30.同級生からのお誘い
わたくしのお誕生日のお茶会には、ハインリヒ殿下とユリアーナ殿下とレーニちゃんとデニスくんとオリヴァー殿とナターリエ嬢が来てくれた。
その他にもガブリエラちゃんやケヴィンくんやフリーダちゃんも来てくれているし、キルヒマン侯爵夫妻も、リリエンタール公爵夫妻もいらしてくださっている。
賑やかなお茶会にノエル殿下とノルベルト殿下が参加できないのは、ノエル殿下のご兄弟がこの時期にお誕生日なのと、ノルベルト殿下はノエル殿下と結婚するのでそちらの方に行ったからだろう。
エクムント様がわたくしの部屋に来てわたくしをエスコートして大広間まで連れて行ってくれる。
昨日の気まずさや恥ずかしさはもうなくて、わたくしはエクムント様に手を引かれて堂々と大広間に入った。
大広間ではお客様にご挨拶をしていく。
「本日はわたくしのお誕生日のために来てくださってありがとうございます。わたくしも今年で十七歳になりました。来年は十八歳、成人の年です。もうすぐ大人になるという自覚をもって過ごしたいと思っております」
優雅に一礼すると拍手がわく。わたくしはエクムント様に手を引かれて踊りの輪に連れて行かれた。
「エリザベート嬢、踊ってくださいますね?」
「は、はい、エクムント様」
エクムント様が口付けするようにわたくしの手を口元に持っていくので吐息がかかる。ドキドキしながらわたくしは頷いて了承していた。
エクムント様と踊っていると、体が密着して心臓の鼓動はますます早くなってしまう。
顔を真っ赤にしたわたくしに、エクムント様は一曲踊り終えると飲み物を飲むために踊りの輪から抜け出した。
ミルクティーが持ってこられて、わたくしは端のソファでミルクティーを飲みながら一休みする。エクムント様はストレートの紅茶を飲んでいるようだ。
ディッペル家のミルクティーは牛乳がたっぷりで美味しく、わたくしがすっかり寛いだ気分になっていると、エクムント様に声をかけてくる貴族がいた。
「初めまして、エクムント・ヒンケル辺境伯。私はエリザベート様の学園での同級生です。エリザベート様と一曲踊らせていただいてもいいですか?」
ファーストダンスは必ず伴侶や婚約者と踊るという決まりがあるのだが、その後は婚約者が許せば他の相手と踊ることもある。けれど、わたくしはエクムント様がそれを断るという確信があった。
以前にエクムント様と同期で士官学校に通っていたという貴族に誘われたときにエクムント様ははっきりと言っていた。
――ひとの婚約者に声をかけるよりも、自分の唯一無二を探される方が人生のためだと思いますよ。エリザベート嬢は美しい。それは真実です。ただ、エリザベート嬢は残念ながらファーストダンスからラストダンスまで全てのダンスを私と踊ることが決まっているのです。
あの言葉をもう一度聞けるかと思うとわたくしは頬が熱くなってくる。
「申し訳ないですが、エリザベート嬢は私としか踊りませんので」
「一曲くらいいいではないですか」
「婚約者のいるエリザベート嬢に執着するよりも、自分のお相手を大事にされた方がいいですよ。ほら、物凄い目で睨んできている令嬢がおられます。それに、エリザベート嬢はファーストダンスからラストダンスまで、全てのダンスを私としか踊りません。例外として、ディッペル公爵とフランツ殿にはお譲りしますが」
はっきりと宣言するエクムント様に、その貴族は悔しそうにその場を立ち去っていく。
その後で思い詰めた表情の貴族の令嬢がエクムント様に声を掛けて来た。
「エクムント・ヒンケル辺境伯、わたくしと踊っていただけませんか?」
「お断りします。あなたは私と踊りたいわけではないでしょう」
「それは……」
「先ほどの貴族はあなたの婚約者ですね? 婚約者がエリザベート嬢を誘ったから焼きもちを妬いて私を誘ったのかもしれませんが、そういう争いは婚約者ご本人とやってください。私を巻き込まないでほしい」
「女に恥をかかせるような方ではないでしょう、辺境伯は?」
「残念ながら、私にとって女性と思っているのはエリザベート嬢だけなので」
ものすごい言葉をいただいてしまった。
悔しそうに女性もその場を離れていく。
婚約者のいる身でわたくしと踊ろうとした男性の貴族も呆れるが、当てつけにエクムント様を誘った女性の貴族も心底呆れてしまう。
家の決めた婚約者だとこういうことも有り得るのか。
わたくしはエクムント様のことが大好きで、エクムント様もわたくしのことを愛してくださっている。わたくしは本当に幸運なのだと思わずにはいられなかった。
それにしても、あの男性の貴族はわたくしの学園の同級生と言ってなかっただろうか。
「学園の同級生にあんな方がいただなんて、わたくし、知らなかったのですよ」
「そうでしょうね。学園ではハインリヒ殿下やノルベルト殿下がエリザベート嬢のそばにおられるし、近寄りがたい存在とは思われているのでしょう」
「これからあの貴族と一緒に授業を受けると思うと、不安ですわ」
小さく呟くわたくしに、エクムント様はわたくしの手を取ってハインリヒ殿下のところに向かった。ハインリヒ殿下はクリスタちゃんとお茶をしている。
「クリスタ嬢と楽しそうなところを失礼いたします、ハインリヒ殿下」
「どうされましたか、エクムント殿」
「先ほど、エリザベート嬢の同級生という貴族が来ました。エリザベート嬢と踊りたかったようです」
「あぁ……そうなのですね。実は学園では私やノルベルト兄上が目を光らせていますが、エリザベート嬢やクリスタ嬢、レーニ嬢はとても人気で」
「そうだったのですか。今後とも気を付けてくださいませんか?」
「もちろんです。エクムント殿、お任せください」
ハインリヒ殿下が請け負ってくれたのならば安心できる。ハインリヒ殿下はこの国の皇太子殿下で逆らえるひとはほとんどいないのだ。
「ノルベルト殿下にもよろしくお伝えください」
「分かりました。エクムント殿には私はたくさん恩があります。それに報いるためなら、これくらいのことは何でもないです」
「ありがとうございます」
ハインリヒ殿下とノルベルト殿下に守られるなら安心だ。
学園は建前上生徒は平等と言っているので、それで勘違いするものがいるのだ。ホルツマン家のラルフ殿もそうだった。
「それにしても、わたくしやクリスタやレーニ嬢が人気とは知りませんでした」
「エリザベート嬢は美しいですし、初代国王陛下の色彩をお持ちです。クリスタ嬢も美しいし、レーニ嬢も美しい。それぞれに違う美しさがあります」
「ハインリヒ殿下、褒められると照れてしまいます」
「実際に美しいのですから、エリザベート嬢は自覚を持った方がいいと思います。自衛のためにも」
物凄い目で睨みつけてきていた女性の貴族の顔が頭に浮かぶ。男性の貴族はあれで諦めたかもしれないが、女性の貴族はかなりわたくしに憎しみを抱いていたような気がする。
エクムント様を誘ったのも、婚約者への当てつけというよりも、わたくしへの敵意だったような気がしてならないのだ。
今後あの貴族がわたくしに絡んできたとしたら、わたくしは毅然として対応するつもりだが、学園で裏でこそこそされるのは気分がいいものではない。
わたくしに非がないのに憎まれてしまうなんて、理不尽でしかない。
「エリザベート嬢、心配事でも?」
「あの令嬢もわたくしの同級生だったのではないかと思って……」
同級生全員の顔を覚えているわけではないが、あの令嬢はミリヤムちゃんを苛めていたグループにいたような気がするのだ。
学園に戻ったらミリヤムちゃんに聞いてみないといけないかもしれない。
「エリザベート嬢は王族の次に位の高い公爵家の令嬢です。相手も表立って手を出してこられないとは思いますよ」
「裏でこそこそされるのも不快です」
「そうですよね……」
エクムント様も女性同士の確執となると、すぐには解決策が思い付かないようである。
「お姉様、わたくしがお姉様をお守りします」
声を上げてくれたのはクリスタちゃんだった。
「お姉様は公爵家と並んでも劣らない辺境伯家に嫁ぐお方。エクムント様もついています」
「何かあれば、すぐに相談してください」
わたくしに言ってくれるクリスタちゃんとエクムント様の言葉に、わたくしは頼ろうと決めたのだった。
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