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エリザベート・ディッペルは悪役令嬢になれない  作者: 秋月真鳥
十二章 両親の事故とわたくしが主役の物語
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15.貴族の男性の退場

 テラスでエクムント様に手を引かれて、その胸に抱きしめられた。

 エクムント様は何も言わなかった。わたくしも心臓の音が聞こえてしまうのではないかとハラハラしながらも、息を詰めていた。

 雨の音だけが聞こえていた。

 しばらく抱き締められていると、密着するエクムント様の鼓動が聞こえてくる。とくとくと規則正しく脈打っている音に安心するような、不思議な感覚になる。

 目を閉じてじっとしていると、エクムント様がわたくしの目元に唇を落とした。


「エクムント様……?」

「雨粒が乗っていたので、つい」


 短く謝って立ち上がったエクムント様にわたくしは続いてお茶会の席に戻った。

 穏やかだったお茶会の空気が一転している。


「何かあったのですか?」


 小声でわたくしが踊り終えていたクリスタちゃんに聞くと、眉を顰めている。


「貴族の男性が酩酊してダンスの輪に入ってきて、次々と女性を攫って相手にするようなことをしたのです。挙句、国王陛下の御前で立っていられなくなって蹲って……その……国王陛下の御前で……わたくし、とても言えません」

「クリスタ嬢がその現場を見ていなくてよかったです。本当に酷かったのですから」


 ハインリヒ殿下も顔を顰めていらっしゃった。

 何事かと耳を澄ましてみれば、その男性は国王陛下の前でしゃがみ込んで排泄をしようとスラックスを脱いで下半身を見せようとしたというのだ。

 そんな場面を見せられて国王陛下は激怒したし、その貴族は即座に王宮の大広間から追い出された。


「この者を二度と王宮に入れることのないようにせよ!」


 国王陛下がそう言い渡したとなると、王宮だけでなく公のパーティーには全てその男性は出入り禁止になる。


「何か強い酒を誤って飲んでしまったようでしたが、酷い酩酊ぶりでした」

「あの男性が一昨日の夜エリザベート嬢の葡萄ジュースと葡萄酒をすり替えたのではなかったですか?」


 ハインリヒ殿下の問いかけにエクムント様は涼しい顔で答えている。


「誤って強い酒を飲んでしまうなど、お気の毒に。したことはもう取り返しがつきませんからね。社交界にはもう出て来られないでしょう」

「エクムント様が……」

「私は何も」


 思わず聞いてしまったが、エクムント様は笑顔で答える。エクムント様が何もしていないというのであればわたくしはそれを信じるしかない。

 王妃殿下は出産後日が浅いのでまだ公務をお休みになっているが、国王殿下の前で下半身を剥き出しにして排泄をしようとしたのだったら、わたくしもその男性を全く庇うことができなかった。


「アルコールを摂取してやってしまうことは、普段抑圧されていてしたいと思っていることだと言いますからね。アルコールがひとを変えるのではなく、本性を出すのだと」

「それがその方の本性だったのでしょうね」


 名前も知らないし、ずっと知ることもないのだろうけれども、その男性とは二度と会わなくてよくなったと思うとわたくしは安心していた。

 葡萄ジュースを葡萄酒にすり替えられたことをわたくしも少しは気にしていたようだ。エクムント様の前で酔ったところなど見せてしまった。


「エクムント様、わたくしは酔ったときに醜態を見せてはいませんか?」

「エリザベート嬢はいつもの通り淑女でしたよ。足元がおぼつかなくて私が勝手に手を貸してしまって、抱き上げてしまったので周囲の目を引いてしまいました。あれは申し訳ありませんでした」

「エクムント様が謝ることではありませんわ」

「手を貸して連れて行けばよかったのに、エリザベート嬢が心配で体が動いていました」


 エクムント様が悪いのではないが、あれで目立ってしまったというのは間違いなかった。それももう噂にはなっていない。噂好きの貴族は移り気でもあるのだ。次の噂の種が出てくると、すぐに次に移ってしまう。

 わたくしの葡萄ジュースと葡萄酒をすり替えた上に、葡萄酒にアルコール度数の高い蒸留酒を混ぜたというのは許せないのだが、こうなってしまったからにはもうどうしようもない。その貴族の男性は自業自得で、天罰を受けたのだろう。


「お姉様、あの男性、国王陛下の前でお尻を出していました!」

「デニス、その話はやめましょう」

「だって、おかしかったんです。ゲオルグにも帰ったら教えてあげなくちゃ」

「デニス、やめましょうね」


 六歳のデニスくんにとっては貴族の男性が下半身を露わにしようとしたのがおかしくてたまらないようでくすくすと笑っている。それをレーニちゃんが一生懸命止めていた。そういえば男の子とはこういうものだった気がする。

 それにしても声変わりしていないデニスくんの声はよく響く。会場ではそれを聞いて噴き出している貴族もちらほら見られる。


 ふーちゃんもまーちゃんも同じテーブルで笑わないように口を真一文字に結んでいるが、肩がぷるぷると震えている。ユリアーナ殿下に至っては、「ぶはっ!」とデニスくんの言葉に噴出してしまっていた。


 ふーちゃんとまーちゃんは正しい紳士淑女教育が行き渡っているようだが、デニスくんとユリアーナ殿下はもう少し修業が必要かもしれない。


「デニス、新しいケーキが補充されたようですよ。ユリアーナ殿下と一緒に取りに行ってはどうですか?」

「新しいケーキ! ユリアーナ殿下、参りましょう」

「はい、デニス殿」


 仲良く新しいケーキを見に行くデニスくんとユリアーナ殿下に、やっと話題が変わってレーニちゃんはほっとしているようだった。


「レーニ嬢も大変ですね」

「放っておくと、あの子、歌まで歌いださない勢いなんです」


 国王陛下は激怒して、その貴族の男性を王宮から追い出したが、それを見ていたデニスくんが『お尻の歌』でも歌い出したら大惨事である。レーニちゃんも必死にデニスくんがそれ以上何も言わないように気をそらしたのだろう。


「歌……」

「お尻の……」


 小さく呟いてふーちゃんとまーちゃんが、必死に口を真一文字に結んで肩を震わせている。


「デニス様は男の子ですね」


 ナターリエ嬢がくすくすと笑いながら言うのに、わたくしも頷くしかなかった。


「オリヴァー殿、ナターリエ嬢、わたくしも新しいケーキを見に行きたいです。ご一緒しませんか?」

「いいですよ、マリア様」

「行きましょう」


 話題を変えるためにまーちゃんもオリヴァー殿とナターリエ嬢を誘って料理の乗っているテーブルに向っていた。

 ハインリヒ殿下とクリスタちゃんは国王陛下を落ち着かせに行っている。


「国王陛下、何か飲み物をお持ちしましょうか?」

「すまないな、クリスタ。紅茶をもらおうか」

「父上、お疲れではないですか?」

「疲れてはいないが、呆れてはいるな。まさかハインリヒの誕生日であんな醜態を晒す男がいただなんて。ハインリヒ、そなたの誕生日なのに台無しになっていないか?」

「私はクリスタ嬢もそばにいてくれますし、楽しく過ごしています」

「それならばよかった。私の大事な後継者のハインリヒの誕生日を台無しにする輩は決して許しはしない」


 国王陛下の言葉にハインリヒ殿下も頭を下げて、国王陛下に軽食を取り分けてきていた。


「エクムント様、わたくしたちも軽食を見ましょうか」

「エリザベート嬢はケーキが気になっているのではないですか?」

「ケーキも気になっています」

「私を気にせずに食べてくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 エクムント様が節制をされているのは、軍人として体を保つためなのだから、わたくしはそういうことはしなくていいといつも言われている。それでも太りたくない思いはあるが、ケーキを前にするとわたくしの決意はいつも弱く、ケーキをお皿に取り分けてしまうのだった。


読んでいただきありがとうございました。

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