7.子どもたちの交流
ハインリヒ殿下のお誕生日の昼食会で、クリスタはハインリヒ殿下の隣りに座ってお客様からのご挨拶に答えていた。手を付けずに下げられていく料理にも、もう目をやったりはしない。堂々とお客様の目を見て対応している。
「ハインリヒ殿下、成人おめでとうございます」
「再来年の春にクリスタが成人したら結婚式ですね」
「ありがとうございます。私もその日を心待ちにしています」
「ハインリヒ殿下とお話をいたしました。ハインリヒ殿下はわたくしのお誕生日に結婚式を挙げたいと言ってくださっています」
「一日でも早く結婚式を挙げたいと気持ちが逸るのです」
ハインリヒ殿下とクリスタの結婚式は再来年のクリスタの誕生日になりそうだ。再来年のクリスタの誕生日でクリスタは成人する。成人するまでは結婚はできないと分かっているので、成人したその日に結婚したいとハインリヒ殿下は逸る気持ちを抑えているのだろう。
クリスタの誕生日は学園のプロムも卒業式も終わって、春休みになってから訪れる。学年の中でも誕生日はとても遅い方になるのではないだろうか。
そのお誕生日を待たなければいけないハインリヒ殿下は、今年わたくしと一緒に学園を卒業するので、結婚のときには十九歳になっているはずだ。
そういえば原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』でもハインリヒ殿下とクリスタが結婚して、クリスタが皇太子妃になったところで物語が完結している。
そのときにはわたくしは公爵位を奪われて、辺境へと追放になっているのだが、その未来はもうなさそうだ。運命は完全に変わったのだ。
わたくしは辺境に追放されるのではなく、辺境伯夫人として辺境伯領に歓迎される形になる。公爵位はフランツが継いで、クリスタは公爵家の娘として皇太子妃になる。
原作とは全く違う道を歩んでいるが、わたくしは幸福になる予感しかしないし、クリスタも同じく幸福になるだろうことは分かっている。
ハインリヒ殿下がクリスタのことを深く愛してくださっているのははたから見てもよく分かった。
わたくしもエクムント様に愛されているという自信がある。
エクムント様はわたくしのそばを離れず、昼食会でも隣りの席でずっとエクムント様と話していた。
「クリスタ嬢のドレスは指輪に合わせているのですね」
「そのようです。ハインリヒ殿下からいただいた婚約指輪をとても大切に思っているようですからね」
クリスタは今日は淡い桃色のドレスを着ている。それは王妃殿下がこの国に嫁ぐ際に持ってきたピンク色のダイヤモンドの指輪を婚約指輪として譲り受け、それを身に着けているので、色を合わせるためだとしか思えなかった。
淡い桃色のドレスを着ているクリスタは髪も結い上げてとても美しい。
ハインリヒ殿下と並ぶととてもお似合いだ。
原作の『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』でもこんな二人の挿絵を見たような気がするのだが、それよりも実際に見るハインリヒ殿下とクリスタはずっと美しくわたくしは妹の幸せそうな姿に自分の胸もいっぱいになってしまった。
「エリザベート嬢も今日は婚約指輪を付けていてくださるのですね」
「エクムント様からいただいた指輪です。大事な場面ではつけておかなくてはいけないと思いまして」
わたくしも今日はエクムント様からいただいたサファイアとダイヤモンドの婚約指輪を左手の薬指に着けていた。豪華な婚約指輪は小ぶりのダイヤモンドを小さなサファイアが挟むデザインで、ダイヤモンドもサファイアも見事にカットされていてとても美しい。
どこかに引っかけたり、落としたりしないか心配ではあったのだが、わたくしはハインリヒ殿下のお誕生日というこの国での大きな式典でこの指輪を身に着けて出席したいと思って左手の薬指に着けているのだ。
この指輪はエクムント様の誠実と永遠の愛を誓う証となっている。
この指輪を付けているとわたくしはエクムント様の愛を強く感じられるような気がするのだ。
「エリザベート嬢によくお似合いです。エリザベート嬢は幼いころから青系の色がお好きだったでしょう」
「そうでしたね。わたくし、青い薔薇の髪飾りを両親に作ってもらったことがあります」
ドレスも空色やミントグリーンなどが多かった気がする。
最近は辺境伯領の紫の布のドレスしか着ていないが、空色のドレスも懐かしくはある。
「初めて会ったときも、淡い空色の産着を着ていました」
「それは幾つのときですか? あまりにも小さいころではないですか?」
「生まれてから数か月のころだったと思います。もう少し大きくなって、歩くようになっても、水色の帽子を被って、空色のドレスを着ていましたね」
あまり小さいころのことを話されるのも恥ずかしい。それはわたくしの記憶にない時期だからかもしれない。エクムント様だけが知っているわたくしの小さなころ。
「エクムント様はわたくしがそのころと変わらないと仰りたいのですか?」
「そういう意味ではありません。エリザベート嬢が可愛かったことを伝えたかっただけで」
「わたくしはもう十七歳なのですよ」
少しむくれたような顔をしてみせると、エクムント様がわたくしの手を取って自分の頬に当てる。
「分かっています、愛しいエリザベート嬢。そんな顔をしないでください」
「エクムント様は小さいわたくしと今のわたくしとどっちがお好きなのですか?」
「どちらもです。小さいエリザベート嬢は妹のように可愛く思っていました。今のエリザベート嬢は婚約者として愛しています」
ずるい。
そんな風に言われてしまったらわたくしは拗ねられなくなってしまうではないか。
ため息をついて降参の意を込めて両手を掲げると、エクムント様がにっこりと微笑む。
「本当に美しくなられた」
「エクムント様……」
「花のように、私の手の中で咲いてくれたのですね。私の愛しいエリザベート嬢」
小さいころはエクムント様には恋愛感情なんてなかったに違いない。わたくしを妹のように思っていたエクムント様がいつ頃わたくしに恋愛感情を抱いてくださったのか、それは分からないが、今はエクムント様にとってわたくしは一人の女性として愛されていることを強く感じる。
結婚式まではまだ時間がある。わたくしが成人するまでにもまだまだ時間がある。それでもエクムント様は八歳で婚約をしてから今年で十年目になるが、それだけの時間を待っていてくれたことになる。
これからもエクムント様をお待たせするわけだが、それでもいいと思ってくださるエクムント様には感謝しかなかった。
昼食会が終わってお茶会の時間になると、クリスタがフランツとマリアを呼んできてくれる。ユリアーナ殿下はノルベルト殿下が呼びに行ったようだった。レーニ嬢はデニス殿とゲオルク殿を呼びに行く。ゲオルク殿は今年から正式にお茶会に出るようになった。
「ハインリヒお兄様、お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとう、ユリアーナ」
「ユリアーナ殿下、こんにちは」
「クリスタ嬢、これからもハインリヒお兄様をよろしくお願いします」
「わたくしでできることならば何でも致します」
ユリアーナ殿下に挨拶をされて、クリスタは胸に手を当ててお辞儀をして答えている。お辞儀の仕方もクリスタは優雅になった気がする。心構えが変わるだけでこれだけ変化するものなのだろうか。
「デニス殿、お茶をご一緒いたしましょう!」
「ユリアーナ殿下、ゲオルグも一緒でいいですか?」
「ゲオルグ殿はお誘いしたい方はいないのですか?」
ユリアーナ殿下に言われてゲオルグ殿が周囲をきょろきょろと見まわしている。
「ナターリエ嬢、お茶をご一緒しませんか?」
「わたくしですか? マリア様とお兄様とお茶をするつもりだったのですが……」
「それでは、マリア嬢とオリヴァー殿とご一緒しましょう」
お茶会に慣れていないとは思えない様子でゲオルグ殿はナターリエ嬢を誘っている。ナターリエ嬢とゲオルグ殿とマリアとオリヴァー殿でお茶をすることになりそうだ。
「ゲオルグ、私から離れて行ってしまいました」
「弟とはそのようなものではないのですか?」
「ずっと一緒だったので、少し寂しいです」
「デニス殿にはわたくしがいますわ」
「そうですね。ユリアーナ殿下と親しくさせていただいて嬉しく思います」
ゲオルグ殿に置いて行かれたデニス殿をユリアーナ殿下が慰めていた。
フランツはレーニ嬢を誘い、マリアはオリヴァー殿とナターリエ嬢とゲオルグ殿とお茶をしている。
みんながこうして自立していくのだと思うと今更ながらに寂しい気もしたけれど、これまでと同じようにエクムント様はずっと一緒にいてくださるとエクムント様の手を取った。
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