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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語
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16.宴の終わり

 晩餐会でわたくしにダンスを申し込むような男性はもういなかった。

 なんだかよく分からないが、わたくしにダンスを申し込むと王宮にいられないようにされてしまうという噂が立っていたが、それもただの噂だとわたくしは思っていた。


 晩餐会の食事の後で、大広間でエクムント様と踊った。

 エクムント様はファーストダンスからラストダンスまでずっとわたくしと一緒だった。

 途中で飲み物をもらうときにも、「失礼」と言ってその飲み物にアルコールが入っていないか確かめてくださっていた。

 わたくしも落ち着いていれば匂いでアルコールが入っているものなのか、入っていないものなのか確かめることはできるが、エクムント様はわたくしが蒸留酒を混ぜられた葡萄酒を飲んでしまったことに責任を感じているのか、全部自分の手で確かめていた。


 甘やかされていると感じる。

 わたくしはエクムント様に甘やかされて守られている。


「エリザベート嬢、九時の鐘がなりましたね。レーニ嬢もクリスタ嬢も部屋に戻られたようです。お送りしましょう」

「はい、お願いいたします、エクムント様」


 晩餐会は日付が変わるころまで行われるのだが、疲れた貴族から部屋に戻って行っていいという決まりがあった。わたくしは明日にも早く起こされるし、夜はいつも早く眠っているのでそろそろ疲れてきたころだった。


 エクムント様に手を引かれてわたくしは部屋に戻る。階段を上って、廊下を歩いて部屋の前までくるとエクムント様がわたくしの指先に口付けた。


「お休みなさい、エリザベート嬢」

「は、はい、エクムント様もお休みなさいませ」


 指先に口付けられて胸がどきどきとして飛び上がってしまったわたくしを、エクムント様は笑顔で見送ってくださった。

 部屋に入ると、あまり膨らみのない胸の上に手を置いて長くため息をつく。

 エクムント様が長い睫毛を伏せてわたくしの指先に口付けをした。

 その光景は絵画のように美しかった。


 そもそもエクムント様は背が高くて手足が長くて、顔だちもとても整っているのだ。こんな格好いい方がわたくしの婚約者で、わたくしに想いを寄せてくださっているだなんて信じられない。

 わたくしばかりがずっと追いかけてきたような気がするのに、今になってエクムント様はわたくしに独占欲のようなものを見せてくるし、わたくしを甘く口説いてくるのだ。


「お姉様、今回のノルベルト殿下とハインリヒ殿下のお誕生日は大変でしたわね。お姉様は飲み物をすり替えられて酔ってしまうし、お姉様とエクムント様が席を外している間に国王陛下を激怒させるようなことも起きてしまうし……」

「疲れたのはクリスタちゃんではないですか? 王族側で主催者として挨拶を受けていたではないですか」

「わたくしは大変でしたが、慣れてきましたわ。もちろん、お料理が一口も食べられずに下げられるのはつらいですが、それにも慣れました」

「健気なクリスタちゃんをハインリヒ殿下はますます深く愛していることでしょうね」

「国王陛下御一家との公式ではないお茶会ではハインリヒ殿下は嬉しいことを言ってくださって、わたくし本当に幸せだったのです」


 白い頬を薔薇色に染めているクリスタちゃんにわたくしも嬉しくなってくる。ずっとエクムント様のことを羨ましがっていて、ハインリヒ殿下と向き合えなかったこともあったが、今はクリスタちゃんもそのままのハインリヒ殿下と向き合って幸せそうにしている姿がよく見られる。

 一度はレーニちゃんに「エクムント様はエクムント様、ハインリヒ殿下はハインリヒ殿下」とはっきりと言われてから、本当にクリスタちゃんは心を入れ替えた様子だった。


「わたくしもお茶会ではふーちゃんとご一緒できてとても楽しかったです。ユリアーナ殿下が婚約者がいないのを嘆くのも分かります。わたくしもふーちゃんがいなかったら、きっと皆さまが羨ましかったと思います」

「ふーちゃんは小さいですが、レーニちゃんを満足させてくれますか?」

「ふーちゃんはふーちゃんなりの精一杯の愛情表現をしてくれます。そのときにできる愛情表現をずっともらって、わたくしはふーちゃんの成長を感じながら過ごすのがとても幸せなのです」


 こんなレーニちゃんだからこそ、ふーちゃんも愛したのかもしれない。ふーちゃんの気持ちがレーニちゃんに届いていてわたくしは安心する。


 翌朝も雨だったが、わたくしたちは早朝の散歩の代わりに書庫で過ごした。書庫は珍しい本も多く置いてあって、デニスくんとゲオルグくん、ユリアーナ殿下、ふーちゃんとまーちゃんの興味を引くものもたくさんだった。


「レーニ嬢、これはハイクやタンカについて書かれている文献です」

「それは気になりますね」

「私は詩しか読めませんが、ハイクやタンカも気になっているのです」


 ふーちゃんは俳句と短歌の載っている文献を見つけてレーニちゃんと見ていた。


「ゲオルグ、辺境伯領の海賊退治の記録があるよ!」

「おにいさま、よんでください」

「わたくしも気になりますわ」


 デニスくんとゲオルグくんとユリアーナ殿下は辺境伯領の海賊退治の記録を見ていた。


「ナターリエ嬢、オリヴァー殿、シュタール家の庭にはどのような花が咲いているのですか?」

「植物図鑑でお教えしましょう」

「今年の夏は、ぜひマリア様もシュタール家にいらしてください。兄がマリア様のために植えた薔薇を見に来てください」


 まーちゃんはオリヴァー殿とナターリエ嬢と植物図鑑を見ている。


「お姉様の婚約式で王宮にやってきたときに、ここに来た記憶があります。あのときには、お姉様が婚約式でエクムント様にいただいた薔薇の名前を調べていたのですが、どの薔薇だったかもう覚えていません」

「白い薔薇でしたよね。大輪の」

「どれだったでしょう」


 クリスタちゃんとハインリヒ殿下は薔薇の図鑑を見ていた。


「アバランチェではありませんでしたか?」

「アバランチェ! そうでした。お姉様は覚えているのですね」

「エクムント様との大事な思い出ですから」


 わたくしが口を挟むとクリスタちゃんが目を輝かせる。


「エリザベート嬢、もう九年近く前のことになりますが、覚えていたのですか」

「はい。わたくしにとっては大事なお花で、枯れないようにするにはどうすればいいのか一生懸命考えました」


 毎日水を替えても少しずつアバランチェは枯れて行った。花びらが一枚落ちるたびにわたくしはとても悲しかったのを覚えている。


「そんなに大事に思ってくださっていたのだったら、エリザベート嬢との結婚式でブーケにはアバランチェを使いましょう」

「真っ白で大きな白薔薇、アバランチェの花束を抱いてエクムント様の花嫁になれるのですか?」

「エリザベート嬢が私に嫁いできてくださるのならば」

「そのような言い方をなさいますが、公爵家と辺境伯家の婚約は破棄できるものではありませんわ。わたくしとエクムント様の結婚は決まっているようなものなのですよ」

「それでも、エリザベート嬢には望んで私の元に嫁いでほしいと思っているのです」

「も、もちろん、エクムント様の元へ嫁ぐのがわたくしの望みですわ」


 こんなことを言われてしまうと嬉しいのと恥ずかしいのとで顔が赤くなる。わたくしはエクムント様の前では赤い顔ばかり見せているのではないかと心配になるくらいだった。


 書庫で過ごした後にはわたくしとクリスタちゃんは、ふーちゃんとまーちゃんと両親の部屋に行って朝食を食べて、レーニちゃんは、デニスくんとゲオルグくんとリリエンタール公爵夫妻の部屋に行って朝食を食べる。

 朝食の後は出発のための荷造りがある。

 大急ぎで荷造りをして、わたくしとクリスタちゃんとレーニちゃんは学園の寮に、ふーちゃんとまーちゃんと両親は、エクムント様の馬車に見守られながらディッペル領に向かう列車に乗るために駅に、デニスくんとゲオルグくんとリリエンタール公爵夫妻はリリエンタール領に帰るために列車の駅へと向かう。


 寮に帰ると、荷物を片付けてからわたくしとクリスタちゃんはレーニちゃんも誘って、昼食を食べに食堂に行った。

 食堂にはオリヴァー殿もリーゼロッテ嬢もミリヤムちゃんもいて、ペオーニエ寮のテーブルに招いて一緒に昼食を取った。


「今回のノルベルト殿下とハインリヒ殿下のお誕生日は、例年にない騒ぎが起きましたね」

「そうなのですか?」

「エリザベート嬢が巻き込まれてお困りになっていたのと、その後、ハインリヒ殿下のお誕生日のお茶会で国王陛下が激怒なさったのを私は見たくらいですが」

「何があったかお聞きしてもいいですか?」


 身分的にノルベルト殿下とハインリヒ殿下のお誕生日には参加できなかったミリヤムちゃんは興味津々だった。わたくしは声のトーンを下げて周囲にあまり聞こえないようにして話す。


「ノルベルト殿下のお誕生日の晩餐会で、わたくしの飲み物がすり替えられて、わたくしはアルコールを口にしてしまって、動けなくなってしまったのです」

「それは大変でしたね」

「急性アルコール中毒などにはなりませんでしたか?」

「それは大丈夫でした。ご心配をありがとうございます、リーゼロッテ嬢」


 リーゼロッテ嬢はすぐにアルコールと聞いてわたくしを心配してくれた。わたくしはお礼を言って続きを話す。


「飲み物をすり替えるように言った貴族が、今度はハインリヒ殿下のお誕生日のお茶会で国王陛下の御前で粗相をしたようなのです。わたくしはエクムント様とテラスにいたので見ておりませんが」

「それで国王陛下が激怒なさったのですね」

「王宮に出入りを禁じるとのことで、その貴族は今後社交界から追放されるのではないでしょうか」


 口にしてみると大変なことが起きていたのだと改めて思う。

 わたくしが説明していると、クリスタちゃんが腰に手を当てて怒りを露わにしている。


「お姉様の飲み物をすり替えたような方は、それくらいされて当然です」

「エクムント様もお怒りだったのでしょう」

「え? エクムント様は、何も知らない様子で、お気の毒にと言っていましたが」


 もしかして、全てエクムント様の仕組んだことだったのだろうか。そう考えると怖い気がするのでわたくしは考えないように思考を切り替えた。


「ミリヤム嬢もリーゼロッテ嬢もアルコールには気を付けてくださいね」

「はい、気を付けます」

「ありがとうございます、エリザベート様」


 アルコールを間違って飲んでしまわないように。

 そうやってわたくしは話を終わらせたのだった。


読んでいただきありがとうございました。

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