50.ふーちゃん、九歳
ノエル殿下とノルベルト殿下の結婚式は本当に素晴らしかった。
わたくしもノエル殿下のような美しい花嫁になりたいと憧れてしまうくらいだった。
学園が始まればわたくしも六年生になって卒業の年になる。
わたくしも結婚する年になるのだ。
エクムント様はわたくしのお誕生日には間に合わなかったけれど、エクムント様のお誕生日に婚約指輪をくださった。その後でラピスラズリの文字盤の懐中時計もくださった。ワンピースも買ってくださった。
今年のお誕生日には結婚指輪を作る約束をしている。
ノエル殿下の結婚式を見るとわたくしはその日が待ち遠しくてたまらなくなっていた。
春休みの間にふーちゃんとクリスタちゃんのお誕生日もある。
今年はノルベルト殿下もノエル殿下もハインリヒ殿下もユリアーナ殿下も参加されるので、クリスタちゃんが嬉しそうにしていた。
「お姉様、見ていましたわよ」
「え!? 何をですか!?」
「お姉様ったら、国王陛下のお誕生日の式典で、エクムント様にケーキを食べさせてもらっていたでしょう!」
なんということでしょう!
みんなディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下に夢中で見ていないと思っていたのに、クリスタちゃんには見られていた。
「内緒にしてください。わたくしが先に冗談で差し出したらエクムント様が食べてしまって……エクムント様にお行儀の悪いことをさせてしまったととても反省しているのです」
「お姉様がそこまで言うのならば内緒にしておきますが……ハインリヒ殿下もあのようなことをしてくれないでしょうか……」
「クリスタちゃん!? それは望んではいけないことです」
「わたくしもハインリヒ殿下に食べさせてもらいたいし、食べさせたいのです!」
困ったことにクリスタちゃんの羨ましい癖が出てしまっている。
クリスタちゃんはわたくしとエクムント様のことをよく見ていて、わたくしとエクムント様がすることを羨ましがってハインリヒ殿下に求める癖があるのだ。
レーニちゃんに注意されてからその癖も治まったと思っていたのに、レーニちゃんのいないところでは存分に発揮してしまっている。
「クリスタちゃん、あれはお行儀の悪いことです」
「分かってますわ、お姉様」
「ハインリヒ殿下にお願いしては絶対にいけません」
「はぁい」
部屋の窓越しに見たちょっと唇を尖らせているクリスタちゃんは、とても納得している表情とは言えなかった。
わたくしはこれ以上どう言えばいいのだろう。
ここにレーニちゃんがいてくれればいいのにとこんなにも願ったことはない。
ドレスの準備をすると、廊下ではエクムント様とハインリヒ殿下が待っている。
わたくしはエクムント様の手を取って、クリスタちゃんはハインリヒ殿下の手を取って廊下を歩きだした。
「お誕生日は、わたくしがフランツ殿をお迎えに来てもいいでしょう?」
「レーニ嬢、私をお迎えに来てくれたのですか!? とても嬉しいです」
男性が女性をエスコートするというイメージがあったが、今日はふーちゃんの部屋の前でレーニちゃんが待っていた。レーニちゃんに迎えに来てもらってふーちゃんは感激しているようだった。
「フランツ殿の婚約者として一緒にご挨拶をするために、早く来たのですよ」
「ありがとうございます、レーニ嬢。大好きです」
「わたくしもフランツ殿が大好きです」
手を繋いで歩いていくふーちゃんとレーニちゃんは仲睦まじい。
まーちゃんの部屋にはオリヴァー殿とナターリエ嬢が迎えに来ていたようだった。
オリヴァー殿に手を引かれ、ナターリエ嬢とも手を繋いでまーちゃんは嬉しそうに階段を下りていく。
大広間に行くと、お茶会の準備がされていた。
「フランツ殿、クリスタ嬢、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「ノエル殿下とノルベルト殿下はご結婚おめでとうございました」
「ありがとうございます。とてもいい式で、わたくし幸せでした」
ノエル殿下とノルベルト殿下に挨拶をされてふーちゃんとクリスタちゃんがお礼を言っている。
「フランツ殿、クリスタ嬢、お招きいただきありがとうございます」
「ユリアーナ殿下、お越しいただきありがとうございます」
「ユリアーナ殿下に祝ってもらえてとても嬉しいです」
ユリアーナ殿下もふーちゃんとクリスタちゃんに挨拶をしてくださっている。
「エリザベート嬢、お茶をご一緒しませんか?」
「はい、エクムント様」
エクムント様に誘われて、わたくしは軽食やケーキの乗っているテーブルに近寄って行った。相変わらずポテトチップスもスコーンとジャムもキッシュも何種類ものケーキもわたくしを誘惑してくるが、わたくしは一種類のケーキだけに絞ってお皿に乗せて、ミルクティーを持って食べる場所を探していた。
「よろしければテラスに出ませんか?」
「いい季節ですものね。テラスでお茶もいいかもしれません」
テラスに誘われてわたくしとエクムント様は二人きりになる。
エクムント様はミルクティーとサンドイッチを少しお皿に乗せていた。
テラスの椅子に座ってテーブルにお皿とカップとソーサーを置いてゆったりとお茶をしていると、エクムント様がフォークを握るわたくしの手首を掴んだ。乱暴ではなかったが、手が大きく力強いのでわたくしは少し驚いてしまう。
「前のようにはしてくれないのですか?」
「あ、あれは……誰も見ていないとエクムント様は仰いましたが、クリスタに見られていたのですよ」
「クリスタ嬢が見ていたのですか?」
「わたくし、あんなお行儀の悪いことをクリスタに見られてしまってとても恥ずかしかったです」
顔を赤らめるとエクムント様が手を放してくださる。エクムント様の顔を見れば、エクムント様も困っているようだった。
「まさか、見ているものがいるとは思いませんでした。エリザベート嬢には恥ずかしい思いをさせて申し訳なかったと思います」
「いいのですわ。わたくしから仕掛けたことですから」
「私が軽はずみに乗らなければよかったのです」
「エクムント様もそう思ってくださっているのならばいいのです」
もう次はないとわたくしがエクムント様に言おうとすると、エクムント様がわたくしの手を握って手首に口付ける。
「次は絶対に誰にも見られないところで」
「つ、次はありません」
「二人きりのときならばいいでしょう?」
甘く強請られるとわたくしも弱い。
エクムント様はどうしてこんなに顔がいいのだろう。
エクムント様の格好良さにわたくしがくらくらしていると、エクムント様はわたくしの手を指を絡めて握って囁いた。
「約束です」
「エクムント様ったら」
「二人きりで絶対に誰にも見られない場所で、エリザベート嬢は私にまたケーキを食べさせてくださいね」
私もエリザベート嬢に食べさせます。
エクムント様の言葉にわたくしは口を開閉するだけで何も言えなくなってしまう。
これは何というのだっただろうか。
もしかして、「あーん」とかいうのではないのだろうか。
子どもにするならともかく、わたくしも十七歳、エクムント様は二十八歳なのだ。こんな年でしていいのだろうか。
前世の記憶を探ってみれば、恋愛に全く縁がなかったわたくしだが、本で「あーん」をし合う恋人同士がいたことは知っていた。
貴族としてお行儀が悪いことは分かっているので、エクムント様も絶対に誰もいない場所でと限定しているのだろうが、それにしても、真面目にやると恥ずかしすぎる。
エクムント様がどれだけ望まれても、わたくしは照れなしにそれはできない気がしていた。
「食べ終わって落ち着いたら、踊りますか?」
ダンスのお誘いは嬉しくないわけがない。
エクムント様はファーストダンスからラストダンスまでわたくしのお相手をしてくださると宣言している。
「そうですね、踊りましょう」
答えると、エクムント様が微笑む。
この優しい微笑みをずっと見ておきたいとわたくしは思っていた。
これで十二章は完結です。
エリザベートの恋の様子、いかがでしたでしょうか。
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