15.ディッペル家とリリエンタール家の到着
ディッペル家の一家とリリエンタール家の一家が来たのは、ガブリエラ嬢が来た翌日だった。
朝食の時間からガブリエラ嬢はそわそわしていた。
「エリザベート叔母様、わたくしのワンピース、似合っていますか?」
「とてもよく似合っていますよ」
「髪型は変ではないですか? 学園に入学してから、自分で結うようにしているのですが」
「とても可愛いですよ」
自分の格好を気にしている様子がとても可愛らしい。
ガブリエラ嬢はエクムント様と髪質が似ていて、緩やかに波打つ長い黒髪をしていた。肌も褐色でお揃い。辺境伯領の血が入ると褐色の肌の子どもが生まれるのかと考えてしまった。
「エリザベートばかりに聞いて、私には聞かないのかな?」
「エリザベート叔母様は流行の最先端なのです! エクムント叔父様に乙女の心の機微が分かるとは思いません」
「それは酷いな。エリザベートの夫は私だよ?」
「それは事実ですが、エクムント叔父様にファッションセンスは求めていません」
実の姪だけあって、ガブリエラ嬢はエクムント様に辛辣だった。
わたくしでもこのようなことは言えない。
わたくしが驚いていると、エクムント様が笑う。
「気にしていないので、大丈夫ですよ、エリザベート」
「実の叔父と姪とはこのような感じなのですね」
「小さいころから女の子は口が立つから困りものですよ。エリザベートは小さいころから淑女でしたね」
「それはお母様の……母の教育があったからです」
わたくしは幼いころから母に厳しく淑女教育をされてきた。国一番のフェアレディと呼ばれた母は、ディッペル家の後継者だったわたくしを一人前の淑女に育て上げることに魂を注いでいたのだ。
クリスタが妹になって、フランツとマリアが生まれて、母も変わった気がするが、それでもフランツもマリアも幼いころからお茶会に参加しても大人しかったので、やはり教育は行き届いているのだろう。
ディッペル家の馬車が到着すると、ガブリエラ嬢はわたくしとエクムント様と一緒にお出迎えをする。
「お父様、お母様、クリスタ、フランツ、マリア、ようこそ辺境伯家へ」
「ディッペル公爵夫妻、クリスタ嬢、フランツ殿、マリア嬢、よくいらっしゃいました」
「今年もお世話になります」
「エクムント義兄上、よろしくおねがいします」
「エクムントお義兄様、エリザベートお姉様、よろしくお願いします」
挨拶をするわたくしとエクムント様と両親とフランツとマリアの後ろで、クリスタが黙っているのが気になった。
わたくしがクリスタの前に立つと、クリスタがわたくしの手を握る。
「お姉様……お姉様をお姉様と呼べるのは、今年までなのかと思うと、胸がいっぱいになっていました」
クリスタは小さいころからわたくしのことを「お姉様」と呼んでくれていたが、皇太子妃になればわたくしのことは公の場では「辺境伯夫人」か「エリザベート夫人」と呼ばなくてはいけなくなる。わたくしもクリスタのことは公の場では「クリスタ殿下」と呼ばなくてはいけなくなる。
「公の場だけですよ。私的な場では今まで通り『お姉様』と『クリスタ』で国王陛下も王妃殿下もハインリヒ殿下も許してくださると思います」
「そうだといいのですが。わたくし、お姉様をお姉様と呼べなくなるのはとても悲しいです」
「今からそんなことを考えていてどうするのです。まだクリスタが結婚するまで半年以上あるのですよ」
慰めるように言うとクリスタはやっと笑顔を見せていた。
「クリスタ様、学園ではお世話になっております。今年は夏休みもご一緒できてとても嬉しいです」
「ガブリエラ嬢、もう来られていたのですね。お姉様、わたくしお姉様が寮を出た後にどなたと同室になるか分からなくてドキドキしていたら、ガブリエラ嬢と同室になったのですよ」
「仲良くしているようですね」
「はい。ガブリエラ嬢のことは小さなころから知っていますし、成績も優秀で、物覚えもよくて、一緒にいて楽しいのです」
ガブリエラ嬢からもクリスタと同室になったことは聞いていたが、クリスタからも報告を受けてわたくしは頷く。
「エリザベート叔母様にクリスタ様とレーニ様と同室にしてくださいとお話ししてみたら、快く了承してくださいました」
「それでは、辺境伯家でも同室ですね。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ガブリエラ嬢とクリスタが話しているとリリエンタール家の馬車が門の前に着いた。
リリエンタール公爵夫妻とデニス殿とゲオルグ殿とレーニ嬢が降りてくる。
「ディッペル家の方々も今着かれたのですか?」
「レーニがフランツ殿と会うのを楽しみにしていたのですよ」
「お父様ったら、恥ずかしいですわ。お招きいただきありがとうございます、エクムント様、エリザベート夫人」
「ようこそお越しくださいました」
「楽しんでいってくださいね」
リリエンタール公爵夫妻とレーニ嬢にご挨拶すると、デニス殿とゲオルグ殿が目を輝かせてガブリエラ嬢に駆け寄っている。
「デニス・リリエンタールです。何度かお茶会でお会いしていますよね?」
「ゲオルグ・リリエンタールです。雪合戦は得意ですか?」
「わたくしはガブリエラ・キルヒマンです。お茶会ではお会いしていますね。雪合戦? 雪合戦はしたことがありません」
「国王陛下の生誕の式典で王宮に泊まるときには、早朝にユリアーナ殿下とフランツ殿とマリア嬢とナターリエ嬢とゲオルグと一緒に雪合戦をするのです」
「ガブリエラ嬢も雪合戦に参加したら楽しいと思います」
早速雪合戦に誘われていて、ガブリエラ嬢はどう答えればいいのか分からずに、エクムント様に目で助けを求めている。
「ガブリエラは学園に通う年齢になったので、子ども組に入るのはちょっと憚られますね」
「雪合戦、ダメですか?」
「人数が増えたらもっと楽しいと思うのです」
「それに、今の人数で三対三でちょうどいいでしょう? ガブリエラが入ると、人数が多くなってしまいます」
「そうですか……」
「残念です」
新しい遊び相手を見つけたと思ったのにダメだったデニス殿とゲオルグ殿は肩を落としている。
「わたくし、虫を捕まえるのも、木登りも得意です」
「え!? 虫を捕まえられるんですか?」
「木に登っていいのですか!?」
「木登りはエクムント叔父様の許可を得なければいけませんが、虫は捕まえられますよ。ケヴィンとフリーダにたくさん捕まえてあげました。辺境伯家のお庭をお散歩するときに虫取りと木登りを教えるのではいけないでしょうか?」
「すごく嬉しいです!」
「教えてください!」
雪合戦は無理だったが、ガブリエラ嬢は虫取りや木登りが得意だった。そういえば、ガブリエラ嬢は小さいころにキルヒマン侯爵領の田舎の方に住んでいたのではなかっただろうか。お母様が出産続きで体力を失っていて、キルヒマン侯爵領の田舎の方で療養していたという話を聞いたことがあった。
それで虫取りや木登りが上手になったのだろう。
「泳ぎはしばらくしていませんが、それもできると思います」
「泳げるのですか!?」
「すごいです!」
虫取りに木登りに泳ぎと、ガブリエラ嬢はデニス殿とゲオルグ殿の心を掴んでしまった。
「エクムント叔父様、海に行ってもいいですか?」
「水着を用意させないといけないね」
「ありがとうございます」
わたくしも小さいころに海に行ったことがあるが、海に行くのはそれ以来かもしれない。
今年の夏は色々なことをするようになりそうだ。
リリエンタール公爵夫妻とデニス殿とゲオルグ殿をリリエンタール家のお部屋に案内して、ディッペル家の両親とフランツとマリアをディッペル家のお部屋に案内している間に、ガブリエラ嬢がクリスタとレーニ嬢を部屋に案内していた。
クリスタがあの部屋で過ごすのも今年が最後になる。
クリスタにはできるだけいい思い出を作ってほしい。
姉として、辺境伯家の女主人として、わたくしはクリスタに最高の夏をプレゼントすることを考えていた。
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