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10.ノエル殿下の詩とフレーバーティー

 お茶会の途中にクリスタがノエル殿下とわたくしとレーニ嬢とミリヤム嬢をテラスに呼んだ。

 ノルベルト殿下とエクムント様とフランツには少し待っていてもらうことになる。

 テラスでクリスタはノエル殿下にはっきりと告げていた。


「わたくしたち、もう『秘密の呼び方』はやめることにしたのです」

「そうなのですか?」

「わたくしは皇太子妃になる身、お姉様は辺境伯夫人になる身、レーニ嬢は公爵夫人になる身です。そろそろ庶民のようなお遊びはやめることにしたのです」


 堂々と告げるクリスタにノエル殿下が青い目を煌めかせている。


「クリスタ嬢、立派ですわ。クリスタ嬢は本当に皇太子妃に相応しくなってきましたね。わたくしも『秘密の呼び方』は今後やめることにします。クリスタ嬢、打ち明けてくれてありがとうございました」


 手を握られてノエル殿下に感謝されるクリスタは、頷き、ノエル殿下の手を握り返していた。

 会場に戻るとノエル殿下はノルベルト殿下の前で小さく折りたたまれた紙を広げた。


「わたくし、今日のためにノルベルト殿下に詩を捧げようと思って書いていたのです」

「結婚の準備や結婚式で忙しくて、ノエルの詩をずっと聞いていなかったから、久しぶりに聞きたいと思っていたところです」

「そういっていただけると嬉しいですわ。それではお聞きください」


 ノエル殿下が紙を持って息を吸い込む。


「わたくしのノルベルト、ずっとそう呼びたかったあなた。わたくしとあなたはついに結婚をしました。この結婚は人生のゴールではなく始まりなのだと結婚式でわたくしは思いました。突然の雨に濡れ、自分の不運を嘆くとき、隣りにあなたがいてくだされば、きっとわたくしはずぶ濡れでも乗り越えられる。わたくしのノルベルト。大好きなあなた。共に一生を歩いてください」


 結婚してから変わったのかもしれない。

 それともオリヴァー殿との勉強会が役に立っているのかもしれない。

 ノエル殿下の詩の意味がわたくしには分かるような気がしていた。わたくしもついに芸術を解する心を持てるようになったのかもしれない。


「愛に溢れた素晴らしい詩ですね」

「分かってくださいますか、エクムント殿」

「この詩は不器用な軍人の私でも分かるような気がします」

「嬉しいですわ」


 エクムント様もこの詩の意味は分かったようだ。

 ノルベルト殿下は詩に感動している様子である。


「ノエル……僕のノエル、なんて素晴らしい詩なのでしょう。僕は幸せ者です」

「ずっと一緒です、わたくしのノルベルト」

「あぁ、ノエル」


 抱き締め合っているノルベルト殿下とノエル殿下をわたくしたちはそっと見ないふりをした。


 お茶会が終わるとわたくしとクリスタとレーニ嬢とミリヤム嬢とオリヴァー殿は学園に帰らなければいけない。

 オリヴァー殿にはナターリエ嬢が抱き着いて名残を惜しんでいる。


「お兄様、お休みになったら帰ってきてくださいね」

「分かっているよ、ナターリエ。寂しい思いをさせるね。父上と仲良くするんだよ」

「はい、お兄様」


 レーニ嬢にはデニス殿とゲオルグ殿がしがみ付いている。


「お姉様、早く帰ってきてくださいね」

「お姉様、寂しいです」

「デニスもゲオルグもそんなことを言って、わたくしがいなければ二人で元気にやっているのでしょう?」

「ゲオルグとは一緒に遊びますが、お姉様がいないと寂しいのは本当です」

「お兄様だけじゃなくて、お姉様もいてほしいのです」

「お休みになったら帰ってきますよ」


 デニス殿とゲオルグ殿の髪を撫でて額にキスをするレーニ嬢は、やはりリリエンタール家の長女という感じだった。


 わたくしとクリスタはといえば、フランツもマリアも婚約者がいて、かなり独立心が旺盛なのでこんな風に名残を惜しんでくれない。抱き着いて名残を惜しんでほしいとは思わないが、少しは気にかけてほしいものではある。

 フランツはレーニ嬢にさよならを言うためにそばで待っているし、マリアはオリヴァー殿とナターリエ嬢が落ち着くのを待っていた。

 早すぎる婚約は姉であるわたくしにとっては、やはり寂しいものだった。


 学園に戻るとクリスタの主催するお茶会に出ることになる。

 もう完全に引き継ぎはしてしまったので、わたくしはノエル殿下がいたころのように何もしなくてよくなっている。そのはずだった。


「お姉様、わたくし、新しい紅茶の茶葉を仕入れてみたいと思っているのです」

「よいのではないですか」

「今王都ではこの紅茶が流行っているのです。ディッペル領の長毛の牛のミルクによく合うのだと」


 それはわたくしも気になる。

 どんな茶葉なのか聞いてみると、茶葉に甘いフルーツの香りが付けてあるというのだ。辺境伯領で飲むフルーツティーは紅茶にフルーツを入れてその香りと甘みを移したものだが、その茶葉は茶葉自体にフルーツの香りを付けていて、飲むとフルーツの香りが広がるというのだ。


「フレーバーティーというらしいですわ」

「フレーバーティー……飲んだことはありませんね」

「お姉様も気になるでしょう?」


 一緒に仕入れに行きませんかと言われてわたくしは興味のままに頷いていた。

 護衛を付けて学園からその茶葉が置いてある店に向かう。馬車で行くとその店はすぐだった。

 店の中には香りを嗅げるように茶葉が小さな入れ物に入れて並べてあって、フルーツの種類も様々なようだった。


「カシス、ブルーベリー、苺、桃、サクランボ、葡萄、マスカット……たくさん種類があります」

「匂いを確かめてみましょう」


 小さな入れ物の蓋を開けて匂いを確かめると、とてもいい香りがする。

 どれも美味しそうだがミルクティーに合いそうなものといえば、苺と桃とカシスだろうか。


「わたくし、苺と桃とカシスが気になります」

「それならば、苺と桃とカシスを日替わりで楽しみましょうか」


 店の従業員に頼んでクリスタは苺と桃とカシスのフレーバーティーを注文していた。

 紅茶の茶葉を注文するのも大事なお茶会の主催としての仕事だ。

 茶葉を注文して帰る途中、クリスタは花を売っている店に寄りたがった。


「お茶会でマリアがオリヴァー殿にもらった薔薇の花束をテーブルに飾っていたでしょう? お茶会の席で花を飾るのはどうでしょう」

「毎回花を選んで買ってくるのは無理ですよ」

「それは相談しますわ」


 花を売っている店の従業員と話をして、クリスタは注文をしていた。


「毎週月曜日に季節の花を学園まで届けてください。支払いはクリスタ・ディッペルでお願いします」

「花はこちらで選んでよろしいですか?」

「はい、お願いします。色んな花を合わせた花束のようなものだと嬉しいです」

「それでは、そのように致します」


 花を売っている店の従業員と交渉をして、クリスタは最初の代価を支払っていた。

 クリスタが皇太子妃になれば、式典やお茶会を取り仕切る場面もあるだろう。そういうときのために勉強になるからとノエル殿下も進んでお茶会の主催をされていたし、わたくしも引き継ぎを受けてお茶会の主催をした。

 今、クリスタが立派にその仕事をやり遂げているのを見ると、わたくしも胸がいっぱいになる。


 帰りの馬車の中でクリスタはわたくしに告げた。


「フレーバーティー、美味しかったら、エクムント様のお土産に持って行ってはどうですか?」

「エクムント様は果物は好きだと言っていました。フレーバーティーはお好きかもしれません」


 辺境伯領でもフレーバーティーが流行るのかもしれない。そのときには中央から来た辺境伯夫人がフレーバーティーを辺境伯領に持ち込んだのだとか言われるのだろうか。

 そうなればいいと思ってしまう。

 そんな未来を予感してわたくしは自然と笑んでいた。


読んでいただきありがとうございました。

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