38.ノルベルト殿下にお祝いを
両親のお誕生日のお茶会が終わると、国王陛下の生誕の式典のために王宮に行く準備を始める。
エクムント様は両親のお誕生日のお茶会の翌日の朝食までご一緒して辺境伯領に帰って行った。その日も雪玉の投げ方を習っていたフランツとマリアは、かなり上達していた。
「私、雪玉の投げ方のコツをデニス殿とゲオルグ殿にも教えてあげます」
「わたくし、ナターリエ嬢とユリアーナ殿下に教えて差し上げます」
二人とも王宮では雪合戦をする気満々だった。
王宮には国王陛下の生誕の式典の前日から入っておく。部屋で夕食を食べて休んで、翌朝はフランツとマリアの元気な声に起こされた。
「エリザベートお姉様、クリスタお姉様、お散歩に行きましょう!」
「雪合戦をするのです!」
わたくしとクリスタの部屋はレーニ嬢と同室なので、デニス殿とゲオルグ殿もドアを叩いている。
「お姉様、お散歩に行きましょう!」
「雪合戦、今日は男子チームが勝ちます!」
やる気満々のフランツとマリアとデニス殿とゲオルグ殿に促されて、わたくしたちは支度をして外に出た。きんと耳が凍るような冷たさがあったが、子どもたちは元気いっぱいである。
エクムント様とハインリヒ殿下とユリアーナ殿下とオリヴァー殿とナターリエ嬢に合流すると、マリアがユリアーナ殿下とナターリエ嬢の手を取り、フランツとデニス殿とゲオルグ殿は手を握り合っている。
「雪合戦をしましょう! 私たちは男子チームです!」
「わたくしたち、女子チームは負けませんわ」
男子チームと女子チームに分かれて、投げ方のコツを伝授するところから始める。
「下半身をよく意識するのです。一歩踏み出しながら投げると遠くまで飛びます」
「一歩踏み出しながら投げるのですね」
「下半身を意識するのですね」
「エクムント様に教えてもらいました!」
フランツの言葉にデニス殿とゲオルグ殿が頷いている。
「雪玉は手に合う大きさにするのです。欲張って大きすぎるものを使ってはいけません。投げるときには肘を意識して、後ろまで振りかぶりすぎないようにするのです」
「このくらいの雪玉でいいですか、マリア嬢」
「いいと思います」
「投げ方は肘を意識して、後ろまで振りかぶりすぎないようにするのですね」
「そうです、ナターリエ嬢」
マリアの言葉にユリアーナ殿下とナターリエ嬢が頷いている。
それぞれに何度か投げる練習をして、コツを掴んだところで雪合戦が開始した。
「エクムント様、見ていてください! エクムント様に教えてもらった方法で勝ってみせます!」
「エクムント様、勝敗を見極めてください」
フランツとマリアがエクムント様に声を掛けて雪合戦を始める。
飛距離があるのは男子チームだが、女子チームは距離を詰めて行って正確に雪玉を当てている。
頬っぺたが桃色になるまで遊んだフランツとデニス殿とゲオルグ殿と、マリアとユリアーナ殿下とナターリエ嬢。
勝敗をエクムント様が告げる。
「女子チームの方が正確に当てられていましたね。今回は女子チームの勝ちということで」
「遠くに投げることばかり考えて、当てるのが疎かになっていました」
「悔しいです」
フランツとデニス殿は悔しがっているが、ゲオルグ殿は勝った女子チームに目を輝かせて近付いて行っていた。
「すごくお上手でした。私にも投げ方のコツを教えてください」
「ゲオルグ殿がそう言うなら仕方ありませんね。ゲオルグ殿は一番小さいのですから」
「ゲオルグ殿が使っている雪玉は大きすぎるのではありませんか? 手に合った大きさを使うといいのですよ」
「肘を意識して投げるといいそうですよ」
素直に勝った女子チームを称賛して教えを乞うゲオルグ殿に、マリアもユリアーナ殿下もナターリエ嬢も優しく教えている。こういう交流もまた可愛らしいと思ってしまう。
朝のお散歩を終えると朝食を食べて、昼食会のための準備を始めた。
ドレスに着替えてお化粧もして昼食会に行けるように完璧にしていると、ドアがノックされる。
「エリザベート嬢、ご一緒しませんか?」
「クリスタ嬢、一緒に参りましょう」
エクムント様とハインリヒ殿下が迎えに来てくれたのだ。レーニ嬢はフランツがまだ昼食会に出られる年齢ではないため、迎えには来ていないが、わたくしとエクムント様、クリスタとハインリヒ殿下の後を優雅に歩いてくる。
昼食会の会場である広い食堂に行くと、ノルベルト殿下が国王陛下に呼ばれていた。
「今日はノルベルトの妻であるノエルは欠席だが、素晴らしい報告がある。ノエルはノルベルトの子を身籠っておる。悪阻が酷く式典にも来られぬようだが、ノエルが無事に出産することを私は強く願っている」
自分のお誕生日なのに、ノエル殿下のことばかり話して、国王陛下はよほどノルベルト殿下のお子をノエル殿下が妊娠していることが嬉しいようだった。
「今日は私の誕生日だが、ノルベルトとノエルも共に祝して乾杯をしたいと思う!」
国王陛下の声に、揃った貴族全員が立ち上がって乾杯をした。
ノルベルト殿下は大公になって王族の席から離れていたが、国王陛下が呼んで特別に一緒に挨拶を受けていた。
両親のお誕生日のお茶会では心配そうな顔をしていたノルベルト殿下も、今日はとても誇らしげに顔を上げて晴々としていた。ノエル殿下の心配をするだけでなく、父親としての自覚を持てるようになったのかもしれない。
「父上、ノルベルト兄上、おめでとう御座います!」
「ノエル殿下のおめでたい話は両親のお茶会で聞いていましたが、公になると本当に素晴らしいことですね。ノエル殿下にはお体を大事にして欲しいです」
ハインリヒ殿下とクリスタが挨拶をしている。
「ハインリヒ、クリスタ嬢、ありがとうございます。お屋敷で待つノエルのことは心配ですが、こうして祝ってもらえていると思うとノエルも喜ぶでしょう」
ノルベルト殿下も笑顔で応えていた。
わたくしとエクムント様も挨拶の列に並ぶ。
両親とリリエンタール公爵夫妻の後に順番が回って来た。
「国王陛下、ノルベルト殿下、本当におめでとうございます」
「国王陛下にとっては初孫になりますね」
「ありがとうございます、エクムント殿、エリザベート嬢」
「私に孫が生まれるなど考えたこともなかった。とてもめでたい。ノエルには無事に産んでもらわねばならぬ」
「こういうときに男は何もできないので、悔しいですよね」
今にでもノルベルト殿下はノエル殿下の元に帰りたい気持ちなのだろう。けれど国王であり父親である国王陛下の生誕の式典に出席しないわけにはいかなかった。
自分には何もできないというノルベルト殿下にエクムント様がしみじみと言う。
「エリザベート嬢が妊娠することがあったら、私が変わってあげたいと思うようなことがたくさんあるのでしょう。ディッペル公爵夫人はお産で死にかけたと聞いています」
「わたくし、そんなことにならないようにパウリーネ先生の後継者の方の言うことを聞きますわ」
「気が早かったですね。まだ結婚もしていないのに」
「わたくしも気が早かったですわ」
お互いに気が早かったと笑うが、心のどこかには、母のようにお産で苦しむこともあるのではないかという不安が生まれていた。
それもまだ結婚もしていないので気が早いと言われればその通りである。
「今から不安になることはなかったですね」
「妊娠や出産には真面目に向き合わなければいけないという意気込みが、つい、先走ってしまいました」
まずは結婚をしてから。
妊娠や出産はその後の出来事になる。
席に戻って、わたくしとエクムント様はお互い先走ってしまったことを笑い合ったのだった。
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