8.辺境伯領に専門学校を
翌朝のお散歩にはディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下も同行した。
ユリアーナ殿下が二人の手を引いて姉らしく連れて行っている。蝶々が飛んだらそっちに気を取られ、アリの行列があったら座り込むディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下をユリアーナ殿下一人で連れて行くのは大変そうだったが、ユリアーナ殿下自身が誇らしげに嬉しそうにしているのだから誰も口出しはできなかった。
クリスタとハインリヒ殿下はユリアーナ殿下を気にかけて、何かあったらすぐに助けられるようにしている。
フランツはレーニ嬢とデニス殿とゲオルグ殿と楽しそうに歩いていて、マリアはオリヴァー殿に手を引かれてナターリエ嬢と並んで歩いている。
「昨日のマリア嬢のお誕生日にノルベルト兄上は参加できず申し訳なかったと言っていました」
「ノルベルト殿下はノエル殿下のお産が近いので、昨日の夜に王宮においでになったと聞いています。できるだけノエル殿下のおそばにいてあげてほしいものです」
「そう言ってもらえるとノルベルト兄上も安心するでしょう。ありがとうございます、マリア嬢」
ノルベルト殿下が来られなかったことを咎めずにノエル殿下のおそばにいてあげてほしいというマリアは九歳とは思えないほど大人びていた。
わたくしは六歳のときに前世を思い出したので、その影響で大人びていた記憶はあるが、マリアは末っ子なのでわたくしとクリスタとフランツを見て育っているので、それで九歳とは思えないくらい大人びているのだろう。
「ディーデリヒ、お外では靴を脱いではいけません! ディートリンデ、葉っぱを口に入れてはいけません! ぺっ、してください!」
「ねぇね、め?」
「ぺっ!」
一生懸命ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下を統率しようとしているがまだ八歳のユリアーナ殿下ではどうにもならないことがある。脱いでしまった靴はハインリヒ殿下が拾って、ディーデリヒ殿下を膝の上に抱っこして履かせてあげていた。葉っぱを口に入れてしまったディートリンデ殿下はクリスタが口をハンカチで拭いてあげている。
「わたくし、立派なお姉様になれません……」
「ユリアーナはいいお姉様だよ。ディーデリヒもディートリンデもユリアーナのことが大好きだ」
「ユリアーナ殿下はご立派です」
しょんぼりとするユリアーナ殿下にハインリヒ殿下とクリスタが慰めの言葉をかけていた。
わたくしはエクムント様の腕に腕を絡めて歩く。
エクムント様はさりげなくわたくしを日陰の方に入れてくださっていた。
「エリザベートお姉様、結婚されてもエリザベートお姉様とお散歩ができて嬉しいです」
「結婚されたら誘いに行けないから、エリザベートお姉様は来てくださらないかと思っていました」
フランツとマリアに言われてわたくしはエクムント様の顔を見る。
「わたくしは結婚しても朝の散歩は続けたいと思っていましたが、エクムント様、構いませんよね?」
「もちろんですよ。家族と散歩ができることはとても楽しいです」
そうだ、わたくしと結婚したので、クリスタはエクムント様の義妹、フランツはエクムント様の義弟、マリアもエクムント様の義妹になっているのだ。わたくしがガブリエラ嬢に「叔母様」と呼ばれているように。
「辺境伯家の部屋にも誘いに来て構わないのですよ」
「それは……お父様とお母様がいけないっていうのです」
「よく分からないけれど、新婚だからお邪魔をしてはいけないと言われています」
わたくしの両親はフランツとマリアにそんなことを言っていたのか。
エクムント様と甘い夜を過ごした翌朝、わたくしは早朝に起きることができない。朝食の時間にしか起きられないわたくしに、エクムント様は寝室で朝食を食べて甘やかしてくれるのだが、さすがに王宮に来てまでそのような夜を過ごそうとは思っていなかった。
それでも、両親はわたくしとエクムント様が新婚だから遠慮するようにフランツとマリアに言っていたのか。
「誘いに来なくても、エリザベートと一緒に起きて、庭で待っていますよ」
「ありがとうございます、エクムント様」
「エリザベートお姉様とのお散歩、楽しいです」
目を輝かせるフランツとマリアの髪をエクムント様がくしゃくしゃと撫でていた。
早朝だったが初夏の熱気でフランツもマリアも汗をかいていて、髪が湿っていた。
部屋に戻って朝食を食べる。
エクムント様と二人きりになると、まだ慣れなくて胸がどきどきとしてしまう。
整った所作で朝食を食べるエクムント様に、わたくしも背筋を伸ばしてできるだけ美しい所作を心掛ける。
食べているとエクムント様がふとわたくしの顔を見た。
「エリザベート、ファッションで戦うというのは斬新な考えですね」
「辺境伯領の特産品はファッションに関するものが多いでしょう? わたくし、ネイルアートの技術も輸出できるのではないかと考えているのです」
「ネイルアートの技術も?」
「ネイルアートの技術者を育てる専門学校を辺境伯領に作るのです。そこに留学生を受け入れるのです」
元々ネイルアートの技術者を育てるための工房はあったが、はっきりと学校として作ってしまうのはまだなかった。専門学校ができれば、学校を卒業した十二歳の子どもたちがそのまま就職することなく、技術を身に着けてから就職することができる。
「ネイルアートの技術者を育てる専門学校が成功すれば、フィンガーブレスレットの作り手を育てる専門学校、コスチュームジュエリーを作る専門学校、紫の布の工房も増設して技術者を育てる専門学校を作って、もっと辺境伯領の子どもたちが技術を学んでから社会に出られるようにするのです」
「それは確かに必要かもしれません。貴族たちは学園に通ったり、士官学校に通ったりして、成人する十八歳まで社会に出ないのに、平民の子どもたちは学校を卒業する十二歳か、それよりも幼い時から社会に出ることを強要されています。学ぶ場所があって技術を身に着けられるのならば、その風習も変わってくるでしょう」
わたくしの言葉をエクムント様は真剣に聞いてくださる。
「コスチュームジュエリーやフィンガーブレスレットや紫の布は仕上がったものを輸出できますが、ネイルアートはその場で塗らなければいけないでしょう。ネイルアートに関しては、留学生を受け入れて、技術を学んでもらうと共に、辺境伯領でもっと新しいネイルアートの形を確立していかなければいけないと思っています」
「素晴らしい考えだと思います。エリザベート、あなたと共同統治をしたいと考えて本当によかった」
エクムント様に手放しで褒められてわたくしは長く息をつく。たくさん提案してしまったが、それを全てエクムント様が受け止めてくれるという信頼感があったからこそ言えたことだった。
昔からエクムント様はわたくしの話をよく聞いてくださった。わたくしが小さくても馬鹿にせずに最後まで遮らずに話を聞いてくださった。その信頼感があったからこそ、わたくしは自分の思っていることを全てエクムント様に打ち明けることができた。
「これからも協力して辺境伯領を治めて行きましょう、エリザベート」
「はい、エクムント様」
手を握ってエクムント様に言われて、わたくしの胸は喜びでいっぱいになる。
わたくしが口にしたことが辺境伯領で実践されて、たくさんの専門学校が設立されることになるだろう。
技術者を育てることは、この国にとっても、辺境伯領にとっても利益となることしかない。
「日傘を作る技術者を育てる専門学校も、扇を作る技術者を育てる専門学校もいつか、作りましょう」
「それら全てのデザインをする、デザインのための専門学校があってもいいと思います」
日傘と扇の専門学校も提案するエクムント様に、わたくしはデザイン科の設立も提案してみる。
流行は変わっていくものだ。いつまでも同じデザインでは売れ続けることはできない。
「デザインのための専門学校。それは思い付きませんでした。エリザベートはやはり発想力がすごいですね」
エクムント様に褒められてわたくしはいい気分で朝食を終えられたのだった。
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