7.マリア、九歳
わたくしとエクムント様が前日から王宮に入っていたのには理由があった。
マリアのお誕生日だ。
今年も国王陛下と王妃殿下はマリアのお誕生日を王宮の私的なお茶会で祝ってくれようとしているのだ。
お茶会に招待されていたわたくしとエクムント様は、お茶会の時間になるとわたくしがワンピースで、エクムント様がスラックスとベストとシャツ姿で国王陛下のサンルームに向かう。
サンルームにはクリスタもフランツもマリアも両親も来ていて、レーニ嬢とオリヴァー殿も来ていた。
「ディッペル家のフランツ殿は六歳、マリア嬢は五歳で婚約したでしょう? わたくしも今年のお誕生日で九歳になります。そろそろ婚約をしてもいいのではないでしょうか?」
「ユリアーナ、ハインリヒはクリスタが十二歳で学園に入学するまで婚約を我慢したのだぞ。ユリアーナも学園に入学するまでは婚約させるつもりはない」
「なぜですか、お父様。わたくし、早く婚約してもいいと思うのです」
ユリアーナ殿下と国王陛下は真剣に話し合っていたようだが、わたくしとエクムント様が来たのを見ると話をやめる。
「エクムント、エリザベート夫人、よく来てくれたな」
「ご招待いただきありがとうございます」
「マリアのお誕生日のためにありがとうございます」
エクムント様とわたくしが挨拶をすると、国王陛下は子ども用の椅子に座ってテーブルをバンバンと叩いているディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下に目をやった。ディーデリヒ殿下は白金の髪に青い目で王妃殿下そっくりで、ディートリンデ殿下は黒髪に黒い目で国王陛下そっくりに育っている。
「おなか、ちーた!」
「けーち、ちょーあい!」
二歳になってお喋りも上手になっているディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下に、ユリアーナ殿下が姉らしく伝えている。
「テーブルをたたいてはいけません。お行儀が悪いですよ」
「おじょーじ?」
「わりゅい?」
「テーブルを叩かないいい子には、わたくしがケーキとサンドイッチを取ってきてあげましょう」
「ねぇね、ちょーあい!」
「てーぶゆ、たたかにゃい」
ユリアーナ殿下に促されてテーブルを叩く手を止めたディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下にユリアーナ殿下がケーキとサンドイッチをお皿に盛って持ってきてくれる。以前のように山盛りではなくて、見栄えがいいように盛っているのはユリアーナ殿下の成長なのかもしれない。
ケーキとサンドイッチにかぶりついたディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下はすっかりと大人しくなっていた。
「食べているときだけ大人しいのですよ。普段はやんちゃで困ります」
「ねぇね、あいがちょ」
「ねぇね、だいすち!」
「わたくしもディーデリヒとディートリンデが大好きですよ」
ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下が産まれるまでは末っ子だったユリアーナ殿下もすっかりと姉の顔になっている。
わたくしも六歳までは一人っ子だったが、クリスタという妹が増え、フランツが生まれ、マリアが生まれて長女になっていった。兄や姉というものは、最初からそうであるのではなくて、下に弟妹が生まれるとそうなるものなのだと知った瞬間だった。
クリスタはハインリヒ殿下と、フランツはレーニ嬢と、マリアはオリヴァー殿と一緒に座って仲良くお茶をしている。この仲睦まじい様子を見れば、ユリアーナ殿下も婚約者が欲しいと思うのも仕方ないだろう。
わたくしは結婚したので国王陛下と王妃殿下と両親と同じテーブルに着くことが許された。
国王陛下と王妃殿下と両親には話があったのでちょうどよかった。
まずは国王陛下にお礼を申し上げなければいけない。
「私の陳述書に基づいて海を隔てた国に書面を送ってくださったこと、本当に感謝しています」
「これで辺境伯領の交易船が襲われることも減り、軍隊が出動することも減るでしょう」
「辺境伯領の交易は我が国の大きな収入源となっている。海賊を使って交易路を独占しようとするならば、それを阻むのは私の仕事だ」
他の国の交易船は海賊に襲わせて、自分の国の交易船だけが安全に交易路を使えるようにしたいというのが海を隔てた国の考えだった。わたくしは海を隔てた国に仕掛ける準備があった。
「海を隔てた国に交易を申し込むのです。辺境伯領の紫の布、コスチュームジュエリー、フィンガーブレスレットに扇に日傘。海を隔てた国が辺境伯領と交易するのならばそういう特産品を優先的に回すと約束するのです」
「そうすれば、海を隔てた国は辺境伯領を邪魔するのは国益にならないと判断するでしょうね」
「これからは辺境伯領は軍による戦いではなく、ファッションによる戦いで国を守っていくのです」
海を隔てた国では辺境伯領の紫の布もコスチュームジュエリーもフィンガーブレスレットも扇も日傘も流行しているようなのだが、辺境伯領のものが今はほとんど手に入らなくて高値になっているという噂は聞いていた。それを正規の値段で手に入れられるとなれば、辺境伯領の交易を邪魔するようなことは止めるのではないだろうか。
「ファッションで戦う、か。エリザベート夫人らしいいい考えだと思う。辺境伯領は戦争時の最前線となるのではなく、ファッションの都となるのだな」
「そうなるといいと思っております」
「わたくしも、新しいフィンガーブレスレットとコスチュームジュエリーが欲しいと思っていたところです。陛下、注文してもいいですか?」
「もちろんだ、王妃よ。そなたにはいつも美しくあってほしい」
王妃殿下から注文が入るとなれば、辺境伯領は王家にも認められたことになる。
続いてわたくしはヴェールの話を口にした。
「結婚式のヴェールは花嫁を守るものと言われています。ディッペル家から王家に嫁ぐ可愛い妹にわたくしは辺境伯領からヴェールを送りたいと思っているのです」
「辺境伯領から、クリスタの結婚式にヴェールを送るのか」
「エリザベート夫人のヴェールはとても美しかったですね。辺境伯領の刺繍技術が高いのでしょう」
「どうか、皇太子妃となられるクリスタ嬢のヴェールを辺境伯領に任せてはいただけませんでしょうか?」
エクムント様も頼んで、その言葉に国王陛下が厳かに頷く。
「素晴らしいものを用意してくれると期待しているよ」
「ドレスのデザインとも合わせねばなりませんね。ティアラのデザインとも。そのあたりは、ハインリヒとクリスタ嬢と話し合ってくださいね」
国王陛下からも王妃殿下からも許可が下りた。
これでクリスタの結婚式のヴェールは辺境伯領が作成することに決まった。
「クリスタ嬢は美しい金髪なので、金糸で刺繍を入れさせようと思っています」
「エリザベート夫人のヴェールは斬新だったな。裾に花びらが散っているようなデザインで」
「短いヴェールも新鮮でしたわ」
「クリスタのヴェールは長いクラシックなものを考えています」
クリスタとハインリヒ殿下の結婚式の話をしていると、マリアのお誕生日のケーキが運ばれてくる。
お誕生日のケーキは丁寧に美しく剥かれたピンク色の果肉のオレンジが組み合わさって薔薇の花のようになったタルトだった。
「国王陛下、王妃殿下、わたくしのためにありがとうございます」
「マリア、お誕生日おめでとう」
「マリア嬢も九歳になるのですね。おめでとうございます」
国王陛下と王妃殿下に祝われてマリアは誇らしげにしている。
ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下はタルトが食べたくてもがいていたが、ユリアーナ殿下に促されてマリアに言う。
「ディーデリヒ、ディートリンデ、マリア嬢におめでとうを言ってから食べるのですよ!」
「おめめと!」
「おめめとごじゃます!」
「ありがとうございます、ディーデリヒ殿下、ディートリンデ殿下」
上手におめでとうが言えたディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下はタルトに顔を突っ込むようにして食べていた。
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