40.気付かれていたわたくしの想い
国王陛下の生誕の式典の晩餐会はわたくしは最後まで出席した。
もう成人しているのだし、途中で下がるのもやめにしようと決めたのだ。
日付が変わるくらいまで続いた晩餐会は、食事の後に大広間でダンスやお喋りをするのだが、ノルベルト殿下は食事を終えると国王陛下に許可をもらって馬車でアッペル大公領に帰っていた。
ノエル殿下のことが心配だったのだろう。
学園の運動会では毎年素晴らしいダンスを見せていたノエル殿下とノルベルト殿下だが、ノエル殿下というパートナーがいないのであればノルベルト殿下も寂しいだけだろう。
わたくしはエクムント様と音楽に合わせて踊った。
大広間は冬の寒さに包まれていたが、踊ると体が温まって寒さが吹き飛ぶ。
踊り終わったわたくしにエクムント様が冷たい葡萄ジュースを手渡してくれた。
「ありがとうございます、エクムント様」
「エリザベート嬢はダンスがとてもお上手です。これだけ体を動かせるのでしたら、カサンドラ様の訓練もこなせるでしょう」
「そうですか? そうだったら嬉しいです」
話しながら大広間の端のソファで休む。冷たい葡萄ジュースが上気した体に心地よかった。
「士官学校ではどのような訓練を受けたのですか?」
「体術の基礎と、体力作りですね。全寮制で家にも帰れず、最初は家が恋しかったのを覚えています。上級生になってくると、そういうこともなくなって、同じ寮の同級生と楽しく過ごしていたのを覚えていますよ」
「寮が幾つかあったのですか?」
「学園にも寮が三つありますよね。寮に入る学生は、身分ごとに分かれていると聞いています。士官学校にも同じように身分ごとに分かれた寮があったのです」
「どの寮に入っていたのですか?」
「私はキルヒマン侯爵家の息子なので、一番上の寮です。侯爵家の息子が軍人になるのは中央では珍しかったですからね」
辺境伯領は貴族の当主はほとんど軍人で、辺境伯領の士官学校を卒業しているが、エクムント様は中央の貴族と共に王都の士官学校に入っていた。王都の士官学校は侯爵家の子息は非常に少なく、伯爵家や子爵家、男爵家の子息がほとんどだったと教えてもらった。
中央にも軍はあるのだが、そこに入る貴族は少なく、軍の兵士は下級貴族の子息か平民が多かった。
エクムント様が侯爵家で士官学校に行くことになったときに、お仕えする場所がないという話で、わたくしの両親にエクムント様の両親から相談があったという話は聞いていた。
侯爵家ともなると、お仕えするのは王族か、公爵家でなければいけない。
士官学校を卒業した時点ではエクムント様はまだ十七歳で成人もしていなかったので、すぐにカサンドラ様の養子となって辺境伯を継ぐのは早すぎた。カサンドラ様は自分ではエクムント様を教育できないと考えていて、ディッペル家に五年間修業に出すことで話は纏まったのだ。
身分が高すぎるというのも困ったものだが、そのせいでわたくしの元にエクムント様が来てくださったのだったら、わたくしの人生は変わっていただろう。
エクムント様がわたくしの家の護衛の騎士になったのは本当に幸運なことだった。
わたくしが考えていると、エクムント様が飲み終わったグラスを受け取ってくださって、暑い紅茶をわたくしに手渡してくれる。踊った後の汗が引いて体が冷えてきたわたくしは、熱い紅茶に牛乳を入れてありがたくいただく。
温かいミルクティーを飲んでいると体が温まる。
「エクムント様はわたくしの初恋だったのです」
「エリザベート嬢」
「物心ついたときにはエクムント様のことが大好きでした。わたくしはエクムント様以外と結婚するなんて考えていませんでした」
エクムント様と結婚することができることが、何よりの幸せです。
うっとりと呟くわたくしに、エクムント様は目を細めている。
「エリザベート嬢の恋が子どもの憧れなのか、本当の恋なのかは、分かりませんが、私を思ってくださっていたというのは薄々勘付いていました」
「え!? 知っていらっしゃったのですか!?」
「好意を持たれているなというのは気付いていました」
わたくしの恋心はエクムント様にも知られていた。
やはりマリアやユリアーナ殿下の恋をわたくしが見ているとよく分かるように、わたくしも隠していたつもりだったが、エクムント様への好意がバレバレだったようだ。
恥ずかしくて頬を押さえると、エクムント様が微笑む。
「エリザベート嬢は私にとっては可愛い存在だったので、好意を持たれているのは嬉しかったのですよ。それが子どもの一時的なものであっても」
「一時的なものではなくなりましたね」
「私とエリザベート嬢は生涯共に過ごしますからね」
わたくしの手を取ってエクムント様がしみじみと言う。
「小さかったエリザベート嬢が、私と八歳で婚約してくれて、十年間も私の花嫁になるために勉強してくださって、私との結婚を心待ちにしてくださるなんて、不思議な気分です。あんなに小さかったエリザベート嬢が」
「エクムント様の中でわたくしはまだ小さいままですか?」
「小さいころの思い出も大事ですが、今は成長したエリザベート嬢を愛していますよ」
手を取り合って語り合うわたくしもエクムント様もとても幸せな気持ちだった。
晩餐会が終わると、わたくしとクリスタは部屋に戻った。レーニ嬢は先に部屋に戻っている。お風呂に入って寝る準備をしていたレーニ嬢に、わたくしとクリスタは順番にお風呂に入ってベッドに入る。
「お先に休みますね、クリスタ嬢、エリザベート嬢」
「お休みなさい、レーニ嬢」
「明日の朝も散歩に行きましょうね」
先に休むレーニ嬢に挨拶をして、わたくしとクリスタも髪を乾かして休んだ。
翌朝はフランツとマリアとデニス殿とゲオルグ殿の元気な声に起こされた。
「エリザベートお姉様、クリスタお姉様、おはようございます」
「お散歩に行きましょう!」
「お姉様、お散歩に行きましょう」
「今日も雪合戦がしたいです」
元気なフランツとマリアをデニス殿とゲオルグ殿に、わたくしたちも支度をして庭に出て行った。雪の上で飛び跳ねるようにしているフランツとマリアとデニス殿とゲオルグ殿は本当に楽しそうだ。
晩餐会の最後まで残っていたのでわたくしはまだ眠気が残っていて頭がはっきりしていなかった。ハインリヒ殿下が朝に弱いと言っていたが、こんな夜遅くまで大人たちに付き合っていたのならば、子ども時代は本当に起きるのが大変だっただろうと思わされた。
合流したエクムント様とハインリヒ殿下とユリアーナ殿下とオリヴァー殿とナターリエ嬢が。ユリアーナ殿下とナターリエ嬢はすぐにマリアの元に走って行く。
「今日も勝ちましょうね」
「雪合戦、楽しみです!」
「負けませんわ」
心を一つにする女子チーム。
「デュクシ! デュクシ!」
「お兄様、そのポーズかっこいい!」
「雪玉の投げ方を復習しましょう!」
なかなか足並みが揃わない男子チーム。
雪合戦の結果がどうだったかは、言うまでもない。
女子チームが勝っていた。
女子チームは自信を付けたようで、男子チームに申し出ていた。
「今度はくじ引きでチームを決めてもいいのではないですか?」
「それは面白そうですね」
「誰と同じチームになるか分からないのは楽しそうです」
「来年はわたくし、くじ引きを作ってきます」
来年の冬も雪合戦で盛り上がりそうだった。
雪合戦を観戦しているわたくしとクリスタとハインリヒ殿下とオリヴァー殿とエクムント様は、ほとんど動いていないので寒さに震えていた。
子どもたちは元気に楽しんだので頬も薔薇色に上気している。
来年の国王陛下の生誕の式典には、わたくしは辺境伯夫人として出席する。そのときにはエクムント様と同じ部屋で寝起きするのだと考えると、恥ずかしさに顔が赤くなるわたくしだった。
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