46.ケーキの悪戯
国王陛下の生誕の式典のお茶会で、クリスタちゃんは王妃殿下から国王陛下に紹介されて正式な社交界デビューを果たす。
十二歳のときにハインリヒ殿下の婚約者となってから、王家の一員として催しに出るためにクリスタちゃんは仮の社交界デビューをしていたが、今回でそれが正式なものとなる。
昼食会からお茶会までの僅かな休憩時間に、普段ならばクリスタちゃんがふーちゃんとまーちゃんを呼んできてくれるのだが、今日はわたくしが呼びに行った。ディッペル家の部屋に行くとふーちゃんとまーちゃんがスーツとドレス姿で待っている。
「フランツ、マリア、お茶会の時間ですよ。参りましょう」
「エリザベートお姉様、今日はクリスタお姉様が社交界デビューなさるのですよね?」
「ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下のお披露目も行われるのですよね?」
「そうですよ。フランツとマリアはそれが楽しみだったのですか?」
「はい、そうです」
「そうなのです、エリザベートお姉様」
二人と一緒に歩いていると、エクムント様が大広間の入り口で待っていてくださった。ふーちゃんとまーちゃんは大広間に入るとすぐにレーニちゃんとオリヴァー殿のところに行ってしまう。
残されたわたくしにエクムント様が手を差し伸べていた。
「エクムント様、お待たせしました」
「エリザベート嬢、そろそろ始まりますよ」
大広間に国王陛下と王妃殿下が入ってきて奥の椅子に座る。
クリスタちゃんがその前に立った。
「国王陛下、クリスタ・ディッペル公爵令嬢です。今年十五歳になられました」
「国王陛下、王妃殿下、どうぞよろしくお願いします」
社交界デビューの儀式は、王妃殿下から国王陛下に紹介されて、国王陛下の前でカーテシーと呼ばれるお辞儀をして成立する。
クリスタちゃんは片足を下げて、スカートを摘まむようにしてお辞儀をした。
周囲から拍手が沸き起こる。
今年十五歳になった他の貴族たちも次々と呼ばれて、社交界デビューを果たしていた。
「クリスタのお辞儀の立派だったこと」
「エリザベート嬢とクリスタ嬢は本当に仲がいいですね」
「わたくし、クリスタがディッペル家に来てから、人生が変わったような気がするのです」
実際にわたくしの運命はクリスタちゃんをディッペル家で引き取ると決まってから変わっていた。それ以上に妹ができて、そのおかげか、わたくしを産んだことで母が死にかけて次の子どもを諦めていた両親がふーちゃんとまーちゃんを産むことを決意してくれたことが嬉しかった。
ふーちゃんもまーちゃんもわたくしにとってはかけがえのない大事な弟妹だった。
「ディッペル家のご家族は本当に仲がいいですからね。私もそのような家庭を築きたいと思っているのですよ」
「わたくしも両親のような夫婦が理想です」
「私たちならなれると思います。少し年は離れていますが」
「エクムント様は先ほど、年は関係ないと仰いました。今度はそれをわたくしが言う番ですね。年は関係ないのです。エクムント様とならば、いい夫婦になれると信じています」
わたくしが学園を卒業すればわたくしとエクムント様は二人で新しい家庭を築き上げるのだ。それは想像もできないことだが、両親のように仲睦まじく過ごしていけたらいいとわたくしは思っている。
「エクムント様」
「エリザベート嬢」
わたくしとエクムント様はしっかりと手を繋いでいた。
国王陛下がディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下のお披露目をする。ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下は乳母に抱かれて国王陛下の前に連れて来られていた。
「私の息子のディーデリヒと娘のディートリンデだ。息子は王妃そっくりで、娘は私にそっくりなのだ。王家の一員として今後よろしくお願いする」
ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下が紹介されると、拍手が巻き起こり、ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下のところにひとが集まっていく。人見知りをしているのであろうディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下が泣いている声が聞こえる。
「エクムント様、わたくしたちも参りますか?」
「ディーデリヒ殿下もディートリンデ殿下も今は泣いています。もう少し落ち着いてひとが少なくなってからにしませんか?」
「はい、分かりました」
「その間にお茶をしましょう」
給仕にミルクティーを持ってきてもらって、軽食やケーキの乗っているテーブルに向かう。王家のケーキは豪華で色んな種類があってどれも食べたかったが、わたくしは二個だけで我慢した。
エクムント様はサンドイッチとキッシュを取り分けていた。
「エクムント様はケーキを食べたくなることがないのですか?」
「若いころはケーキも食べていましたが、年齢が上がるにつれて、甘いものはそれほど食べないようになりましたね」
「美味しいですよ?」
冗談のつもりで一口ケーキをフォークで切ってエクムント様の口元に持っていくと、エクムント様は一瞬真剣な顔になってから、それをぱくんと食べてしまった。
「え、くむんと、様!?」
「確かに美味しいですね。エリザベート嬢の愛情がこもっていたからかもしれませんが」
そんなことを冗談めかして言うエクムント様は、わたくしが冗談のつもりで差し出したケーキを分かっていながら食べたに違いなかった。
こんなお行儀の悪いことをエクムント様にさせてしまったことと、エクムント様が食べたフォークでその後わたくしもケーキを食べなければいけないことに気付いて、わたくしは深く恥じらった。
「お行儀の悪いことをさせてしまって申し訳ありません」
「ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下に夢中で誰も見ていませんよ。こういうのも楽しいですね」
「エクムント様ったら」
「最初に仕掛けてきたのはエリザベート嬢でしょう?」
そう言われてしまうとわたくしは何も言えなくなってしまう。
心から謝罪するとエクムント様はそれを笑って許してくれた。
わたくしの手にエクムント様の口に入ったフォークがある。このフォークを使っていいものかわたくしは真剣に悩んでしまう。
「私、虫歯はありませんので」
「そういう問題ではありません」
「フォークを取り替えますか?」
「い、いえ……」
気にしていないふりをしてそのフォークでケーキを切って食べようとしても、なかなか口に運べない。もじもじとしているわたくしにエクムント様がわたくしの手からフォークを取った。
「どうぞ、エリザベート嬢」
「そ、そんな」
「誰も見ていませんよ。みんな、ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下に夢中です」
今度はわたくしが食べさせられる番になってわたくしは大いに慌ててしまう。
思い切って口を開けて食べると、エクムント様が笑っていた。
「エリザベート嬢は可愛いですね」
「エクムント様はちょっと意地悪です」
「すみません。エリザベート嬢が可愛かったのでつい」
その後は普通にケーキを食べられるようになったのだが、わたくしはエクムント様がわたくしの手からケーキを食べ、わたくしがエクムント様の手からケーキを食べたことがどうしても忘れられなかった。
ケーキを食べ終わって、ミルクティーも飲み終わると、ディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下の周囲からひとは少なくなっていた。
わたくしとエクムント様が歩み出てご挨拶に向かうと、国王陛下と王妃殿下が笑顔で迎えてくれる。
「さっきまで泣いていたが落ち着いたようだ。ディーデリヒとディートリンデを抱いてやってくれるか?」
「抱っこしてあげてくださいませ」
「喜んでさせていただきます」
「ディーデリヒ殿下もディートリンデ殿下も可愛いこと」
国王陛下と王妃殿下に言われて、わたくしがディーデリヒ殿下を、エクムント様がディートリンデ殿下を抱っこした。もうすっかり首も据わって腰もしっかりと据わっているディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下は縦抱っこができて、抱っこしていると周囲をきょろきょろと見まわしていた。
国王陛下と王妃殿下に目が合うと、両手を広げてそちらに体を傾ける。
「ディーデリヒ、私がいいのか」
「ディートリンデ、おいでなさい」
国王陛下と王妃殿下に抱かれたディーデリヒ殿下とディートリンデ殿下は満足げだった。
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