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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
最終章 わたくしの結婚一年目とクリスタの結婚
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6.王宮の辺境伯家の部屋で

 ハインリヒ殿下のお誕生日には、わたくしとエクムント様は前日から王宮に入っていた。

 王宮の辺境伯家が使う部屋は、前にも見たことがあったけれど、広く豪華で夫婦の大きなベッドが入っている。子どもが生まれればそこにベビーベッドや子ども用のベッドも入ってくるのだろう。

 辺境伯家の部屋に荷物が運び込まれるのをそわそわして見ていると、エクムント様がわたくしの肩を抱く。


「ディッペル家のご家族に会いたいのではないですか?」

「今はエクムント様と二人きりで過ごしたいです」


 大胆なことを口にしてしまったと恥じらいながらも目を伏せると、エクムント様がわたくしの唇に唇を重ねる。ちゅっと軽い音を立てて離れて行ったエクムント様の唇に、わたくしは自分の唇を押さえて頬を染めた。


「可愛いことを言ってくれますね、エリザベート」

「この部屋でエクムント様と二人で過ごすのがわたくしの夢だったのです」


 結婚式まで待ち焦がれ、やっと結婚して夫婦になったわたくしとエクムント様。王宮の辺境伯家の部屋はずっと気になっていたが、エクムント様は独身の男性で、わたくしも独身の女性で、一人で訪ねるのは憚られた。フランツやマリア、デニス殿やゲオルグ殿が一緒にいてやっと訪ねられたが、それも少しの時間だけで、エクムント様と二人で過ごす時間は持てなかった。

 こうして夫婦になって堂々とエクムント様と過ごせるのだから、二人きりで過ごせる時間は大事にしたい。

 辺境伯家でも二人きりではあるのだが、夜に寝室に入るまで視界に使用人や護衛の姿が目に入るのだ。それに比べて、王宮の辺境伯家の部屋はドアの外や廊下に護衛はいるが、部屋の中には誰もいないので完全に二人きりである。


 ソファセットのソファに座ったエクムント様が、わたくしを膝の上に抱き上げる。わたくしは太っているわけではないが、背が高いのでそれなりに重さはあるはずなのだが、エクムント様は軽々と抱き上げてしまうし、膝の上に抱き上げられるのも二人きりだとよくしてくれる。

 エクムント様に包まれて、わたくしはエクムント様の逞しい胸に頬を寄せる。


「エクムント様はいつもいい匂いがします。香水など付けていますか?」

「特に香水はつけていませんね。辺境伯領は汗をかきやすいので、汗の匂いを抑えると言われているボディソープは使っていますが、エリザベートが使っているものと同じですよ」


 それならばわたくしとエクムント様は同じ匂いがするはずなのだが、わたくしにはいつもエクムント様はいい匂いがして安心できるのだ。


「わたくしが使っているボディソープやシャンプーとは違うような、いい匂いがします」

「なんでしょうね。特に何もつけていないのですが」


 不思議に思っているエクムント様に、わたくしは前世の記憶を辿って思い付いたことが一つあった。

 思春期になると娘は父親の匂いをものすごく嫌がるようになるという研究があった気がする。それは子孫を残すにあたって、血の近いものを選ばないようにするための遺伝子に刻み込まれた嫌悪感なのだそうで、その逆で、相手の匂いがとても心地いい場合には、血が遠くて遺伝子的に相性がよいのではないかという推測もされていなかっただろうか。

 わたくしがエクムント様のボディソープやシャンプーと混ざった匂いを心地いいと思うのは、エクムント様とわたくしが血が離れていて、遺伝子的に相性がいい証拠なのかもしれない。


 このことをエクムント様に説明するのは難しいが、思い当ってしまうとわたくしはエクムント様の匂いを嗅いでいるのが恥ずかしくなる。

 胸の寄せた頬を離すが、エクムント様がしっかりとわたくしを抱き締めて膝の上から降ろしてくれない。

 わたくしも長身のはずなのに、もっと長身のエクムント様に抱き締められていると、自分がとても小さくなってしまったような錯覚に捉われる。


 わたくしとエクムント様は頭一つ分は身長が違う。

 体付きもエクムント様は胸が分厚くて腕も太くて逞しいのに、わたくしは腕も腰も細い。

 これだけ対格差があるのに、エクムント様はわたくしに乱暴なことをしたことはなかった。ユリアーナ殿下がまだ四歳のころにどうしてもお茶会に出たいと言って、熱い紅茶を零してしまって、わたくしがユリアーナ殿下を抱き寄せて助けたとき、わたくしは手首に火傷を負った。そのときにはエクムント様はわたくしを担ぎ上げてお手洗いに連れて行き、手首を冷やせるようにしてくれたのだが、あのときも「失礼します」と言ってから抱き上げていたし、わたくしを助けるためだったのでわたくしは不快ではなかった。


 小さなころからわたくしがお茶会ごっこをしていても付き合ってくれるほど優しいエクムント様は、夫婦になっても変わらずに優しかった。


「エクムント様、降ろしてください」

「二人きりなのですから、エクムントと呼んでください」

「エクムント……」


 照れながら呼ぶと、エクムント様はわたくしを膝の上から降ろしてくれた。ソファに座ると、エクムント様の腕がわたくしの肩を抱く。

 金色の目と見つめ合うとわたくしは恥ずかしくて自然に目を伏せてしまう。


「エリザベート、愛しています」

「エクムント、わたくしも愛しています」


 エクムント様の手がわたくしの頬を撫でて、わたくしはエクムント様に唇を塞がれていた。


 二人きりの時間を過ごした後で、その日は辺境伯家の部屋で昼食を食べる。

 給仕が部屋に入ってくるときには、わたくしもエクムント様もソファで座って待っていた。

 料理が並べられて、給仕が紅茶を入れてティーポットにティーコゼーをかけて退室していく。

 食べている間も新婚なので二人きりにしてくれているのだろう。


「エリザベート、ノエル殿下はお産が近いので、アッペル大公領に残られているようですよ」

「そうなのですね。ノエル殿下も結婚してからすぐに赤ちゃんができましたよね」


 そういえば、わたくしの父が二十歳、母が十九歳のときにわたくしは生まれている。わたくしの母が学園を卒業してキルヒマン家に養子に入って、すぐにわたくしがお腹に宿ったのではないだろうか。

 そう考えると父はまだ三十八歳だし、母も三十七歳で、結婚している娘がいるにしてはとても若いと思ってしまう。この国の結婚年齢がとても若いのがその理由だが、前世だったら父も母もまだ子どもが望める年齢だったのではないだろうか。

 それなのに、わたくしがもし妊娠すれば、両親はこの若さで祖父母になってしまう。


 若すぎる祖父母の誕生を考えると、わたくしはまだ子どもはいいのではないかと思ってしまうが、エクムント様からしてみればもう二十九歳なわけで、子どもが生まれるならば早い方がいいのかもしれないと考えると混乱してしまう。


「エリザベート、何を考えていたのですか?」

「いいえ、なんでもないのです」


 エクムント様に聞かれてわたくしは、また気の早いことを考えてしまったと頭を切り替えた。


「クリスタのヴェールの件ですが、わたくしのヴェールは銀糸で刺繍を施していましたが、クリスタは金髪です、金糸で刺繍を施すのはどうでしょう?」

「ヴェールのことを考えていたのですね。金糸で刺繍を施したヴェールは美しいと思いますよ」

「クリスタの金髪によく似合うと思うのです」


 話を切り替えると、エクムント様は頷いてくださる。


「エリザベートのヴェールは短めにして、裾に薔薇の花びらを散らしていましたが、クリスタ嬢のヴェールは長いものがいいでしょうね」

「皇太子妃になるのですから、クラシックなものがいいと思います。クリスタとハインリヒ殿下とも相談してみたいですわ」


 クリスタがハインリヒ殿下と結婚して皇太子妃になれば、わたくしはクリスタのことを公の場面では「クリスタ殿下」と呼ばなくてはいけなくなる。クリスタもわたくしのことを「お姉様」ではなく、「辺境伯夫人」か「エリザベート夫人」と呼ばなくてはいけなくなるだろう。

 私的な場面では「クリスタ」と「お姉様」に戻るかもしれないが、公の場面ではきっちりとけじめをつけなければいけない。

 小さなわたくしの妹と思っていたクリスタが、皇太子妃となって「クリスタ殿下」と呼ばれる日が来るなど、考えてはいたが、実際に近くなると想像以上に立場が変わってしまうのだと実感する。

 クリスタが皇太子妃になる日を最高に祝えるようにわたくしは、クリスタのヴェールのデザインを考えていた。


読んでいただきありがとうございました。

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