32.庭のダリアの茂み
ユリアーナ殿下のお誕生日が終わると、慌ただしく辺境伯家にわたくしとクリスタちゃんとふーちゃんとまーちゃんと両親は向かう。
これがわたくしの夏休み最後の行事、エクムント様のお誕生日である。
エクムント様は辺境伯で地位が高いので、昼食会からお茶会、晩餐会までお誕生日に組み込まれている。
わたくしはエクムント様の婚約者として参加しなければいけないので、主催者側の席に着かなければいけない。
緊張するし、料理に手を付けることなく挨拶をしている間に下げられてしまうのは悲しいし、大変なのだが、それでも辺境伯の妻となればこれが当然のこととなる。
前日から辺境伯家に泊まることにして、辺境伯家に行くと、エクムント様が夕食の前にわたくしの部屋を訪れた。
わたくしの部屋はわたくしとクリスタちゃんしかいない。ふーちゃんとまーちゃんは両親と一緒の部屋に泊まっている。
「エリザベート嬢、少し庭を散歩しませんか?」
「はい、エクムント様」
エクムント様に手を引かれて庭に出ると、辺境伯領の暑さも和らいでいた。風が吹くと涼しく、咲いている花も夏のものから秋のものへと移り変わっている。
南国の名も知らぬ花々を見て、わたくしはエクムント様と一緒に緑が茂る場所に出た。
「国王陛下から皇帝ダリアは譲ってもらえなかったのですが、違う種類のダリアを譲ってもらったのです。エリザベート嬢はダリアが好きだったでしょう? この庭にも植えてみました」
植えたばかりで花は咲いていないが、その茂みがダリアだと聞いてわたくしは嬉しくなる。
「何色のダリアが育つのでしょう?」
「紫色とピンクのダリアですね」
「わたくし、どちらもとても好きですわ」
わたくしのためにエクムント様が植えてくれたダリアは、どんなお祝いよりもわたくしの誕生日お祝いとして嬉しいものだった。
「エクムント様からこんな素敵な贈り物をいただいたのに、わたくしはお礼もできません」
「エリザベート嬢はそんなこと気にしなくていいのですよ。エリザベート嬢がお祝いに来てくれるだけで私にとってはこの上なく嬉しいのです」
手を取ってエクムント様がダリアの茂みの前に設置されているベンチに座る。わたくしもエクムント様と一緒に座った。
「エリザベート嬢、ディッペル家では公爵とテレーゼ夫人のお誕生日を一緒に祝っていますね」
「クリスタとフランツのお誕生日も一緒に祝っています」
「私とエリザベート嬢も結婚したら、誕生日を一緒に祝うのはどうでしょう?」
エクムント様とわたくしのお誕生日は日付的にとても近い。同じ月の中にあるので、一緒に祝うという提案はとても合理的だった。
「それで、辺境伯家も節約ができますね」
「ディッペル家も節約を考えているのでしょう?」
「そうなのです。お誕生日を別々に祝うとなるとどうしても出費がかさみますからね」
説明しているとエクムント様がじっとわたくしを見つめている。
「私はそれだけでなく、最愛の妻と一緒に誕生日を祝いたいというのもあるのですがね」
「最愛の妻!?」
「少し気が早いですが、再来年、エリザベート嬢が学園を卒業したら、私と結婚することは決まっています」
「そ、そうです」
「エリザベート嬢を早く辺境伯領にお迎えしたいと気が急いているのかもしれません」
「わたくしも、早くエクムント様の妻になりたいです」
燃えるように熱い頬を押さえながら呟くと、エクムント様がわたくしの頬に手を添えてくる。
これはもしかして口付けではないだろうか。
ぎゅっと目を閉じて待っていると、エクムント様の唇がわたくしの頬に触れた。
唇にキスではなかった!
でも頬にキスだからかなり親密度は上がっている気がする。
十七歳になってもわたくしは唇にキスされることはなかった。
やはりエクムント様はわたくしを大事にしてくださる紳士なので、結婚までは唇にキスはお預けなのだろうか。
期待してしまった分、浅ましいような気がしてわたくしは恥ずかしかった。
部屋まで送り届けてもらってから、夕食のために食堂に行った。クリスタちゃんの視線がなんだか痛いような気がする。
「お姉様、エクムント様とお散歩してきたのですか?」
「そうですよ。エクムント様は、わたくしのために庭にダリアを植えてくださいました」
「素敵ですね。お姉様、愛されているのですね」
そうなのだ。
わたくしはこんなにも愛されている。
その事実が嬉しくて幸せで堪らない。
「クリスタ、恥ずかしいです」
「ハインリヒ殿下も……いいえ、いけませんでした。比べるのはよくないことだとレーニ嬢も言っていました」
「そうですね。ハインリヒ殿下はハインリヒ殿下のやり方でクリスタに愛情を示してくださいますよ」
「はい。それを楽しみにしておきます」
エクムント様やオリヴァー殿や小さいけれどふーちゃんなど、愛情を示すのに長けた男性が近くにいるので、ハインリヒ殿下へのクリスタちゃんの期待のハードルが高くなっている気がする。エクムント様は特別なのだと説明しても、クリスタちゃんは受け入れられないような気がしていた。
クリスタちゃんも愛されたい、愛情を示されたい気持ちは分かるのだが、ハインリヒ殿下はわたくしと同じ十七歳なのだ。まだまだ愛情を示すのは難しい年ごろであると理解してあげないといけないのではないだろうか。
話しているうちに食堂についていた。
食堂ではカサンドラ様もエクムント様と一緒に食事をされるようだった。
「普段はエクムントと二人だから、ディッペル家の方々が来てくださって嬉しいです」
「カサンドラ様は隠居してから何をなさっているのですか?」
「辺境伯領の視察や、狩りをしていますね」
「狩りを! 何が獲れますか?」
「狐や鳥が多いですが、たまに鹿や猪も獲れます。そのときには、厨房に持って行って調理してもらいます」
カサンドラ様は辺境伯を退いてから辺境伯領の視察や狩りをして過ごしているようだった。わたくしは当然狩りはしたことがないが、エクムント様はあるのだろうか。
「エクムント様は狩りをされるのですか?」
「エクムントは狩りを好まないのですよ。狩りをしようと誘っても来たがりません」
「そうなのですか」
「スポーツとしての狩りはあまり好きではなくて。生き物の命を奪うでしょう?」
「害獣駆除ならばいいのか?」
「それならば、お付き合いしますよ」
スポーツとしての狩りを好まないという点では、わたくしはエクムント様の意見に賛成だった。食べるものはたくさんあるので、わざわざ狩りに行く必要はないのではないかと思ってしまうのだ。やはり、生き物の命を奪うような行為をスポーツとして行うのはわたくしには抵抗があった。
害獣駆除ならば仕方がない。
迷惑をしている方がいて、辺境伯領の民を守るために狩りをするのならばエクムント様にも頑張ってほしい。
両親とカサンドラ様とエクムント様の話を聞いていると、食事は終わっていた。
食事が終わると、食堂のソファに座って食後のフルーツティーと焼き菓子を摘まむ。ミントティーはあまり得意ではないが、エクムント様はミントティーがお好きなようだった。
「カサンドラ様、私は国王陛下の別荘に迷い込んできた子猫を拾って飼っています」
「カサンドラ様も飼っている動物がいますか?」
ふーちゃんとまーちゃんの問いかけに、カサンドラ様が答える。
「私は鷹を飼っているよ」
「鷹!?」
「鳥の鷹ですか!?」
「そうだよ。普段は鷹舎で世話をさせているが、狩りのときには連れて行っている」
「鷹……」
「鷹って飼えるのですね」
驚いてしまっているふーちゃんとまーちゃんにカサンドラ様が笑顔で問いかける。
「フランツ殿とマリア嬢の猫はどんな子たちなのだ?」
「ハチ割れのクロと、灰色のシロの二匹です」
「最近、離乳食を食べ始めて、元気に走るようになりました」
「大事に育てているようだね。猫はネズミを捕るからディッペル領でも重宝されているだろう」
「ネズミ……」
「シロとクロがネズミ……」
シロとクロがネズミを捕ってきたら、複雑な気分になってしまうであろうふーちゃんとまーちゃんは、顔を見合わせていた。
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