36.公爵家の矜持
冬休み前の試験では、六年生はノルベルト殿下が首席で、五年生はわたくしとハインリヒ殿下は同点で首席で、四年生はクリスタちゃんとレーニちゃんが同点で首席で、三年生はリーゼロッテ嬢が首席だった。ミリヤムちゃんとオリヴァー殿もいい成績を修めていた。
冬休みがいつもよりも早まっているのは、ノエル殿下のお誕生日があるからだ。
ノエル殿下のお誕生日をこの国で祝うために、学園は去年よりも早く冬休みに入った。
ノエル殿下のお誕生日は今年は王宮で祝われる。
来年からはノルベルト殿下と結婚して、新しくアッペル大公としてノルベルト殿下がアッペル大公領をいただいて、そこで祝われることになるだろう。
冬休みに入るとわたくしもクリスタちゃんも急いでディッペル領に帰っていた。ノエル殿下のお誕生日のための準備をしなければいけない。
クラリッサに爪を塗ってもらって、ドレスも用意して、靴も新しいものを用意して、わたくしとクリスタちゃんが準備をしていると、ふーちゃんとまーちゃんも王都に行く準備をしていた。
まーちゃんは爪を塗ってもらって、レギーナに荷物を詰めてもらっている。ふーちゃんは自分でも荷物を詰めているが、ヘルマンさんが忘れ物がないか確認していた。
両親も荷物を用意して、馬車二台に分かれて乗って、列車に乗り換えて、王都の駅からはエクムント様と待ち合わせをして、エクムント様の馬車が見守ってくださる中、わたくしたちは王宮に入った。
「エリザベート嬢、明日の朝はお散歩をされますか?」
「すると思います。しますよね、フランツ、マリア?」
「したいです!」
「ナターリエ嬢を誘うのです!」
馬車を降りるとエクムント様が駆け寄ってきてわたくしに声を掛けてくださる。エクムント様の手を握ってわたくしは返事をした。エクムント様はコートを着ていて、襟を立てていた。わたくしもふわふわのコートを着ていた。
わたくしの髪に、肩に降り積もる雪を、エクムント様が大きくて暖かい手で払ってくれた。
王宮の部屋はいつもの通り、レーニちゃんと一緒だった。
リリエンタール家もレーニちゃんだけが年頃の女の子なので、一人部屋にするわけにもいかないので、ディッペル家のわたくしたちと一緒の部屋にするように頼んでくれているのだろう。
先に来ていたレーニちゃんはドレスをクローゼットにかけていた。
「ドレスに少し皴が寄ってしまったようです。アイロンをお願いしましょう」
「わたくしのドレスも皴が寄ってしまったかもしれません」
「エリザベート嬢も一緒にお願いしましょうね」
今からアイロンをお願いしておけば明日の昼食会には間に合うだろう。
レーニちゃんも綺麗に爪を塗っていて、わたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんは爪を見せあった。
「わたくしの家のネイルアートの技術者は、爪に絵を描くことができるのです」
「わたくしの家の技術者にもお願いしてみようかしら」
「してみたらいいですよ」
爪に花の絵をかいてもらったわたくしがレーニちゃんに言えば、レーニちゃんは爪に絵をかいてもらうことに乗り気のようだった。
「そういえば、エリザベートお姉様に絡んできたローゼン寮の女子生徒たちは、全員退学になったようですよ」
「そうだったのですね。興味がないから気にしていませんでした」
「婚約者も退学になったそうです」
「あんな方と婚約していたから……いえ、そもそも、その方がわたくしをダンスに誘ったのがいけなかったのですよね」
「最初から素行のよくない生徒たちだったのですよ。ミリヤムちゃんを苛めていたでしょう」
あのときに退学にならなかったのが信じられない。
レーニちゃんは、ノエル殿下のお茶会のことは知らないはずだが、もしかすると噂で聞いているのかもしれない。ため息をついて呟くレーニちゃんに、わたくしも同感だった。
夜はぐっすりと眠って、早朝に元気な声で起こされる。
「エリザベートお姉様、クリスタお姉様、おはようございます!」
「お散歩に行きましょう!」
ふーちゃんとまーちゃんだ。
「お姉様、お散歩に行きましょう!」
「わたしもいきたいです」
デニスくんとゲオルグくんもいる。
洗面を終えて支度をして廊下に出ると、ふーちゃんがさっとレーニちゃんの手を握る。デニスくんとゲオルグくんは二人で手を繋いでいる。
まーちゃんは外に出るまではわたくしと手を繋いでいたが、外でナターリエ嬢とオリヴァー殿が待っているのを見ると、手を解いて走って行ってしまう。
ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下、エクムント様もいた。
「ユリアーナ殿下、女の子組の強い味方、ナターリエ嬢が来ました」
「よろしくお願いします、ナターリエ嬢! 雪合戦をしたことはありますか?」
「いいえ、わたくし、初めてです」
「それでは作戦を練りましょう!」
ユリアーナ殿下とまーちゃんとナターリエ嬢で作戦を練っている女の子組に負けまいと、デニスくんとゲオルグくんとふーちゃんで作戦を練っていた。
「エクムント様、審判をしてください!」
「エクムント様なら、よく見ていてくださるでしょう」
審判に選ばれたのはエクムント様で、賑やかな雪合戦の様子を見ながら点数をつけていく。
「今、マリア嬢に当たりましたね。男の子組はフランツ殿が狙われています」
「どっちを応援していいのか分かりませんわ」
「わたくしは男の子組を応援します」
ふーちゃんとまーちゃんが分かれてしまっているので、どっちを応援するか悩むわたくしに、レーニちゃんは男の子組を応援すると決めたようである。
「ユリアーナ、頑張れ!」
「ナターリエ、当てなさい!」
ハインリヒ殿下とオリヴァー殿はそれぞれの妹を応援している。
雪合戦の結果は、引き分けとなった。
「初めての雪合戦はどうでしたか?」
「とても楽しかったです。またやりたいです」
「明日の朝も集まってしませんか?」
まーちゃんがナターリエ嬢に感想を聞いて、明日の朝も誘っていた。
「オリヴァー殿、雪合戦をしたことはありますか?」
「いいえ。辺境伯領は雪が降りませんので」
「人数が集まったら、オリヴァー殿と雪合戦をしてみたいですね」
「大人の本気の雪合戦ですか!?」
「それもいいではないですか」
ハインリヒ殿下とオリヴァー殿は本気の雪合戦をしたいという話をしているようだ。それはそれで見どころがあるのではないだろうか。
雪の積もった外に立っていたのですっかり体が冷えてしまって、わたくしは部屋に帰ると震えていた。
朝食の温かい紅茶を飲んで、やっと震えが収まる。
クリスタちゃんも寒かったようだ。
「体を動かす子どもたちは暖かそうですが、見守るわたくしたちは寒いですね」
「クリスタ、風邪を引いていませんか?」
「大丈夫です。お姉様は?」
「わたくしも大丈夫だと思うのですが」
それでも底冷えのするような寒さは抜けないわたくしに、母が給仕に蜂蜜を持ってこさせた。瓶の中で琥珀色に輝く蜂蜜の中には生姜が入っている。
「紅茶にこれを溶かして飲むと温まりますよ」
「ありがとうございます、お母様」
「わたくしもいただきます」
紅茶の中に生姜入りの蜂蜜を入れて飲むと体が暖かくなってくる。
「そういえば、学園でローゼン寮の生徒が退学になったそうですね」
「その方は、婚約者がお姉様のお誕生日にお姉様をダンスに誘ったことを根に持って、ローゼン寮の友人に嫌味を言わせていたのです」
「わたくしのことを何か言われたとか?」
「そうなのです。それでつい、その方たちをお茶に招くようなことをしてしまいました」
お茶会に招くというのはある意味決闘をするようなものだった。
男性同士だと決闘騒ぎになるのかもしれないが、女性同士だと全く違う対応になる。
「丁重におもてなしして差し上げました。最高の紅茶とお茶菓子で」
あれが学園生活最後のお茶会になるのだったら、最高のマナーでおもてなしするのも悪くはなかっただろう。
「エリザベート、公爵家の娘としての矜持を守れましたか?」
「はい、お母様」
それだけはわたくしは胸を張って言えることだった。
読んでいただきありがとうございました。
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