34.両親の思い
晩餐会ではわたくしとエクムント様は食事を終えた後大広間に移動して、踊りの輪に入って踊った。
エクムント様のリードで踊るのはとても心地よい。ダンスはわたくしも好きだし、音楽に合わせて体を動かしていると心が解放されるような気がした。
ダンスを終えて一息ついていると、エクムント様が小さな箱を取り出した。
ビロードのその箱をエクムント様がわたくしの目の前で開ける。
「エリザベート嬢のお誕生日に渡すつもりでしたが、出来上がりが遅くなって今日になってしまいました」
「これは、指輪?」
「婚約指輪です」
美しくカットされたダイヤモンドの両脇に小さなサファイアが飾られている婚約指輪にわたくしは泣きそうになってしまう。
エクムント様がそっとわたくしの手を取って左手の薬指にはめてくれた。
きらきらと輝く婚約指輪にわたくしは感動してしまう。
「ありがとうございます。大事に致します」
「ダイヤモンドは永遠を意味して、サファイアはエリザベート嬢の誕生石だったので、このデザインにしました」
「嬉しいです」
指輪のはまった手をわたくしは胸に抱いていた。
指輪を付けてもらった後で、両親がわたくしとエクムント様のそばにやってくる。
「婚約指輪をもらったのですね。エリザベートはもう辺境伯家に嫁いだような気分になってしまいますね」
「少し気が早いですわ。エリザベートは学園を卒業してから嫁ぐのです」
「それは分かっているけれど、親として寂しい気持ちもあるのです」
両親に言われてわたくしはずっと今日はエクムント様と一緒で、両親には挨拶のときに顔を合わせたくらいだったと思い出す。
朝食は一緒に食べたのだが、それくらいだ。
「お父様、お母様、わたくしはまだ辺境伯家には嫁いでおりません。まだまだお父様とお母様のお世話になりますわ」
「可愛いエリザベート。あなたを手放す日が近付いていると思ってしまうのですよ」
「私たちの元から巣立っていくのは喜びですが、親として寂しさもあるのは許してください」
わたくしのことを唯一の子どもとして育てるつもりだった両親。ディッペル家の後継者としてわたくしはディッペル家の唯一の子どもであったはずなのに、そこにクリスタちゃんが増え、ふーちゃんとまーちゃんが生まれ、わたくしはディッペル家の後継者ではなくなった。
ディッペル家の後継者として長くそばにいられると思っていた両親からしてみれば、わたくしとの別れはあまりにも早いのかもしれない。それでも、お互いに生きているのだし、永遠の別れではない。辺境伯領とディッペル領で離れるとしても、わたくしと両親はすぐに会えるのだ。
それに両親も気の早いことを言っているが、まだ再来年まで時間はある。
「お父様、お母様、そばにいる間はわたくし、親孝行致します」
「そんなことはしてくれなくていいのですよ」
「子どもが健康に育ってくれること。可愛い姿を見せてくれること。それで十分親孝行になっているのです」
「子どもは五歳までの間にその可愛さで一生分の親孝行をしてくれると言います」
「エリザベートも十分親孝行をしてくれました」
わたくしはそんなことを言われるとは思わなくて驚いてしまった。
五歳までの間に可愛さで一生分の親孝行をしているという両親の考え方は素敵だと思う。わたくしも両親を見習いたいと思っていた。
「お姉様、エクムント様、お父様とお母様とお話ししていたのですね」
「どうしましたか、クリスタ嬢?」
「わたくし疲れてしまって。そろそろお先に失礼しようと思っていたのです」
「それでは、エリザベート嬢も一緒に連れて行ってくださいますか?」
「エクムント様、わたくしは最後まで残ります!」
「それは、辺境伯家に嫁いでからお願いします。まだエリザベート嬢は十七歳なのです。無理をさせたくない」
エクムント様はわたくしの体調まで気にしてくださっていた。
わたくしはエクムント様にお辞儀をしてクリスタちゃんと一緒に部屋に下がることにした。
踊ってもいたし、昼食会の間もお茶会の間も晩餐会の間も座る暇はなかったので、もう足が限界だったのだ。
部屋に戻って靴を脱いでふくらはぎを揉んでいると、クリスタちゃんも真剣な表情で足を揉んでいる。
部屋に戻ってきたレーニちゃんが着替えながらわたくしとクリスタちゃんに聞いてくる。
「そんなに足が疲れるほど踊ったのですか?」
「わたくしはエクムント様と何回か踊りました。それより、昼食会もお茶会も晩餐会も一度も座らなかったので、足が痛くなってしまいました」
「そうだったのですね。エリザベートお姉様、お疲れ様です」
「わたくし、ハインリヒ殿下に誘われるままに、ずっと踊っていたのです。踊っているときは楽しくて、足の痛みなど忘れていたのですが、靴が少し小さくなっていたようです。新しいものに買い替えなければいけませんわ」
わたくしは踊りすぎたというほどではないが、クリスタちゃんは小さな靴で踊りすぎてしまったようだ。
「バスタブに湯を張らせましょう。お湯の中で揉むといいと聞きますわ」
「そうしましょう。レーニちゃん、ありがとうございます」
「わたくしも早くふーちゃんと踊れるようになりたいですわ」
そうだった。
レーニちゃんはまだふーちゃんが晩餐会に出られないので、一緒に踊ることができないのだ。お茶会で踊ってもいいのだが、ダンスはやはり晩餐会が盛り上がる。
「レーニちゃんは踊っていないのですか?」
「わたくしはふーちゃんが十五歳になるまでは踊りません。他の方と踊るだなんてとんでもないですわ」
きっちりとふーちゃんとしか踊らないと決めているレーニちゃんに、姉としてわたくしは安心していた。
「ふーちゃんの婚約者がレーニちゃんでよかったです」
「わたくしもふーちゃんのことが可愛くて大好きですからね」
可愛いと思っているふーちゃんがいつか、レーニちゃんに格好いいと思われるようになるのだろうか。
「ふーちゃんはあの年でもわたくしのことを情熱的に愛してくれます。その愛が大人になったときにどれほどの熱量になっているかを考えると、わたくしはとても楽しみなのですよ」
しつこいほど送られてくる詩も、手紙も、レーニちゃんはふーちゃんの愛情として受け取っている。それを考えると、レーニちゃんがふーちゃんの相手でよかったとわたくしは何度でも思わずにはいられなかった。
部屋で休んで、翌朝はふーちゃんとまーちゃんとデニスくんとゲオルグくんに起こされて、ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下とエクムント様もご一緒に庭を散歩した。
昨晩の晩餐会は遅くまで続いていたので、遠くから来た貴族は辺境伯家に泊まったのだ。辺境伯領から来ていたシュタール家のオリヴァー殿とナターリエ嬢は自分たちの屋敷に帰っていた。オリヴァー殿とナターリエ嬢がいなくて、まーちゃんは少し寂しそうだった。
お散歩を終えるとわたくしとクリスタちゃんは両親とふーちゃんとまーちゃんの部屋で朝食を取って、レーニちゃんはリリエンタール公爵夫妻とデニスくんとゲオルグくんの部屋で朝食を取って、ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下はノルベルト殿下と同じ部屋で朝食を取りに戻った。
朝食の後は貴族たちのお見送りになる。
わたくしの仕事はお見送りまで入っている。
綺麗なワンピースを着て、エクムント様の隣りで遠方から来た貴族たちを見送る。
わたくしが主催側に回っているので、クリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんと両親も辺境伯家に残っていた。
初めにハインリヒ殿下とユリアーナ殿下の乗る馬車が用意される。
ハインリヒ殿下はクリスタちゃんに話しかけたそうにしていたが、パーティーの主催は辺境伯家なのでエクムント様にご挨拶をする。
「楽しい時間をありがとうございました。ユリアーナも喜んでいます」
「とても素敵なお茶会でした。また辺境伯領に来たいです」
「喜んでいただけて何よりです。またおいでください」
「ハインリヒ殿下もユリアーナ殿下もありがとうございました」
ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下の次は、ノルベルト殿下とノエル殿下の馬車が用意される。
「料理も素晴らしく、豪華なパーティーでした」
「次はわたくしのお誕生日にいらしてくださいね」
「喜んで伺わせていただきます」
「ノルベルト殿下、ノエル殿下、ありがとうございました」
続いてリリエンタール家の馬車が用意されて、次々と貴族たちの馬車が用意されて、貴族たちが帰っていく。
貴族たちが全員帰るころには昼食の時間になっていた。
「エリザベート嬢、昼食を食べて帰られますよね?」
「よろしいのですか?」
「ぜひ」
エクムント様に誘われてわたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんと両親は昼食の席に着いた。
「昨日の昼食会と同じメニューで、クリスタ嬢とディッペル公爵夫妻は申し訳ないのですが、エリザベート嬢もフランツ殿もマリア嬢も食べていないので」
「気になさらないでください。美味しいお料理は何度食べても美味しいですわ」
「エリザベートとフランツとマリアのためにありがとうございます」
「よかったですね、エリザベート、フランツ、マリア」
食べたかった昼食会の料理が運ばれてくる。前菜も、スープも、お魚料理も、お肉料理も、昼食会のものと全く同じだ。
デザートまで食べ終えてわたくしはものすごく満足していた。
「エクムント様、ありがとうございました」
「エクムント様、私も昼食会に出た気分です」
「昼食会ではこんな美味しいものを食べているのですね」
ふーちゃんもまーちゃんも嬉しそうで、わたくしはエクムント様の計らいにとても感謝したのだった。
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