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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
最終章 わたくしの結婚一年目とクリスタの結婚
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11.ヴェールの注文と専門学校

 皇太子陛下であるハインリヒ殿下のお誕生日の式典が終わると、わたくしとエクムント様は領地である辺境伯領に帰る。

 辺境伯領ではわたくしたちはしなければいけないことがあった。

 まず第一に、クリスタのヴェールを注文すること。


 クリスタのヴェールはわたくしのヴェールを探しに行った店に注文しに行った。

 辺境伯領でも一番の店らしいのだ。

 辺境伯家とは比べ物にならないが、大きな店に入ると店主がすぐに出てきてくれる。

 エクムント様もわたくしも辺境伯領では顔を知られているし、この店には前にも来たことがあった。


「いらっしゃいませ、辺境伯ご夫妻」

「皇太子妃になる義妹のヴェールを注文したいのだ。金髪と金色のティアラに合うように金糸で刺繍を施してほしい」

「金糸だけでよろしいですか? 辺境伯夫人のヴェールは薔薇の花で飾られてとても美しかったと聞きます」


 この店で手に入れたヴェールにわたくしはディッペル家で手を加えていた。結果、ドレスとお揃いの薔薇の花びらの刺繍されたヴェールになったのだが、それはヴェールを手渡した後でクリスタがドレスに合わせてアレンジを加えそうな気がする。


「金糸だけでお願いします」


 わたくしが言えば、店主は何種類ものヴェールを見せてきた。わたくしが選んでいると、エクムント様が一枚を指差してわたくしに示す。


「これはエリザベート嬢が結婚式で使ったものと同じではないですか?」

「確かにそうですね」

「仲のいい姉妹が同じヴェールの生地に違う刺繍を施して結婚式を挙げるのはよいのではないでしょうか」


 わたくしとエクムント様からのプレゼントなのだし、わたくしと同じ生地で刺繍だけ別のものにするのも悪くないかもしれない。


「いいと思います。これでお願いします」


 その後は刺繍のデザインを選んで、わたくしとエクムント様はその店を後にした。

 店は辺境伯家から近いので、エクムント様にエスコートされてわたくしは一緒に道を歩いて帰る。日傘はエクムント様が持ってわたくしに差し掛けてくれていた。


「辺境伯領はもう夏の気配がしますね」

「真夏はまだまだ暑くなりますよ」

「それは夏休みに泊まりに来ていたので経験済みです」


 わたくしがエクムント様に言うと、エクムント様がわたくしを連れて露店の前で足を止めた。こんなところに来るのは初めてなのでわたくしはエクムント様の肘をぎゅっと握ってしまう。


「レモン水を二杯頼む」

「はい、二杯ですね」


 注文をされた露店のものは、素焼きの壺のようなものからレモン水を柄杓で掬って、カップに入れてわたくしとエクムント様に手渡した。財布から小銭を出してエクムント様は支払っている。


「素焼きの壺を使っていると、表面に水滴が滲み出て、常に気化しているので中身が冷たいのですよ」

「あ、本当です。冷たくて美味しい」


 促されてカップの中身を一口飲めば冷たさとレモンの爽やかな香りが口の中に広がる。

 氷が買えない平民もこうやって涼を取っているのかとわたくしは学んだ。


「エリザベートが暑そうだったので、水分補給をしておこうと思いまして」

「ありがとうございます」


 飲み終わるとカップは露店に返すシステムのようだったので「ごちそうさまでした」と声を掛けると、露店のものはわたくしをぼーっと見ていたが、慌てて「ありがとうございました」と頭を下げた。


 こんな風に町で露店で買い物をするだなんて初めての経験だ。

 レモン水は冷たくて美味しかったし、エクムント様は優しいし、わたくしは満足して辺境伯家に戻った。


 辺境伯家に戻ると、エクムント様と話し合わなければいけないことがたくさんある。

 辺境伯領に作る専門学校のことで決めなければいけないことが幾つかあった。


「専門学校の建設予定地から探していかなければいけませんね」

「今あるフィンガーブレスレットの工房や、ネイルアートの技術者を育てる工房は、すぐに用意されましたが、どうしたのですか?」

「あれは元々職人が離れて使わなくなっていた工場を改装して使ったのです」

「何の工場だったのですか?」

「軍事産業です。鎧を組み立てたり、剣を研いだりする工房でした」


 戦争がここ百年ほどは起きていないので鎧や剣を作る工場は少しずつ廃れていったようだが、建物は残っていた。その建物をエクムント様は改装して工房にしたのだ。


「それで、フィンガーブレスレットの工房と、ネイルアートの技術者を育てる工房は近くにあったのですね」

「あの地域が工場地帯でしたからね」

「それでは、他にも空いている工場や土地があるのではないですか?」


 ここ百年ほどで剣は銃に変わって、騎士や護衛や軍で使っている剣は儀式的なものになっている。銃の工場は残っているようだが、他にも剣や鎧を作っていた場所が空いているのではないだろうかとわたくしは考えていた。


「確かに、あの辺りは空き地が多い」

「思い切って、専門学校をその地域に密集させるのはどうですか? 専門学校を卒業した者が工房に入りやすくなるし、ネイルアートの工房は拡張すればそのまま専門学校として使えそうです」


 密集させた中にデザイン科のある専門学校も作って、様々なデザインを実地で体験しつつ学んで、新しいデザインを生み出せるようにすればいい。

 わたくしの提案にエクムント様は快く頷いてくれた。


「エリザベートの言う通りにしましょう。軍事産業で栄えていたが、今は廃れているあの地域を専門学校街に変えてしまいましょう」


 専門学校で一つの町ができるだなんて、それはとても素晴らしい。

 人材を育てることこそが国を育てることに繋がるというのがわたくしの信念だが、違う分野の専門学校とも交流を持って、お互いに刺激し合い、よりよいものを作り上げる専門学校街ができれば何よりだ。


「そのためには寮の整備をしなければいけませんね」

「寮は大事ですね。成績優秀者には授業料も寮の料金も無料にすると言えば生徒も集まってくるでしょう」

「成績優秀者でなくても、食事は無償にしてくださいね」

「食事が食べられるとなると、入学希望者も増えるでしょう」


 最初は辺境伯領の出費が多くなってしまうが、技術者となった生徒たちが働きだせばすぐにそれくらいの出費は取り戻せるようになるだろう。

 それ以上の収入を辺境伯領にもたらしてくれるかもしれない。


 専門学校街を作ることにわたくしは信念を燃やしていた。


 執務が終わるとわたくしとエクムント様は順番にお風呂に入って、寝室に行く。

 寝室では窓は開けられていたが、昼間の暑さの名残で少し蒸し暑かった。


 肌触りのいいシルクのパジャマはさらさらとして風を受けると涼しくて心地よい。


「エクムント様」

「エクムントと呼んでください」

「エクムント……」


 頬に手を添えられて口付けられて、わたくしは目を伏せる。

 口付けは一度だけではなくて、何度も角度を変えてわたくしの唇に降ってくる。


 エクムント様の腕に深く抱き締められて、わたくしは目を閉じた。


 甘い夜を過ごした翌日は、どうしても早朝に起きられない。

 ベッドまで朝食を持ってきてくれる給仕をエクムント様が寝室の入り口で受け取って、さっさと追い払ってしまう。

 二人きりの時間が続くのは嬉しいが、エクムント様に見とれてわたくしはパンのかけらをベッドに落としてしまいそうだった。


「今日もお散歩にいけませんでした」

「わたしはエリザベートの寝顔を堪能できたのでよかったですが」

「エクムント様!? そんな、み、見ないでください! 恥ずかしいです」


 慌てるわたくしにエクムント様がわたくしの髪を撫でて額に口付けをしてくれた。


「エリザベートが私の腕の中で安心して眠っていると思うと、私の胸は幸せに満ちるのです。この幸せを守るためならば、私は何でもできそうです」

「わたくしも、エクムント様に愛されて、とても幸せです」


 頬を染めながら言ったわたくしに、エクムント様は肩を抱き寄せてつむじにキスを落とした。


読んでいただきありがとうございました。

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