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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語
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43.小説の主人公のように

「お姉様、お帰りなさいませ。昼食を食べたら、エクムント様とのデートのお話をしっかりと聞かせていただかないと!」


 ディッペル家に帰るとクリスタちゃんが待ち構えていた。

 デートと言われてしまうとその通りなのだがちょっと恥ずかしくなってしまう。

 エクムント様とデートしてきたのだと思うと頬が熱くなる。


「クリスタ、わたくしのことはどうでもいいでしょう? ハインリヒ殿下はハインリヒ殿下、エクムント様はエクムント様、フランツはフランツと、比べないことにしたのでしょう?」

「比べるために聞くのではありませんわ。わたくしがお姉様の幸せな話を聞きたいだけなのです」


 そう言われてしまうと無碍に断るのも悪い気がしてくる。

 昼食を食べた後にクリスタちゃんはわたくしの部屋に来た。まーちゃんも来たがっていたが、レギーナに止められて、子ども部屋でシロとクロと遊んでいるようだ。

 大人の恋愛の話なのでまーちゃんには少し早かっただろう。


「どこに行ったのですか?」


 クリスタちゃんの問いかけにわたくしは思い出す。

 最初に馬車が着いたのは大きな宝飾店だった。


「宝飾店に参りました」

「宝飾店に? 辺境伯領にはコスチュームジュエリーがありますのに」

「ジュエリーを買いに行ったのではありません」

「何を買いに行ったのですか? 教えてください」


 自慢するつもりはなかったけれど、クリスタちゃんに聞かれればわたくしは男性のものより二回りほど小さい懐中時計を取り出す。懐中時計には金色の蓋がしてあって、上のボタンを押して蓋を開けるとラピスラズリの文字盤の十二時の位置に小さなダイヤモンドがはめ込んである。文字も金色で彫ってあって、ラピスラズリによく合って夜空のように煌めいている。


「エクムント様とお揃いの懐中時計をいただきました。注文されていたそうです」

「文字盤が夜空のようでとても素敵です」

「ラピスラズリを使っていて、十二時のところには小さなダイヤモンドをはめているそうです」

「なんて美しいのでしょう。さすがエクムント様ですね」


 懐中時計をじっくりと見ながらクリスタちゃんが感嘆のため息をついている。わたくしも懐中時計の見事さには感動していたが、それ以上にその後に言われた言葉を強く思い出していた。


「時計を贈るのには意味があるのだとエクムント様は仰いました。同じ時を生きたいという意味が」

「まぁ! それはプロポーズではありませんか!」

「そ、そうですよね? わたくし、プロポーズをされたのですよね」


 クリスタちゃんの言葉にハッとしてわたくしは胸を押さえる。今更ながらに心臓が高鳴ってきている。


「お姉様はどう答えたのですか?」

「ありがとうございますとしか言えませんでした」

「お姉様ったら!」

「プロポーズだなんて気付いていなかったのですもの」


 言われてみればあれはプロポーズだったのではないだろうか。

 結婚することは決まっているが、プロポーズされたいと常々クリスタちゃんが言っていた。それをわたくしはしてもらっていた。

 あまりのことに驚いてしまうわたくしにクリスタちゃんがため息をつく。


「お姉様らしいと言えばお姉様らしいのですが」

「呆れないでください」


 笑われてしまったが、わたくしも気付かなかったのは確かなので一緒に笑うしかなかった。

 わたくしが気付かなかったことに、もしかしてエクムント様はがっかりされたのだろうか。いや、そういうことは気にしない方だと思っていた。例えわたくしがプロポーズに気付かなくてもエクムント様はまたプロポーズしてくれる。そんな信頼感がわたくしにはあった。


「それからどこに行ったのですか?」

「小さなお店に行きました。そこは髪飾りなどを売っているお店のようでしたが、わたくしは入り口のトルソーに飾られたワンピースから目を離せなくなってしまったのです」


 あのワンピースは本当に美しかった。


「ワンピースが気になって堪らないわたくしのために、エクムント様は試着をしてみるように勧めてくださったのです」

「試着をしてみてどうでしたか?」

「体にぴったりで、ますますそのワンピースが欲しくなったのですが、わたくしは持ち合わせがなかったのです」


 公爵家の娘なのでわたくしは気軽に出かけられる身分にはない。

 出かけることがないのでお金を持ち歩く風習がなかったのだ。

 ワンピースを買うにはお金がいる。わたくしにはお金がなかった。


「それは失敗しましたね」

「そうなのです。次からエクムント様とお出かけするときにはある程度お金を持っていかねばならないと学びました」

「でも、エクムント様はそんなお姉様を放っておくような方ではなかったのでしょう?」

「そうなのです。わたくしがワンピースを脱いで試着室から出たら、お会計は済んでおりますと言われました」


 なんてスマートにエクムント様はわたくしにワンピースを買ってくれたのだろう。今思い出しても感動しかない。


「それは素敵。ワンピースはお姉様のものになったのですね」

「そうなのです。わたくし、嬉しくて……」


 胸を押さえるわたくしにクリスタちゃんもにこにこしている。


「ワンピース、着てみてくださいますか?」

「クリスタちゃん、見てください」


 包みを広げて、ワンピースを着て見せると、クリスタちゃんは水色の目を丸くしている。


「これまでになかったタイプのワンピースですね。裾も少し短めで」

「活動的でいいと思いませんか?」

「とてもお似合いです。素敵ですわ、お姉様」


 クリスタちゃんに褒められてわたくしはワンピースを着たまま一回転する。

 ふわりとスカートが翻った。


 試着したときには気付かなかったが、ワンピースには小さな隠しポケットがあった。

 懐中時計を入れるのにぴったりのポケットだ。


「ワンピースにポケットを付けることができるのですね」

「これは素晴らしい発見です。わたくしもワンピースのときにポケットがないのは困っていました。今持っているワンピース全部にポケットを付けてもらうようにしましょう」

「それはいい考えですねクリスタちゃん」


 ワンピースのポケットは前身頃と後見頃の合わせ目についていた。ベルト通しにチェーンを引っかけてポケットに懐中時計を入れるとちょうどいい。

 わたくしがポケットの使い心地を試していると、クリスタちゃんが両手を組んでうっとりとしている。


「同じ時を生きたいと言われて、ラピスラズリの文字盤に永遠を誓うダイヤモンドの付いた懐中時計をもらうだなんて、お姉様は小説のヒロインのようですわ。いいえ! ヒロインなんかじゃない! もう主人公です!」


 クリスタちゃんの言うことにわたくしは目が丸くなってしまった。

 この世界は『クリスタ・ノメンゼンの真実の愛』という長く続くシリーズのロマン小説の世界で、その世界の主人公はクリスタちゃんそのひとなのに、そのクリスタちゃんから物語の主人公などと言われてしまっている。


「わたくしは、主人公ではないのではないでしょうか」

「いいえ、絶対主人公です! お姉様とエクムント様ったら素敵なんですもの」


 夢見るように言っているクリスタちゃんに、あなたが小説の主人公なのですよなどということはとても言えなかった。


 クリスタちゃんと語り合ってから、わたくしとクリスタちゃんは両親のところに行った。

 両親に今日のことを伝えておかねばならないからだ。


「エクムント様から懐中時計をいただきました。ワンピースも買っていただいて」

「そのワンピースには隠しポケットがあったのです。わたくしのワンピース全部に隠しポケットを付けてほしいのです」

「わたくしのワンピースにもポケットが欲しいです」


 今日の報告とワンピースのポケットのことを言えば、両親は話を聞いてくれる。


「ポケットが必要ならばつけさせよう」

「エリザベートは楽しい時間をすごせたようでよかったですね」


 わたくしとクリスタちゃんの要望も通って、子ども部屋の前を通って部屋に帰ろうとするとふーちゃんとまーちゃんが飛び出してきた。


「エリザベートお姉様、新しいワンピースですか?」

「とても素敵ですね」

「このワンピースにはポケットがあるのです」

「そうなのですか、クリスタお姉様? わたくしのワンピースにもポケットが欲しいです」


 ポケットを欲しがるまーちゃんにクリスタちゃんがつんっと鼻を突いて囁く。


「まーちゃんもお父様とお母様にお願いしてみればどうですか?」

「はい! わたくし、行ってきます!」


 元気いっぱい手を上げてまーちゃんが両親のところに走って行く。

 それを見送りながらわたくしとクリスタちゃんは部屋に戻った。


 部屋に戻ってワンピースを着替えると、懐中時計を忘れないようにポケットから出しておく。間違えて洗濯してしまっては泣いても泣ききれない。


 エクムント様との楽しいお出かけを思い出しながら懐中時計を握り締めて、エクムント様は今頃列車の中にいるのかとわたくしはエクムント様のことを考えていた。


読んでいただきありがとうございました。

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