24.わたくしの決意
辺境伯領から帰るとすぐにユリアーナ殿下のお誕生日のお茶会の準備をしなければいけなかった。
ユリアーナ殿下のお誕生日のお茶会は、泊りがけではないが、ドレスを選んだり、靴を選んだりしなければいけない。
クリスタはドレスに悩んでいるようだった。
「この時期はいつもドレスに悩みます。エクムント様のお誕生日、ユリアーナ殿下のお誕生日、お姉様のお誕生日が立て続けにあるので、同じドレスでは失礼かとも思いますし、同じドレスにするには靴や髪飾りやジュエリーを変えて工夫しなければならないでしょう」
「わたくしも悩ましく思いますわ。今回のエクムント様のお誕生日ではスーツを着たので、お茶会と晩餐会で着たドレスをもう一度着てもいいかなとは思っていますが、わたくしのお誕生日には主催ですから、どのドレスにするか本当に悩みます」
「どのドレスを着てもお姉様は美しいですわ」
「それは嬉しいのですが、同じドレスばかり着ていると貴族としての威厳にも関わりますからね」
悩ましいドレス選びに関して、マリアはむしろ嬉しそうだった。
「わたくし、エリザベートお姉様とクリスタお姉様のお譲りがたくさんあるのです。前回はエリザベートお姉様のお譲りのドレスを着たので、今回はクリスタお姉様のお譲りのドレスを着ようと思います」
わたくしとクリスタのところにまで来て報告するマリアは、本当に輝いている。こんな風にお茶会が楽しみに思えるのもマリアの幼い純粋さゆえなのだろう。
わたくしやクリスタの年齢になってくると、昼食会やお茶会、晩餐会は貴族の社交の場として重要になってくる。どれだけそこで存在感を出せるかが貴族としての勝負になってくるのだ。
辺境伯夫人になるわたくしは端っこにいるわけにはいかないし、皇太子妃になるクリスタはますます貴族の輪の真ん中にいなければいけない。
そういうところも見られているのが社交の場というものなのだ。
準備が整うと、わたくしたちは馬車に乗って列車の駅に行く。
列車に乗って王都に着くと、エクムント様も列車の時間を合わせていて、わたくしとクリスタとフランツとマリア、両親の二台の馬車を見守るようにして後ろからついてきてくださる。
エクムント様がそばにいればわたくしも安心して馬車に乗ることができる。
両親とフランツとマリアを乗せた馬車が、暴走した馬車に巻き込まれて横転して、ドアが開かなくなった事件以来、わたくしは馬車に乗るのが少し怖かった。両親が乗っている馬車がまた事故に遭うのではないかととても怖かった。
それもエクムント様が時間を合わせて見守ってくれる中、馬車の乗れるようになってから薄らいでいた。
王宮に着くとユリアーナ殿下が挨拶をしてくださる。
「ディッペル家の皆さま、わたくしのお誕生日のためにようこそいらっしゃいました」
「お招きいただきありがとうございます」
「わたくし、ディーデリヒとディートリンデも一緒にお茶会に出席させてほしいと父上と母上にお願いしたのですが、ダメだと言われてしまいました」
「ユリアーナ、本当は父上も参加させたかったんだよ。でも、ディーデリヒとディートリンデは小さい。大勢の貴族が集まる場所に出すには、免疫がしっかりしていないからね」
そうなのだ。ハインリヒ殿下の言う通りだ。
幼い子どもをお茶会に参加させないというのは、単純に小さすぎてお茶会の席で泣いてしまったり、子ども特有のトラブルを起こしたりするだけでなく、免疫力という観点で、感染症にかかったりしないように守るためでもあるのだ。それを言われてしまうと、幼いころからフランツやマリアを自分たちのお誕生日のお茶会にだけは出席させていたわたくしの両親は何も言うことができない。
「わたくしもディーデリヒとディートリンデが病気になるのは嫌なので、我慢することにしました」
「立派です、ユリアーナ殿下」
自制心を持ってディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下を守る方向に考えを変えられたユリアーナ殿下は本当に立派で、わたくしはそれを讃えた。
お茶会にはレーニ嬢もデニス殿もゲオルグ殿も来ている。
フランツはまっすぐにレーニ嬢のところに小走りに駆けていく。
「レーニ嬢、お茶をご一緒いたしましょう」
マリアはオリヴァー殿とナターリエ嬢のところに小走りに駆けていく。
「オリヴァー殿、ナターリエ嬢、お茶をご一緒いたしましょう」
クリスタにはハインリヒ殿下が迎えに来ていた。
わたくしはと言えば、エクムント様が後ろに控えていてくださる。振り向いてわたくしはエクムント様の手を取った。
「エリザベート嬢、今日は私のプレゼントしたコスチュームジュエリーを付けてくださっているのですね」
「エクムント様のお誕生日のお茶会のときとドレスが同じものだったので、ジュエリーで変化を付けてみました」
「とてもよくお似合いですよ」
細かなところまで気付いてくれるエクムント様にわたくしは喜びで胸がいっぱいになる。
「この時期はドレスに本当に悩みます」
「何を着ていられても、エリザベート嬢の内から輝くような美しさは変わりません」
「今だけかもしれませんよ? 皺くちゃのお婆ちゃんになってしまったら、エクムント様はそんなことを言ってくださらないかもしれない」
「年をとってもエリザベート嬢は変わらず美しいと思います。美しさとは外見だけでなく、内面からにじみ出るものなのです」
はっきりと仰るエクムント様にわたくしは頬が熱くなってくる。
「エクムント様も年を取られても格好いいと思います」
「そう言っていただけるように、いい年の取り方をしたいものですね」
「わたくしもです」
「エリザベート嬢、結婚したら私とエリザベート嬢はずっと一緒なのです。どんなときでも。年を取ったから愛が変わるとか、病気をしたから愛がなくなるとか、そういうことは絶対にありません」
「エクムント様……」
そこまで情熱的に言われてしまうとわたくしは嬉しいのと恥ずかしいので顔は真っ赤になっているだろう。エクムント様は肌の色が濃いので、赤面するところなど分からないが、わたくしはすぐに分かってしまうのが少し悔しい。
わたくしばかりがエクムント様に翻弄されている気がするのだ。
「わたくしもお誕生日で成人いたします。エクムント様に愛される大人の女性になりたいものです」
「エリザベート嬢はもうなっていますよ」
「大人にはまだなれていないような気がするのです。大人の女性ならばエクムント様の一挙手一投足に動揺しないし、顔も真っ赤にならないと思うのです」
「すぐに赤くなるエリザベート嬢も可愛らしいですよ」
「可愛らしいではなくて、わたくしは大人の女性になりたいのです」
主張するわたくしに、ミルクティーを飲みながらエクムント様が微笑む。
「それは難しいですね。エリザベート嬢を見ると私は小さなころから全ての記憶を思い出してしまいます。エリザベート嬢は私にとって最愛の女性ですが、同時に一生可愛く愛しい存在であるのです」
赤ん坊のころからエクムント様に可愛がられているのは確かなので、わたくしはそのことに対して文句が言えない。大人の女性としてエクムント様に認められたいのは確かだが、同時にわたくしの小さいころの記憶が蘇るというのはどうしようもないことなのかもしれない。
「わたくし、もっと努力します」
「どんな努力ですか?」
「エクムント様がわたくしに夢中になって、わたくしのことを愛するようになるために自分磨きをします」
結婚するまでにはわたくしは立派な大人の淑女になっておきたい。
宣言するとエクムント様に笑われてしまう。
「もう十分エリザベート嬢に夢中ですよ」
「もっとです。小さいころの記憶など蘇らないくらい、もっと今のわたくしを見てもらえるようにしたいのです」
「それは難しいですね。小さいころの記憶を合わせてエリザベート嬢ですからね」
「エクムント様が驚くような淑女になるのです!」
負けてばかりではいられない。
恋は惚れた方が負けだと言うが、それならばずっとわたくしは負けっぱなしだ。エクムント様に物心ついたときから恋をしているのだ。
それを一度くらいひっくり返したい。
エクムント様が驚いて息を飲むような大人の女性としてエクムント様の前に立ちたいとわたくしは決意を固めていた。
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