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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語
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44.服を贈る意味

 国王陛下の生誕の式典のために王都に向かったわたくしたちに列車を合わせて、エクムント様とは王都の駅で合流する。駅から王宮まではわたくしたちの馬車の後ろをエクムント様の馬車が見守りながら追いかけてくるような形になっていた。


 両親の事故以来エクムント様はディッペル家と時間を合わせて必ず一緒に行動してくださる。馬車のドアが開かなくなったときにもエクムント様がすぐに開かせてくれたし、両親とわたくしたちをヒンケル家の馬車に乗せてリリエンタール家まで連れて行ってくれたので、エクムント様がそばにいれば、不慮の事故が起きても安心なのではないかと思うことができた。


 今回、わたくしはエクムント様に買っていただいた空色のワンピースを持ってきていた。正式な場では着られないが、朝のお散歩のときには着られるだろう。

 コートやマフラーで隠れてしまっても、わたくしはエクムント様の前でエクムント様に買っていただいたワンピースを着たかった。


「お姉様、大変ですわ」

「どうしたのですか、クリスタちゃん」


 王宮の部屋に行くとクリスタちゃんが何か嬉しそうにわたくしを見つめている。わたくしは何事かと身を乗り出したが、クリスタちゃんはわたくしの耳に囁いた。


「読んでいた小説に書いてありました。男性が女性に服を贈るのは、『あなたを脱がせたい』という意味があるそうです」

「クリスタちゃん!? 何を言っているのですか!?」

「エクムント様はお姉様にワンピースを贈った。それはつまり……」

「クリスタちゃん!」


 エクムント様に限ってそんなことはない。ワンピースはわたくしがあまりに欲しがったから買ってくださったのだ。そんな意図はなかった。

 そう思うのに聞いてしまうと意識してしまう。


「そのようなことが書いてある小説を読むのはおやめなさい」

「だって、素敵なんですもの。わたくし、こんな物語のような恋愛をしたいのです」


 物語に憧れているクリスタちゃんだが、自分が『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』というこの世界の主人公であることを知らないのだ。わたくしにとってはクリスタちゃんが主人公で、わたくしは悪役の脇役だったのだが、クリスタちゃんはわたくしを物語の主人公のようだと言ってくる。

 その発言にはわたくしは困惑してしまった。クリスタちゃんこそがこの物語の世界の主人公なのだとわたくしだけは知っている。


「お姉様、わたくし、キモノが欲しいですわ。ガウンのように着るのです。読んだ小説にも出てきました」

「ノエル殿下にもプレゼントされていましたね」

「お姉様にはエクムント様がプレゼントしてくださるかもしれませんわ。わたくしには誰がプレゼントしてくださるのかしら」


 夢見るように語るクリスタちゃんはまだまだ夢見がちな十五歳の女の子だった。


 夕食を終えて部屋に帰ると、レーニちゃんも到着していた。わたくしが何か言う前にクリスタちゃんがレーニちゃんに報告する。


「お姉様、この前、エクムント様とデートされたんですよ。それで、夜空のような美しい懐中時計を贈られて、時計を贈る意味は『同じ時を生きたい』ということだと言われたのです」

「エクムント様はさすがですね。とてもロマンチックですわ」

「お姉様、レーニちゃんにも懐中時計を見せてあげてください」


 クリスタちゃんに言われてわたくしは懐中時計を取り出してレーニちゃんに見せる。

 ラピスラズリの文字盤に、十二時の位置に小さなダイヤモンドがはまっていて、金色の文字が彫られていて、きらきらとして星空のようだ。


「これは美しいですね。これは瑠璃ですか?」

「そうです、ラピスラズリです」


 ラピスラズリは瑠璃ともいうのだと知っていたのでわたくしはレーニちゃんに答えた。


「ここに、永遠を意味するダイヤモンドもはまってるのですよ」

「クリスタちゃんはまた悪い癖が出たのではないですか?」

「え?」

「あまり羨ましがってはいけませんよ。エクムント様はエクムント様、ハインリヒ殿下はハインリヒ殿下ですからね」


 レーニちゃんに言われて、心当たりがあったのかクリスタちゃんが黙ってしまっている。こうやってレーニちゃんに自慢のようなことをするあたり、クリスタちゃんは心のどこかで羨ましいと思ってしまっていたようだ。


「レーニちゃんには敵いませんね。わたくし、もっと気を付けますわ」

「そうしてくださいませ」


 レーニちゃんはやはり頼りになると思わずにはいられない瞬間だった。


 翌朝はふーちゃんとまーちゃんとデニスくんとゲオルグくんに起こされた。

 わたくしはエクムント様からいただいたワンピースを着たが、コートを着ると隠れてしまう。

 エクムント様と庭で合流すると、わたくしはエクムント様に囁いた。


「いただいたワンピースを着ているのです。コートで隠れてしまっていますが」

「それは嬉しいですね。エリザベート嬢は本当にお似合いでした」

「ありがとうございます。あの、エクムント様、男性が女性に服を贈る意味というのをご存じでしたか?」


 勇気を出して聞いてみると、エクムント様は首を傾げている。


「よく知りませんが、何か問題がありましたか?」

「いいえ、なんでもないのです。忘れてください」


 『あなたを脱がせたい』だなんて大胆な言葉をわたくしは口に出せるはずがなかった。エクムント様はこの反応だと本当に知らないようだ。知らないのならば知らせずにいていい気がする。


「懐中時計も大事に使っています。そういえば、このワンピース、ポケットがあったのです。それで、わたくしやクリスタやマリアのワンピースやドレスに全部ポケットを付けてもらいました」

「女性の服にはポケットがなかったのですか」

「そうなのです。それでいつもバッグを持ち歩かなければいけなくて不便でした。小さなポケットですが、懐中時計くらいは入るので、いつも持っていようと思います」

「私も懐中時計をいつも身に着けています。同じですね」


 エクムント様に言われてわたくしは頬を押さえる。


「エクムント様、懐中時計を贈ってくださったときに仰った『同じ時を生きたい』というお言葉……」

「あれは私の本当の気持ちです」

「わたくしも同じです。エクムント様とずっと同じ時を生きたいと思っております」

「そういってもらえると嬉しいです」


 手を取り合うわたくしとエクムント様の向こうでふーちゃんとまーちゃんとデニスくんとゲオルグくんとユリアーナ殿下とナターリエ嬢が雪合戦をしている声が聞こえるが、今は全く気にならない。

 クリスタちゃんの視線も感じるが、気にならないことにする。


 部屋に戻ると、クリスタちゃんがわたくしに話しかけてきた。


「お姉様、朝からエクムント様といい雰囲気でしたわね」

「お話をしていただけですわ」


 プロポーズのお返事をしていたなどと言えるわけがない。

 そうなのだ。

 わたくしは今さっき、ついにプロポーズのお返事をしたのだ。

 赤面するわたくしにクリスタちゃんは何か言いたそうにしていたが、朝食から戻ってきたレーニちゃんの目が合ったのでそれ以上は追及してこなかった。


「今日のドレスは辺境伯領の紫の布のものですか?」


 ドレスの準備をするレーニちゃんに聞かれてわたくしは「そうですわ」と答える。


「わたくしは赤いドレスにしました。髪の色と合っていると両親が勧めてくれたのです」

「レーニちゃんは赤なのですね」

「わたくしは薄いピンクです」


 それぞれのドレスに着替えて昼食会の準備をする。

 今日はクリスタちゃんが王妃殿下から国王陛下に紹介されて、正式な社交界デビューを果たす日でもある。

 クリスタちゃんにとっては特別な日なのだ。


「クリスタちゃん、今日は頑張ってくださいね」

「応援しています」


 わたくしとレーニちゃんの声援に、クリスタちゃんは「ありがとうございます」と言って微笑んだ。


読んでいただきありがとうございました。

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