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29.卒業論文のために辺境伯家を訪ねる

 冬休みに入ってすぐにわたくしは両親の許可を取って、エクムント様にもお手紙を出して、辺境伯領の書庫に卒業論文の資料を探させていただく約束をした。

 辺境伯領に行く日、わたくしは護衛を付けているが一人だけで、クリスタもフランツもマリアも両親も同行しない。成人したので一人で辺境伯領に行くことが許されているのだ。

 わたくしの身分からして危険は伴うので、護衛はしっかりと付けてあるし、辺境伯領の駅まではエクムント様が迎えに来てくださることになっていた。

 それでも初めての一人旅にわたくしは緊張していた。


 ディッペル家の馬車で駅まで行くと、馬車を降りるとすぐに護衛に囲まれる。窮屈な気もしなくもないが、近付いてくるものには警戒しなければいけないので我慢する。


「美しいお嬢様、お恵みを」


 貴族を狙っているのだろう、貧しい子どもたちが寄ってくるが、護衛たちに追い払われる。子どもだったので少し気の毒に思っていると、護衛同士で話をしているのが聞こえる。


「子どもで油断させて取り囲んでしまって、誘拐、物取りが横行しているらしいからな」

「エリザベート様に誰も近寄せるなよ」


 護衛同士で話しているが、わたくしに聞こえるようにしているのは、わたくしに直接話しかけることができない身分だからに違いない。わたくしが子どもなので同情しないようにしっかりと注意を促してくれているのだ。


 列車の個室席が妙に広く感じられる。

 これまでは六人座れる席で、両親とクリスタとフランツとマリアと一緒だったのが、今は一人きりである。わたくしは賑やかな家族との行動に慣れているのだと実感した。

 エクムント様と結婚したらエクムント様と二人きりでのお出かけになるだろう。列車も馬車の中も二人きり。そうなれば寂しくないどころか、ドキドキして心臓がもつか心配にもなる。


 列車を降りて辺境伯領の駅に着くと、駅で馬車を待たせてエクムント様が佇んでいた。エクムント様にも当然護衛はついているのだが、護衛よりもエクムント様自身が逞しく強そうなので見ただけで安心感がある。


 エクムント様の元に歩み寄ると、エクムント様がわたくしの手を取る。


「ようこそいらっしゃいました。参りましょうか」

「はい、エクムント様」


 手を引かれて馬車に乗って、わたくしは行きの駅でのことをエクムント様に話した。


「小さな子どもが物乞いをしていました。オルヒデー帝国はまだそのような貧しい民がいるのかと思いました」

「小さな子どもを利用して、気を引いている間に貴族の荷物を盗む窃盗団が流行っていると聞きます。辺境伯領でも窃盗団の被害に遭ったという話は聞きます」

「それでは、あれは窃盗団の子どもだったのですね」

「その可能性はありますね。子どもは保護して教育を受けさせたいし、子どもを利用する窃盗団の大人は捕らえて罪を償わせたいですね」


 窃盗団に利用されているから教育を受ける機会を逃している可能性のある子どもは保護したい。窃盗団の大人は捕らえたい。領主として真っ当なことを仰るエクムント様にわたくしも頷く。


「平民は、六歳から十二歳までの六年間の学校は無償で教育を受けられると聞いています。その年頃の子どもは学校で教育を受けてほしいと思っています」

「子どもを労働力としか思っていない家庭もありますからね。教育を受けることがその子の将来のためになるということをもっと広めていかなければいけないと思います」


 卒業論文で調べたが、辺境伯領は他の地域よりも子どもが学校に行く率や識字率が低い傾向にあった。それはまだ教育というものがしっかりと根付いていない証拠に違いなかった。


 王都や中央は成人の識字率はそこそこ高いのだが、それでも八割を超えてはいない。中央でも二割以上のひとたちが文字を読めず、計算もできないという状況にあるのだ。

 辺境伯領はさらに低く、六割を超した程度だった。辺境伯領では女性の社会進出がまだまだ進んでいないという話をエクムント様がされていたが、子どもの教育も進んでいない状況だった。


「教育に関する意識改革をしなければいけませんね」

「いいえ、意識改革よりも、給食の無償化がいいのではないかと思っています」

「給食の無償化ですか!?」

「はい。子どもの食事が一回確保できるとなれば、学校に行かせず働かせている家庭でも、子どもを学校に行かせようという気持ちになるかもしれません」


 意識改革などと口にしていたがわたくしは具体的に何をするべきか考えていなかった。そんな中エクムント様は具体的なことを考えていらっしゃる。学校の給食が無償化すれば、子どもは必ず学校で一日一回食事を取れるようになる。そうなれば、親も学校に行かせることを検討するのかもしれない。


「今は教育費だけ無償化していて、昼食は持ってくるようになっていますが、辺境伯領では給食の設備を整えて、学校で一食は食事がとれるような環境を作ろうと改革中です」

「それは素晴らしい考えだと思います。さすがエクムント様です」

「十二歳で学校を卒業した後もすぐに働きに出るには幼いので、職業学校を作ろうと思っています」


 エクムント様の話を聞いているだけで卒業論文の課題が増えていきそうだった。

 辺境伯領のこれからの教育の促進について、そして、学校を卒業した後の子どもたちの学ぶ場所について。


「卒業論文にその話を書かせていただいていいですか?」

「書いてください。辺境伯領のやり方を他の地域の方にも知ってほしいです」


 いい方法は独占せずに広めていこうというエクムント様の気持ちがよく分かる言葉だった。

 馬車の中では揺れるのでメモが取れない。


「お屋敷に着いたら、もう一度話を伺わせてください」

「ぜひ、聞いてください。エリザベート嬢と共に辺境伯領を改革していきたいと思っているのですからね」


 わたくしもエクムント様の頭の中では共に辺境伯領を改革するものとして入っていた。

 辺境伯夫人としてわたくしもエクムント様の隣りに立って辺境伯領を変えていく。


 古い頭の固い独立派がのさばっていた辺境伯領はもうない。

 今はオルヒデー帝国と融和し、子どもは教育を受けられるように、女性は社会進出をできるように辺境伯領は変わっていくのだ。


 二十二歳で辺境伯になったエクムント様が辺境伯領を治めるようになってからもう七年の年月が経つ。

 その間にエクムント様は少しずつ辺境伯領を変えてきた。

 最初は独立派が多くいた辺境伯領も、ヒューゲル伯爵のおかげで独立派を一掃して、オルヒデー帝国との融和を果たした。

 これからは辺境伯領をますます栄えさせなければいけない。

 そのためにもわたくしは辺境伯領のことをもっと学びたいと思っていた。


 辺境伯家に着くとエクムント様を前にわたくしは幾つもの質問をした。


「エクムント様は辺境伯領の女性の社会進出についてどうお考えですか?」

「フィンガーブレスレット作りや、ネイルアートの技術者として派遣されるなど、それまで家で家事をして子育てをしていればいいと言われていた女性に、仕事を斡旋する事業は行っています。それだけでなく、職業学校が完成した暁には、女性も男性も様々な技術を得て、社会で働いていける時代になると思います」

「子どもの教育の推進についてもう一度伺ってもいいですか?」

「今は学校では昼食はそれぞれの家から持ち寄っているのですが、給食の設備を整えて、毎日一食子どもに無償で食事を与えるというやり方で、子どもを労働力としか考えていない親も、子どもを学校に行かせるメリットがあるとアピールしていきたいと思っています」

「それで辺境伯領は変わると思いますか?」

「急激には変わらないでしょうが、時間をかけて変えていく必要があると思っています。女性も働きやすい土地で、子どもも教育を受けやすい場所になればいいと思っています」


 今度はしっかりとメモを取ってわたくしはエクムント様へのインタビューを終えた。


読んでいただきありがとうございました。

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