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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
二章 ノメンゼン子爵の断罪
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15.折り紙の薔薇

 ダリアの花は毎日水を替えて、水を吸わなくなると茎の一番下を切っていたが、それでも一週間と少しで枯れてしまった。

 花は散るから美しいものとエクムント様は言ったが、わたくしはとても残念で最後の一枚の花弁が散るまでダリアの花を部屋に飾っていた。

 わたくしがダリアの花を大事にしているのを聞いて、両親がダリアの花を贈ってくれると言ったがそれは断った。わたくしが大事にしていたのはあくまでもエクムント様が下さったダリアの花で、両親がくれたものでは意味がないのだ。


 わたくしの両親のお誕生日は冬にある。

 冬なので庭の花も咲いていなくて、わたくしはお誕生日のプレゼントをどうしようかと考えていた。


 両親には内緒にしたいのでデボラとマルレーンとクリスタ嬢に相談してみる。


「わたくしのお父様とお母様のお誕生日には何を上げればいいかしら?」

「おじうえとおばうえのおたんじょうびね! わたくし、にがおえをかくわ!」

「クリスタお嬢様、きっと喜ばれますよ。エリザベートお嬢様も似顔絵はいかがですか?」

「わたくし、もっと素敵なものを差し上げたいの」

「エリザベートお嬢様が描いた絵なら、旦那様と奥様は他の何よりも喜ばれますよ」


 前世のわたくしもなのだが、絵心というものが皆無である。六歳の手足は動かしにくいし、上手な絵が描けるとは思えない。

 とても両親に喜んでもらえるものが描けないと落ち込むわたくしは、エクムント様のところに相談に行った。


 エクムント様は今日はお屋敷の玄関を警護している。庭の門や玄関は不審者が入って来る場所なので、特に警戒して警護が敷かれていた。わたくしやクリスタ嬢が安心してお屋敷の敷地内を歩けるのは警護の兵士や騎士がいるからに違いなかった。

 玄関を警護しているエクムント様に近寄って行くと、膝を曲げて目線を合わせてくださる。


「寒くはありませんか?」

「少しなら平気です……くちんっ!」


 寒くないつもりだったのに玄関の外に出ると深まる秋の風が吹いてわたくしはくしゃみをしてしまう。エクムント様は上着を脱いでわたくしの肩にかけた。

 エクムント様の体温が残る、エクムント様の匂いがする上着に、わたくしは胸がドキドキしてしまう。


「エクムントが寒いのではないですか?」

「私は平気です」

「くちんっ!」

「クリスタお嬢様も寒いのではないですか? お屋敷の中に入ってください」

「わたくし、おねえさまといっしょにいるの」


 いつの間にかわたくしの後ろにクリスタ嬢もついて来ていた。寒そうにしているので二人でエクムント様の上着の中に入る。五歳のクリスタ嬢と七歳のわたくしだったら、エクムント様の上着には十分二人で入れた。

 ぴったりと身をくっ付け合ってクリスタ嬢が暖かそうにしている。


「エクムント、わたくし、お父様とお母様のお誕生日に何を贈るかを迷っているのです。エクムントは花をどこで手に入れましたか?」

「私は休憩時間に町に行って買って来ました」

「買って来る……わたくしはお金も持っていないし、町にも行けません」


 わたくしがしょんぼりしていると、エクムントが助言してくれる。


「クリスタお嬢様、色紙をお持ちじゃないですか?」

「色紙? 持っていたかもしれないわ」


 色の付いた紙もわたくしとクリスタ嬢が遊ぶために両親は用意してくれている。大きさや形はまちまちだが、それを使って工作をしてクリスタ嬢と遊ぶことがあった。


「色紙で花を作る方法があったと思います。休憩時間になったら、お部屋を訪ねてもいいですか?」

「喜んでお待ちしています」

「おはなをつくれるの!? エクムントさま、すごぉい!」


 わたくしとクリスタ嬢はエクムント様と約束をして、上着を返して勉強室に行った。勉強室ではリップマン先生が待っていてくれる。


「リップマン先生、おはようございます。今日もよろしくお願いします」

「きょうはなにをおしえてくれるんですか?」


 挨拶をするとリップマン先生が政治の本を取り出す。


「隣国の歴史についてお話ししましたね。今日は隣国で行われている議会制についてお話ししましょう」

「議会制ということは、隣国では選挙があって、議員が選ばれているのですか?」

「そうですね。議員のほとんどは富裕層ですが、一般市民も僅かにはいるようです」


 選挙で選ばれている議員だが、富裕層が多いということは地方の権力者が票を集めているのだろう。まだ完全に平等な議会制が出来上がっているわけではないようだ。


「ぎかいでは、なにをするのですか?」

「審議、議決を経て、法律を制定、改正、廃案にします。議会は憲法を改正することは原則的にできず、憲法に従って法律を制定、改正、廃案にするので、憲法で国民は議会から守られている形になります」

「どうして、こくみんをけんぽうでまもらないといけないのですか? ぎかいはこくみんがえらんだひとがおしごとしてるんじゃないですか?」

「権力を持つとひとは自分の欲のために動くことが多々あります。そういう時に国民の権利が侵害されないように、憲法で制限しているのです」

「むずかしいです……」


 五歳のクリスタ嬢にしてはかなり高い理解力を持っているが、それでも憲法と議会の関係は分からなかったようだ。


「議会では税金といって、国を経営するためのお金の額も決められます。高額の税金を取ったら、国民は暮らせなくなりますね? そういうことがないように、基本的人権といって、国民が最低限度の暮らしができるように憲法で守るのです」

「きほんてきじんけん……それは、わたくしにもあるのですか?」

「この国は王制ですからね……難しいところです」


 わたくしが説明するとクリスタ嬢は少し理解できたようだが、今度はクリスタ嬢からの質問にわたくしが答えに困ってしまう。この国に基本的人権があるのか、わたくしにも分からない。


「隣国に憲法が制定されたときに、この国にも憲法を制定しようという動きが起きました。隣国ほどしっかりしたものではないですが、この国にも憲法があって、基本的人権はありますよ」


 そうなのか。

 この国は王制だから憲法はないと思い込んでいたが、そんなことはないようだ。この国にも憲法があり、基本的人権が存在した。


 わたくしはまた一つこの国のことに詳しくなっていた。


 午前中の勉強が終わると、両親とわたくしとクリスタ嬢で昼食を取る。父は執務があったが、昼食の時間には抜けて来て一緒に昼食を取ってくれていた。

 父が家族との食事を大事にするひとだということが、わたくしにはとても尊敬できる点だった。


「お父様、今日はリップマン先生に隣国の議会制について習ったのです」

「わたくし、むずかしくて、あまりよくわからなかったの」

「隣国は議会制と王制が両立しているからな。クリスタ嬢は今は分からなくても、今覚えたことがそのうちに理解できる日が来るよ」

「おねえさまはいっぱいおはなししてて、かっこうよかったの」

「エリザベートはよく理解できたんだね」


 父の言葉にわたくしは誇らしく思っていた。


 昼食が終わると、部屋で少し休む時間がある。

 その時間にエクムント様が来て下さった。


「失礼いたします。色紙はありますか?」

「用意していました」

「いろんなかたちがあるけど、だいじょうぶ?」


 遊ぶためにもらっていた色紙を取り出すと、エクムント様が正方形に切っていく。何枚もの色とりどりの正方形の色紙ができた。

 色紙を折って、エクムント様が薔薇の花を作る。わたくしも真似をして薔薇の花を折ってみた。最後に捻るのがコツで、綺麗な立体的な薔薇の花が出来上がる。

 クリスタ嬢は最後の捻りができなくて、エクムント様に手伝ってもらっていた。


「私の乳母が私が小さな頃に教えてくれた折り紙です。これをたくさん作って、茎を付けて花束にしてはどうでしょう?」

「それなら、わたくしにもできるわ!」

「わたくし、さいごのところができないの。おねえさま、してくれる?」

「クリスタ嬢の仕上げはわたくしがしましょう」


 エクムント様のおかげでわたくしは両親にプレゼントを上げることができそうだった。


「エクムント、本当にありがとうございます」

「エクムントさま、おれいににがおえをかいてあげる!」

「どういたしまして。クリスタお嬢様、ありがとうございます」


 クリスタ嬢が描いたぐりぐりとした似顔絵を受け取って、エクムント様は笑顔で休憩に戻って行った。


「エクムント様、格好いい……」


 小さいわたくしやクリスタ嬢を決して馬鹿にしない、優しくしてくれるエクムント様にわたくしはときめいていた。


読んでいただきありがとうございました。

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