手に入るまで作れなかった。
厨房に声を掛けて唐揚げの作り方を伝えるわたくしは生き生きしていたに違いない。
夕食は醤油味の唐揚げとサラダとスープだった。
お代わりが欲しい年齢のガブリエラ嬢やフランツやマリアやデニス殿やゲオルグ殿のために、テーブルの中央の大皿に山盛りの唐揚げを用意してもらった。そこから自由に取っていいとなるとガブリエラ嬢やフランツやマリアやデニス殿やゲオルグ殿の目が輝く。
山盛りの唐揚げもそれぞれが取り分けていたらあっという間に山がなくなってしまった。
翌日はリリエンタール家の一家が帰る日だった。
フランツがレーニ嬢の手を握って別れを惜しんでいる。
「フランツ殿、わたくしも国王陛下と王妃殿下に別荘に招かれています。そこでお会いできますよ」
「レーニ嬢、お気を付けてお帰りください」
「フランツ殿と過ごせて楽しかったですわ」
手を握り合って言っているレーニ嬢とフランツに、デニス殿とゲオルグ殿がそわそわしている。デニス殿とゲオルグ殿の前にはガブリエラ嬢が立った。
「王宮での雪合戦、わたくしはもう学園に通う年齢なので参加できませんが、弟と妹が参加したがるかもしれません」
「弟君と妹君!」
「男女一人ずつ! これならばチームの人数は変わりません!」
すっかりとデニス殿とゲオルグ殿はガブリエラ嬢に懐いてしまったようだった。
リリエンタール家の一家をお見送りすると、エクムント様がガブリエラ嬢に問いかける。
「明日はディッペル家の方々とシュタール家のお茶会に呼ばれているのだが、ガブリエラも一緒に来るかな?」
「ご一緒させてほしいです。シュタール家は、エクムント叔父様にとって大事な家だと聞いています。わたくしもご挨拶をしたいです」
「それでは、シュタール家にそのように伝えておこう」
明日のシュタール家でのお茶会はガブリエラ嬢も一緒に行くことになった。
翌日のシュタール家でのお茶会で、ガブリエラ嬢はオリヴァー殿とナターリエ嬢に挨拶をしていた。
「エクムント叔父様の姪のガブリエラ・キルヒマンです」
「ナターリエ・シュタールです。中央の方なのに、わたくしと同じ肌の色ですね」
「わたくしの祖母が辺境伯領の出身でしたので」
「オリヴァー・シュタールです。今日はようこそシュタール家にいらっしゃいました」
挨拶を終えたガブリエラ嬢はナターリエ嬢にお茶に誘われていた。マリアはオリヴァー殿をお茶に誘って一緒にケーキや軽食を取り分けている。
「お姉様、一口サイズのシュークリームがケーキのように積みあがっていますわ」
「美味しそうですね、クリスタ。いただいたらどうですか?」
「はい、いただきます!」
ディッペル家の滞在期間も残り四日。
ガブリエラ嬢も同じ期間滞在する。
その間、わたくしは辺境伯家の女主人としてしっかりと辺境伯家を取り仕切ったのだった。
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