16.ガブリエラ嬢と海
夕飯は食堂でわたくしとエクムント様、カサンドラ様、ガブリエラ嬢、ディッペル家の一家、リリエンタール家の一家で一緒に食べた。夕食のときにガブリエラ嬢が提案していた。
「海に皆様とご一緒しようかと思っているのです」
「お父様、お母様、私、水着を持っていません」
「私も水着が欲しいです」
すぐに反応するデニス殿とゲオルグ殿に、リリエンタール公爵夫妻が顔を見合わせている。
「すぐに水着が手に入る場所があるでしょうか」
「エクムント殿はご存じですか?」
「水着の売っている店がありますよ。そこでサンダルも買われるといいと思います」
「お父様、お母様、サンダルって何ですか?」
「サンダルって強いですか?」
「サンダルは足を最低限守る靴で、素足で履くものだよ」
サンダルも未経験のデニス殿とゲオルグ殿にお二人のお父様が教えて差し上げている。
わたくしやクリスタやレーニ嬢はもう泳ぐ年齢ではないので、フランツとマリアとデニス殿とゲオルグ殿が明日水着とサンダルを買うことにして、その日は夕食を終えて休んだ。
エクムント様の腕に抱かれて眠っていると心が安らぐ。何も怖いことはないのだと落ち着いて眠れる。
翌朝は早くに起きられたので洗面と仕度を終えて着替えて部屋を出ようとすると、エクムント様に手を取られた。
「エリザベート、おはようございます」
「はい、おはようございます」
何かと思ったら挨拶だった。と思っているとエクムント様に唇と頬に口付けされる。
これはおはようのキスではないだろうか。
エクムント様はわたくしが歯を磨いてからしかキスをしたがらないので、きっちりとそれを守ってくださっている。
口付けで赤くなった頬を隠しながら庭に出ると、元気いっぱいガブリエラ嬢とデニス殿とゲオルグ殿が走り回っていた。
「虫を捕まえるときには、静かに近付いて、最後は一気に距離を詰めて捕まえるのです」
「すごい! お兄様、ガブリエラ嬢が蝶々を捕まえました!」
「わたくし、蝉も捕まえられます!」
「蝉まで! 木に登るのは難しくないですか?」
「靴を脱いで、靴下も脱いでしまうのです」
ワイルドなガブリエラ嬢にエクムント様が何とも言えない表情で額に手をやっている。
「ガブリエラ、スカートの中が見えてしまうから、木登りはやめておきなさい」
「わたくし、蝉を捕まえたかったのです」
「靴と靴下は脱がないように。ガブリエラは元気がよすぎますね。デニス殿、ゲオルグ殿、靴と靴下を脱ぐのは忘れてください」
「いいことを聞いたのに」
「残念です」
わたくしが十三歳のころはもう少し落ち着いていた気がするのだが、ガブリエラ嬢はとても元気がいい。フランツとマリアは見ているだけでついていけていない様子だ。
デニス殿とゲオルグ殿はガブリエラ嬢が捕まえたアゲハチョウを見せてもらって、一緒に逃がしていた。
朝食の後は馬車で辺境伯領の町中にある水着を売っているお店に行く。
デニス殿とゲオルグ殿はお父様とご一緒に試着をして水着を買っていた。フランツとマリアも水着を買ってもらっていた。ガブリエラ嬢のサイズの水着もちゃんと売っていた。
デニス殿とゲオルグ殿とフランツの水着はハーフパンツタイプで、マリアの水着はワンピースタイプで腰から下にひらひらと布が付いている。
近くにサンダルのお店もあって、それぞれ足に合うサンダルを買っていた。
わたくしたちもサンダルを買って準備をする。
海の近くのコテージを借りて着替えを行った。
わたくしとエクムント様とクリスタとレーニ嬢、それにそれぞれの両親はサンダルに履き替えただけで、水着には着替えていない。
ガブリエラ嬢とデニス殿とゲオルグ殿とフランツとマリアが水着に着替えていた。
「海の水は真水と違って浮力があります」
「ふりょく!」
「ふりょくってなんですか? 強いですか?」
「海の水は塩分が混じっている分、真水よりもものを浮かせやすいのです」
砂浜でサンダルを脱いで、軽く体操をして海の中に入っていくガブリエラ嬢に、水着に着替えた護衛の騎士もついて行く。デニス殿とゲオルグ殿は寄せては返す波に足を付けてきゃーきゃーと楽しんでいるようだった。
「人間は肺に空気があれば浮きます。最初に浮いてみて、それから泳げるようになったらいいと思います」
「海って全然冷たくないんですね」
「足の指の間を砂が流れてくすぐったいです」
フランツとマリアもガブリエラ嬢について海に入っている。
深いところには入らないように護衛の騎士も見守っているので、わたくしたちは砂浜からガブリエラ嬢がフランツとマリアとデニス殿とゲオルグ殿に泳ぎを教えるのを見ていた。
しばらく泳いでいると、日に焼けるのでガブリエラ嬢とフランツとマリアとデニス殿とゲオルグ殿は海から上がってコテージでシャワーを浴びて着替えた。
海からの帰り、デニス殿もゲオルグ殿もフランツもマリアも鼻の頭が赤く焼けていたが、とても楽しそうだった。
昼食は辺境伯家に戻って取った。
昼食にはわたくしの指示のもと、厨房でカレーライスが作られた。
辺境伯家とディッペル家とリリエンタール家だけの集まりなので、新しいものを出しても構わないだろうとエクムント様も許可してくださったのだ。
辺境伯領の交易で手に入れたスパイスで作ったカレーを、炊いたお米にかけて食べる。
スパイシーな香りにレーニ嬢もデニス殿もゲオルグ殿も、ガブリエラ嬢も興味津々だった。
「ビーフシチューと似ています」
「でも、違う匂いがします」
「ぴりっと辛いけど美味しいです」
「初めて食べました」
それぞれに感想を言うレーニ嬢とデニス殿とゲオルグ殿とガブリエラ嬢に、フランツとマリアが誇らしげな顔になっている。
「異国の料理をエリザベートお姉様が再現したのです」
「エクムントお義兄様が香辛料を手に入れてくださったのです」
「エクムント義兄上はショーユという豆のソースも手に入れたのだそうです」
「豆のソースで何ができるか、楽しみです」
これだけ言われると醤油も何かに使わなければいけない気になってくる。
エクムント様の顔を見ると、カレーライスを食べて美味しそうにしている。
醤油と言えばどんな料理がいいだろう。
お刺身は魚を生で食べられるか分からないので無理だが、肉じゃがをリベンジしようか。
考えていると、デニス殿とゲオルグ殿が食べ終わったお皿をじっと見ていた。ガブリエラ嬢も何か言いたそうにお皿を見ている。
「ガブリエラ、お代わりをしたいのかな?」
「いいのですか、エクムント叔父様?」
「厨房で多めに作ってもらったので、お代わりの分までたっぷりあるよ。デニス殿もゲオルグ殿も、今日は海でたくさん遊びましたからね。もう少し食べますか?」
「いいのですか?」
「欲しいです」
素直に欲しいと言っているデニス殿とゲオルグ殿にエクムント様が給仕を呼んでもう少しお代わりをと告げている。
それを見ていたフランツとマリアがおずおずと口を開いた。
「私も、もう少し食べたいです」
「わたくしも」
「フランツ殿とマリア嬢にもお代わりを」
海で遊ぶとお腹が減るものだ。
たくさん遊んだガブリエラ嬢とデニス殿とゲオルグ殿とフランツとマリアは足りなかったのだろう。お代わりをしてたくさん食べていた。
食べ終わったら、珍しくフランツもマリアも疲れて眠ってしまって、デニス殿もゲオルグ殿も疲れて眠ってしまったようだった。
「お日様の光を浴びているだけで体力を消耗しますからね」
「今日はガブリエラ嬢に遊んでもらってデニスもゲオルグもとても嬉しそうでした。ありがとうございます」
「わたくし、年の近い弟がおりますので、弟と遊んだ時のことを思い出していました」
「これからも仲良くしてくださると嬉しいですわ」
「キルヒマン家はディッペル公爵夫人が養子に行って、ディッペル公爵と結婚した家。ディッペル家と関わりが深いと聞いています。これからよろしくお願いします」
リリエンタール公爵夫妻にお礼を言われてガブリエラ嬢は嬉しそうに微笑んでいた。
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