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50.フランツ、十歳

 エクムント様との改めての初夜が終わった朝、わたくしは準備していた荷物を馬車に積んでもらって、わたくしとエクムント様でディッペル家に行った。

 執務が忙しくないときには、エクムント様はディッペル家のお茶会には前日から来て翌日まで泊って帰っていく。今回はそれにわたくしもご一緒する形になったのだ。

 これからはエクムント様がディッペル家に行けばわたくしもディッペル家に行くし、王宮に行けばわたくしも王宮に行く。エクムント様とわたくしはずっと行動を共にするのだ。


 ディッペル家に着くとフランツとマリアが走ってきてわたくしに飛びつく。

 結婚してディッペル家を出てから数日しか経っていないのに、何年も会わなかったような歓迎ぶりだ。


「エリザベートお姉様、私のお誕生日に来てくださったのですね」

「お兄様、気が早いですわ。お誕生日は明日でしょう?」

「そうでした。ご挨拶は明日まで取っておかなくては」


 フランツとマリアが言い合っているのをわたくしは微笑みながら聞く。


 昼食はみんなで食堂で食べた。

 両親もクリスタもフランツもマリアも、夫婦になったわたくしとエクムント様に何か言いたそうにしていたが、特に何も言われないまま昼食は終わった。

 ディッペル家の用意する辺境伯家用の客間に通されると、わたくしとエクムント様はソファに座って寛ぐ。紅茶を飲んでいると、部屋のドアがノックされたのが分かった。


「どなたですか?」

「クリスタです。お邪魔でなければ入ってもよろしいですか?」

「エクムント様、いいですよね?」

「もちろんです。どうぞ、クリスタ嬢」


 エクムント様がソファから立ち上がってドアを開けてくださる。入ってきたクリスタは『公爵令嬢と辺境伯の婚約から始まる恋』の最新刊を胸に抱いていた。


「お姉様、『公爵令嬢と辺境伯の婚約から始まる恋』の作者がついに明かされました。マルレーンだったのですよ。お姉様のお世話をずっとしていた」

「マルレーン本人からその話は聞いていました」

「お姉様の結婚式の後でディッペル家を辞めると言ったときには、この先大丈夫か心配したのですが、こんな素晴らしい作家になっているだなんて思いませんでした」


 興奮するクリスタの頬は薔薇色に染まっている。

 最新刊を見せてもらったが、前の刊で辺境伯と話していた女性は辺境伯の兄の奥方で、誤解だったと分かってエリーは辺境伯と和解し、結婚式までの道のりが書かれていた。


「次の刊でエリーと辺境伯は結婚して完結だそうです。次回作も気になりますわ」

「マルレーンは新しい小説も考えているでしょうね」


 これだけ売れた『公爵令嬢と辺境伯の婚約から始まる恋』を書けたのだから、次の小説も期待されていることだろう。マルレーンが活躍することに関してはわたくしも応援していた。


 マルレーンの話をして、クリスタは部屋に帰って行き、フランツとマリアも部屋を訪ねてきてわたくしとエクムント様にシロとクロの話をしてくれた。


「シロとクロはすっかり大人になりました」

「脱走することなく元子ども部屋で元気に過ごしています」

「私が行くと膝の上に乗ってくるのですよ」

「撫でてほしいと甘えてくるのです」


 シロもクロも元気に育っているようでわたくしは安心していた。ハシビロコウのコレットとオウムのシリルも元気なようだ。ハシビロコウとオウムは寿命が長いので、ずっと元気でいてくれたらいいと思う。わたくしにとってはシロもクロもコレットもシリルも大事な家族だった。


「エリザベートお姉様はペットは飼わないのですか?」

「今のところは考えていませんね」

「エクムント様はお好きな動物はいないのですか?」

「私はペットを飼ったことがないのですよ。何か縁があれば飼うかもしれません」


 わたくしもだが、エクムント様も、出会いがなければペットを飼うつもりは今のところなかった。


 フランツとマリアが元気に帰って行った後で、わたくしとエクムント様はソファで二人、寄り添っていた。エクムント様の腕に抱き締められるような形になってわたくしは恥ずかしい気持ちもあったが、とても幸福だった。エクムント様が一番近くにいてくれることが何よりも嬉しい。

 エクムント様の金色の目を見詰めていると、エクムント様がわたくしの額と自分の額をこつりと合わせる。

 魅入られたように金色の目を見ていると、間近でエクムント様の息遣いが聞こえる。


「エリザベートの目は銀色の光沢があってとても美しい」

「わたくしもエクムント様の目を見ていました。金色の目に吸い込まれそうです」

「私の目は父に似ましたね。母は褐色の肌に黒髪に黒い目だった」

「とても美しい金色です」


 エクムント様は金色の瞳、わたくしは銀色の光沢をもつ黒い瞳をしている。

 子どもが生まれたらどちらに似るだろうなんて言うのは少し気が早いかもしれない。

 自分の気の早さに笑ってしまうと、エクムント様もわたくしにつられたように笑っていた。


 翌日はフランツとマリアに起こされなかったが早起きをして庭を散歩した。フランツとマリアとクリスタも庭を散歩していて、合流するととても喜んでいた。サンルームに行ってコレットとシリルの顔を見てきた。


 昼食も終わって、お茶会のために準備をしていると、エクムント様も着替えている。目の前で着替えるのには少し抵抗がなかったわけではないが、エクムント様にはもうわたくしの全てを見られているので隠す必要はない。エクムント様も同じ気持ちのようだ。

 着替えてお茶会の会場である大広間に行くと、フランツが早く来たレーニ嬢と並んで待っていた。


「エリザベートお姉様、エクムント様、私のお誕生日にお越しくださってありがとうございます」

「フランツ殿、本当におめでとうございます」

「十歳になりましたね、おめでとうございます」


 フランツにとっては今年が二桁の年代になるとても大事な年だった。

 これでフランツもあと二年で学園に入学するようになる。


「お姉様、エクムント様、お祝いに来てくださってありがとうございます」

「クリスタのお誕生日にもまた来ますからね」

「クリスタ嬢もおめでとうございます」


 数日後のクリスタの本当のお誕生日にもわたくしは出席するつもりだったし、エクムント様もそれを許してくださるだろう。


 お茶会が始まると、たくさんの貴族がやってきて、フランツとクリスタは挨拶に追われている。クリスタの隣りにはハインリヒ殿下が寄り添ってくださっていた。


 わたくしとエクムント様は大広間の端でミルクティーを飲む。


 マリアはオリヴァー殿とナターリエ嬢を誘っていて、ナターリエ嬢を誘ったゲオルグ殿も一緒にお茶をしていた。

 挨拶を終えたクリスタはハインリヒ殿下とお茶をしていて、フランツはレーニ嬢と、ユリアーナ殿下はデニス殿とお茶をしている。


 フランツが十歳だから、今年の初夏にはマリアが九歳になるのだ。


「フランツのことをずっと小さい弟だと思っていましたが、いつの間にか二桁になっていました」

「子どもの成長とは早いものですね。私はエリザベートのときも、ガブリエラとケヴィンとフリーダも今実感していますよ」


 ガブリエラ嬢も初めて会ったときにはお茶会にデビューする六歳になる直前だった気がする。それが今や学園に入学する年になっているのだ。

 信じられない思いでいるわたくしにエクムント様が笑いかける。


「エリザベートを待っている十年間も、色々なことがありましたが、過ぎてしまえばあっという間でしたね」

「そうですか?」


 わたくしにとってはこれまで生きてきた人生の半分以上の年月である。あっという間とは言えなかったが、過ぎてしまえばすぐだった気もしてくる。

 毎日毎日、エクムント様に相応しい淑女になりたいと努力して、早く大人になりたいと思っていた気がする。


 エクムント様と結婚して、夫婦になっても、まだまだエクムント様に追い付いた気にはなっていない。

 エクムント様の方がわたくしを甘やかして、溺愛して、エクムント様なしでは生きていけないようにされている気がするのだ。


「わたくし、もっと努力しないと」

「これ以上美しくなるつもりですか?」

「エクムント様に甘やかされてばかりではいけないと思うのです」

「愛しい妻を愛するのがいけないのですか?」

「もう! そういうところですよ!」


 このままではわたくしは一生エクムント様に勝てない気がする。

 それもまた幸せなのかもしれないと思うが、少しはエクムント様にもわたくしに溺れてほしくて、わたくしは努力することを誓うのだった。


読んでいただきありがとうございました。

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